全知全能と尽きぬ盾
土竜が本気を出し始めた。ただの球状の土石の塊だったそれは、殺意を持った楔状に変化し、嵐のようにレプリ達へと襲い掛かった。目が見えていないからか、少し離れている僕らにまでそれが飛来することは無かったが、レプリ達が殲滅された後の標的が僕らになることは間違いないだろう。
「急がなければな」
「うん。まぁ、でも暫くは大丈夫だと思いますよ」
自己複製を始めたレプリ達。流石に、相手の土石の楔による攻撃での殲滅速度は凄まじく、嵐のようにレプリ達の命を奪い去って行くが……それでも、ブレインによる解析によって少しずつそのパターンが共有され、攻撃の回避に成功する回数が増えて来た。
これで、自己複製と相手の殲滅速度が均衡し始め……何とか、数は維持出来ている。向こうも凄い速度でレプリを破壊してるから、超えられてるとまでは言えないけど。
「『紫昏弾』」
紫色の魔力の球体のようなものがレイサスの杖の先に生み出される。それは、空間自体に溶け込むように揺らぎ、二重にも三重にも見える不思議な状態であった。
「行け」
その紫色の球体が土竜の方へと飛んで行き、そして土竜へと触れると同時にその土を固めたような鱗にその魔力の球体が浸透して行き、その辺りの鱗が全て紫色に染まる。
「やはり、これでは駄目か……」
細めた目で土竜の様子を確かめながら、冷静に呟いたレイサス。その紫色の染みの辺りは、土竜も少し動かし辛そうにしているようだったが……ただ、それだけであった。
「今のは?」
「空間の揺らぎを利用し、物体を擦り抜けて相手の臓器などを直接機能停止に至らせる目的の魔術だ。しかし、結局はあの魔力に干渉する鱗によって妨害され、体内に浸透させることには失敗してしまった。予想はしていたが、あそこまで隙の無い耐性とは」
そこまで語ると、レイサスは土竜を取り囲むゴーレム達を見て眉を顰めた。
「……増えている?」
「ん? そうですよ。だから言ったじゃないですか。暫くは大丈夫だって。僕のゴーレム……レプリは、自己複製が出来るんですよ。エネルギーを吸収してコアを複製し、そこら辺の素材を元にボディを形成する。後はレプリ同士で情報を共有出来たりとか合体してちょっと強化形態になれたりとか、便利でしょう?」
「便利、という言葉で済む話か、それは……?」
唖然としたように聞き返してきたレイサスだったが、直ぐに首を振って怜悧な表情を取り戻した。
「いや、貴様のゴーレムについては後で良い。兎に角、それは増えるんだな? 時間さえあれば」
「うん、増えますよ。一つから二つに、二つから四つに、四つから八つに……放っておけば、倍々で増えます」
「制限は? 無制限か?」
「制限なんて無いですよ」
僕が言うと、レイサスはフッと笑った。
「良くもそんな怪物を作ったな……あの土竜よりも、よっぽど恐ろしいでは無いか」
「あはは、それは光栄で……?」
希望を見出しような、或いは勝利を確信したような表情のレイサス。僕は愛想笑いを浮かべて首を傾げておいた。
「さて、それならばやるべきことは一つだ」
「やるべきことって、なんですか?」
僕の問いに答えはしなかったレイサスだが、代わりに詠唱が始まった。
「『瞳を閉じれば、眠りしは大地』」
そして、杖を構えながら目を閉じたレイサスから魔力が滲み出す。
「『地静の眼』」
相手の周囲に浮かぶ土石の楔が、その力を奪われたかのように地に落ちる。土竜はその異変に気付き、魔術を放ったこちらの方に体を向けた。
「ッ、ぬ……ッ!」
土竜から大量の魔力が溢れ出し、周囲の土石の楔の支配権を巡ってかレイサスは苦しそうな表情をする。ギリギリと、せめぎ合うような術と魔力。
「だが、これで……ッ!」
レイサスの操っていた魔術が、遂に砕かれる。しかし、その頃には既に……レプリは十分な自己複製を終えていた。
「なるほどね」
レイサスがやっていたことは、時間稼ぎだ。自己複製を行うレプリ達の為に、時間を稼ぐ。倍々に増えていくレプリは、いつか自己複製の量が相手の殲滅速度を凌駕することになり……一度均衡が崩れれば、レプリ達は加速度的にその勢いを増していく。
「これで、尽きぬ盾を私達は手にした……ということになるんだろう?」
「まぁ、そうですね」
相手はもう詰みだ、とまでは言えないけど……僕らが相当の有利を手にしたということは、間違いなかった。




