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第20話

「罪人の遺骸(いがい)は教義により跡形もなく処分されることになっておる。汚れそのもの(ゆえ)な」

 裁判所そばの大聖堂に案内された俺は、礼拝する信者を尻目に肖像を見上げていた。

「以降、あの娘は、親の墓すら持てず、教団の駒としてあの城に幽閉されることになる」

「なんでこんなことになったんだ」

 肖像のモデルは俺を見ることもなく飾られた絵画を眺める。


「すべてあの男――総教皇の指示だ」

「つまり、あの総教皇を倒せばいいんだな」

「それを決めるのはおぬしだ。わしではない」

「なんだそれ」

 そういう使命で俺をここに転生させたんじゃないのか。


「かつて、わしは一人の転生者を扱った」

 老人はとうとうと語り始めた。

 それは、一人の人間の壮絶ともいえる人生だった。

「名を日ノ本(まもる)。日本国最後の内閣総理大臣」




 その男が産まれた時点で、その国は末期だった。

 出生率は一%を切り、平均寿命は一〇〇歳を超えた超少子高齢社会。

 福祉国家による財政はとうに限界を迎え、重税と老人が重荷となっていた。


 民主主義ゆえの圧倒的老人優先政策は、次代を担う若者の質と量を容赦なく削り取った。

 それでも、その男はめげなかった。

 難関大学を主席で卒業し、官僚となってからもエリートコースを歩み事務次官にまで上り詰める。その過程で得た人脈と地盤でもって政界進出。政治家となった後も、何一つ失態を犯さず政争を乗り切る。


 気がつけば、時の与党代表となっていた。

 ここでようやく、彼は自由に――自分の意志を出せるようになった。


 社会保障制度への大胆なメス入れ。

 人口ピラミッドのコントロール。

 若きは生き、老いは死ぬ。


 歪な社会を正常化し、生命の循環を元通りにする。

 随分と回り道をしたが、共感してくれる政友と国民に支援され、それは成就した。

 それが、その国と男の最後の輝きだった。


 もう、遅かったのだ。

 もはや国を続ける力すら民には残されていなかった。

 ただ終わりを待ち、死ぬまで眠るだけだった。災害と疫病を契機に恐慌と飢餓で困窮・錯乱した社会はやがて終焉となり、いつしかそこには国家も民衆もなかった。


 心血を注いだ国も、己に未来を託した友と民も、その男は失った。

 最期は自決し、飢えに苦しむ家族のために自らの肉を差し出した。




「これまで、あらゆる偉人と呼ばれる人種を見てきたが、あそこまで非の打ち所がない人間はいなかった」

「それがあの総教皇か」

 つまりは、そういうことなのだろう。


「あの者は、すべてを一から作り上げたいと望んだ。生前のように病んだ国を治すのではなく、根底から自らが作り上げたいと」

「そんだけ徳の高い聖人君子のお願いなら叶ったんだろうな」

 俺とは違って。


「さよう。故にわしは、すべてが無に帰したかの国に――それが存在した土地に転生させた」

「やっぱりか」

 どうやら、仮説は当たっていたらしい。


「おぬしの察したとおり、ここはおぬしのおった世界の未来に位置する。地殻変動と経年劣化で、すべてが堆積と風化にのまれておるがな」

 どうりで掘ったら懐かしいものが出てくるわけだ。


「本来、あの男が転生しなければ、この世界はまったく別の道を進むはずであった。かの者が転生したことで、すべての歯車は狂った。それは歪みなのだ」

 そこでようやく、神は俺に向いた。


「その歪みに対し、別の転生者という歪みをぶつける。それは、作用と反作用における修正の理」

「なんだよそれ」

 結局自分が転生させて、マオの両親が殺されて、その後始末を俺にしろってことかよ。


「あんたがやれよ。そんでもってマオを救ってやれ。それが神だろ」

「神はおぬしの思い描く救済の道具ではない。確率や現象――人智の及ばぬ領域を定義したものが神だ。おぬしらヒトが、手の施しようがないものを担保したのが神だ。神なるものは実在しない。ヒトの意識が形作る。おぬしらヒトの言葉を借りれば、夢なのだ。ヒトが誰しも見る夢、それが神だ」


 なんだっけ。自分が蝶の夢を見ているのか、蝶が自分の夢を見ているのかわからないとか、そんな感じだろうか。今目の前にいる老人も、実際はいなくて、俺が死んでから見てる夢みたいなもの……的な? ああ、だめだ。これ考え始めるとこんがらがるやつだ。


「結局、あんたはあんだけ真摯(しんし)に祈ってたマオの両親には、なんにもしてやらないんだな」

「おぬしの見地ではそうなる」

 老人はまた俺から視線を外し、あてもなく仰いだ。


「あの男女は、最後まで改宗(かいしゅう)もせず、教義に殉じた。その一点の曇りもない祈りは、ある種の徳に値する」

 徳の高い坊さんみたいなもんか。


「転生特典でももらえたの?」

「あの二人は自身に対して、何も望まなかったよ。ゆえに、そのまま浄化され輪廻に戻っていった」

 ただ、と話は続く。


「娘に対して、すまなかったと、わしに対して、娘を頼むとだけ祈ったよ」

 捨て駒にされても一切信仰を変えることなく、教団を憎みもしなかった。

 ただ、残された娘を案じたのだ。


「本来なら、ミツルを送るはずだった。あれは神の系統ではあるが神そのものではないからな。だが、知っての通りあの有様だ。故に」

「俺にお鉢が回ってきたわけか」

 俺は転生先選べなかったからな。


「あの娘の因果では、ここより半年と二日後に死ぬことになっておる。その運命を変えることができるのは、その世界の因果の埒外(らちがい)にいる存在だ」

 つまりワンチャンあるのは俺かミツルだけか。やる気のないミツルは論外だから結局俺がなんとかするしかないな。


 ――――『取り消せないぞ。世界の選択もできないぞ。先の保証は一切しないぞ』

 ここに来る前のあれは、ひょっとして本気で警告していたのだろうか。

 ……話を整理するか。


 ここは未来の日本で、俺はマオの運命を変えるためにミツルとセットで飛ばされてきた。未来の我が国がなんでこんなファンタジックになっているのかはとりあえず置いといて、転生者でおかしくなった世界だから神はなんとかしたいと思っていたし、マオの両親もそれを望んでいた。


 ……ふむ。

「やっぱり何か武器とかアビリティくれよ」

「それは理から外れるからだめじゃ。だから使命を果たしたらと言うとろうが」


 あ、なんでミツルを真人間にするのが条件だったかわかったぞ。そうすれば必然的にミツルがマオの面倒を見るようになるからだ。つまりその時点で俺は神の使命を果たしたことになるわけだ。

 うまくできてるな。

 それはそれとして。

「クソが」

 ケチくせえ神だ。


「最後に言っておこうか」

 老人はまた俺を見た。

「転生したとはいえ、おぬしの人生はおぬしのものだ。おぬし以外の意思は関係がない。結局は、己の生を定めるのは己そのものなのだ。わしの課した使命を放棄したとしても、おぬしの生を取り上げるつもりはない。新しき世界で好きに生きるがよい」

「さいですか」

「そうだ。わしは賽を投げただけなのだ。どのような目を出すかは、結局はおぬし自身」

 なんか洒落みたいになったけど別にそんなつもりないよ。


「今こそ、改めて告げよう」

 そこで初めて――そういえば初めてだった――老人は笑みを浮かべた。

「おぬしの新しき生に幸あれ」

 俺もまた、笑みを返していた。




 目が覚めると、やはり神はいなかった。あの寂れた和風旅館だ。

 むくりと起き上がり、そういえば俺だけめちゃくちゃ離された不自然な『川』の字で寝たのを思い出す。

 俺は立ち膝で、すすすと移動し、真ん中に位置するマオの枕元に正座した。


 安らかな寝顔であった。

 ――――『今日、無事に朝を迎えられたことにでございます。そして、明日も朝を迎えられるようお願いするのです』

 そうか。そういうことだったんだな。俺はようやく理解した。こいつの祈りの意味と重みを。


 こいつはずっと、いつ自分が両親と同じ目に遭うかもしれない日々にあったんだ。だからこそ、今日まで生きられたことを神に感謝し、明日も生きられることを神に願い、祈りに込めたんだ。

 同じ歳の女子は学校に行って、友達を作って、平和で楽しい毎日なのに。


 一人であんな薄気味悪い城で、ずっと……

 俺が目頭を押さえていると、もぞりと動きがあった。

 ややあって、マオの目が開かれた。


「おはようございます」

 俺の声に気づいた彼女は、寝起きでぼんやりしつつも、相手に合わせるように正座し、「おはようございます」と頭を垂れた。

 彼女の顔が上がってから、俺は深々と――額が床につくまで頭を下げた。

 我が国に古くから伝わるDO・GE・ZAである。


「昨日の失礼千万な発言、大変申しわけございませんでした」

「はぁ……」

 寝起きでいまいち気が乗っていなさそうな声。なんか寝込みを狙ったようで心苦しいが、こういうことは早々にするというのが礼儀だろう。


「償いとして、俺にできることならなんでもさせていただく」

「なんでも、ですか」

「もちろん、この程度で帳消しになるとは思っていないが……」

「なんでも……」

 俺が姿勢を戻すと、マオは自分の人差し指と人差し指をツンツンさせていた。


「そ、それではですね」

 少女の目が妙に泳いでいる。動揺……期待?

「私と……お、お友達になって欲しい……な……なんて……」


「…………」

「…………」

「…………」

 変な間が流れた。


「や、やっぱり嫌ですよね! ごめんなさい!」

「なる! なるぞ! っていうか、それでいいのか?」

 布団をかぶって逃げ込んだマオに、俺はあわてて答える。あまりにも拍子抜けというか、予想外で反応が遅れた。


「……本当ですか?」

 布団から顔だけ出てきた。

「お友達ですよ?」

「おう、なるぞ。友達」

 なんか上から目線っぽいけど、俺も今まで友達いなかったんだよな。本当に俺でいいのかこいつ。


「えへへ……やった」

 当人が嬉しそうだから、いいか。

 ご覧いただきまことにありがとうございます。




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 https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593


 改稿前のため一部相違があることご了承ください。




 アルファポリス様にて完結済みの作品もございますので、こちらもよろしければ(https://www.alphapolis.co.jp/novel/894051961/715519645)。




 今後の予定や現在の情報はホームページを中心に更新・掲載していきます。また、今後は作品解説等のホームページ独自のコンテンツも充実させていきます。ご訪問お待ちしております。




 ホームページ:成実ミナルるみなの徒然なるままに(https://naruminarumina.com/)






 最後に、改めてご覧いただきありがとうございます。本作品を大なり小なり評価していただけるのであれば、ブックマーク・☆☆☆☆☆による応援よろしくおねがいします。とても励みになります。




 それではまたどこかで。

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