全知全能と黒崎さん
食堂で学食を食べ終えた僕らは解散し、僕は自分の教室の自分の席に戻った。
「ふぅ……」
お腹いっぱいだ。チキン南蛮定食を久し振りに食べたけど、やっぱり小食気味の僕には結構量が多かった。
「寝よ」
血糖値が上昇しているのを感じる。僕は込み上げて来た眠気に身を任せて、机に顔を横に伏せて眠りに就いた。
「宇尾根、元気?」
「うーん、眠いね」
やけに近くから聞こえて来たのは、黒崎さんの声だった。僕は適当に返しつつ、瞼をゆっくりと開ける。
「うわっ」
視界の三分の一くらいを埋め尽くした黒崎さんの顔に僕は跳び起きた。見ると、僕の机の横に膝を突き、僕と同じように机に顔を乗せていたようだった。
「……黒崎さん、スカート汚れるよ」
「えー? いいよ別に、払えば良いし?」
そういう問題じゃない。僕の心臓の動悸がおかしくなる的な話である。
「それで、元気ー?」
「まぁ、眠いけど元気っちゃ元気だよ」
「そっか。ま、宇尾根はいっつも眠そうだもんね」
「……どしたの、急に?」
なんか、いつもと違う雰囲気を感じ取った僕は黒崎さんにそう尋ねた。
「んー、なんかね。変な怖い人たちが私を狙ってるかもだから、暫くはお家で留守番しといてって」
「誰が?」
「私の弟ー、無愛想だけど、私のこと大好きなんだよね~」
「へぇ……」
あぁ、黒崎弟くんか。名前、なんて言ってたっけ。そもそも、聞いたっけなぁ。
「……警察とかは?」
「うん、警察に相談しないって話もしてみたんだけど、あんまりそういうのは意味ないみたいな……私も良く分かんないんだけどね~」
「まぁ、警察は信用できないみたいな話も確かに聞くけど」
でも、これはそういう話じゃないだろうね。相手は、僕を襲ってきたような奴らで……色々と裏がありそうな雰囲気もしている。それに、そもそもヤクザ的な感じだろうし、警察も下手には手を出せないかも知れない。
ただ、少なくとも僕は警察さんのお陰で一回助かっているので感謝の気持ちは忘れずに行くとしよう。
「ちゃんと戸締りするんだよ。入って来られたら、大変だろうから」
黒崎弟くんも、今は事務所のあれこれで黒崎さんのことをまともに守れる状態でも無いんだろう。
「……もうちょっと疑ったり、気になったりとかしないの? だって、私が話したのは変な怖い人たちってだけで……宇尾根からしたら、全然情報足りないと思うんだけど」
「ん、そう? 普通になんか、ストーカーとかヤンキーとかに狙われてるのかなぁって、うん」
「んー……なんか、宇尾根って隠してない? 普通、そんなテンションでへーそうなんだーって受け止められるような話じゃないと思うんだけど?」
「……まぁ、確かにそうかも知れないけど」
最近、非日常的なイベントというか事件と言うかが発生し過ぎているせいで、変な怖い人たちに狙われてるくらいのことで別に驚いたりもしなくなってしまった。
「そもそも、ストーカーとかヤンキーに狙われるって普通にじゃないからねー! もうちょっと反応あっても良いんじゃない!?」
「わ、ワ―、それは大変ダー……!」
「……」
ジト目で見られた。いや、違うよ。僕だって昔は純真無垢な男子高校生だったんだ。今は違うって訳じゃないけど、少なくとも異常なイベントに対する耐性は付いてしまった。
「……私さ、思ってることがあるんだけど」
「ん?」
話し出した黒崎さんの目は、珍しくも真剣だった。
「宇尾根って、もしかして……その、私のこと好きな人とかに、絡まれたりしてない?」
「え?」
そんな話が飛んでくると思っていなかった僕は素っ頓狂な声を上げることが出来たが、その内容自体は正解に近いものであった。
「この前もさ、なんか呼び出しされてたしさ。他にも、友達が怖い先輩と宇尾根君っぽい人と話してたみたいな話してたし……」
「いやぁ、何にも無いけどにゃぁ別に」
「ホント……? ただの勘なんだけど、私のせいで色々大変だったりしたんじゃないかなって……違う?」
「いや、違うよ? 全然何にもそんなことないから」
僕が言うと、黒崎さんはむぅと唸るような声を上げた。
「ホント~? なんか、怪しい気がするんだけどな~?」
「それに、それが本当だとしたら僕が無事でここに来てる訳ないじゃん。怖い不良達にいびられて、それで平気で登校してこれるような鋼のメンタルじゃないよ、僕は」
「ふぅむ……」
疑わし気に視線を向けて来る黒崎さんに、僕は溜息を吐いた。しかし、黒崎さんの家はどういう家庭なんだろうか。
弟くんは恐らくと言うか、確定で魔術士の筈だけど……黒崎さんは、そういう訳じゃなさそうである。それに、弟くんが魔術士だとして、他の家族がそれについて知っていないのはどういう状態になっているのか。僕の家みたいに僕が魔術を使えることは誰も知らないって可能性もあるし、逆に親が魔術士の可能性もある。
「ま、気にしなくても大丈夫だよ。実際、こうして元気に学校にも来てる訳だからさ」
ちょっと黒崎さんの家については気になるところではあるが、家庭の事情に首を突っ込むほど僕も野暮ではない。ここはクールに流させて貰おう。




