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第19話(第4章)

「時はおよそ十年を(さかのぼ)る」

 立ち上がった神は杖で床を叩く。すると周囲の景色は一変した。

 ここは、マオの家の大広間か。

 相変わらずだだ広い空間。違うのは、中央にこぢんまりとしたテーブルがあるくらいか。大きさとしては四人用。純白のテーブルクロスが掛けられ、真ん中には花の入った花弁が置かれている。


 物音に気づき振り返ると、あの無駄にデカく分厚い扉が開いた。

 食器を両手に抱える少女を筆頭に、二人の男女が入ってきた。

 一目で、五歳前後のマオと、その両親だとわかった。


『見てみて! ちゃんと並べられたの!』

 両親は得意げな娘を褒めつつ、料理をテーブルに置いていく。

『さ、お祈りをしようか』

 着席した父親の動作に合わせるように、二人は手を組む。


『お腹すいた』

 唇をとがらせるマオの頭に母の手がそっと置かれる。

『マオン。この前会ったバロンって男の子だって、お前と同じくらいの歳でもちゃんとお祈りしていたでしょう? きちんと祈りなさい。そうすればいつか困った時、神様は御使(みつか)いを送ってくださるわ。いい子にしていれば、神様は救いの手を差し伸べてくださる』


『御使い?』

『そうね……勇者様のことかしら』

『勇者様!』


『悪い子のところには勇者様は来ないでしょう? マオンもお姫様になりたいなら、きちんとお祈りができるいい子にならないとね』

『うん!』

 納得したような表情で、彼女は両親を真似た。

 もっとも、このあとの結果を察するに、目を閉じ頭を垂れ指を組むことに、何の意味があったのか――――

 今の俺にはわからない。


「それで? このあとどうなった? 事故死でもするのか」

「すぐにわかる」

 今更だが、どうやらマオたちには俺と老人の姿が見えていないらしい。これはタイムスリップというより、過去の光景を再現しているんだろうな。


 再び扉が――今度は乱雑に開かれる。

 五人の人間がいた。

 中央に黒い修道服の男。その脇を四人の鎧が固めているといった風情だ。


 何事かとマオの父親は立ち上がり近づく。すると修道服は懐から一枚の書類を取り出し、大層に掲げる。その物々(ものもの)しさに、母親は娘を自分の胸に引き寄せ抱いた。

 やりとりを聞くに、両親はトルカというところに連行されるらしい。あの紙切れは令状ということだろう。


『お父さん、お母さん、連れて行かれちゃうの?』

 食事もそこそこ、必要最低限の荷物をまとめる両親に、マオは不安そうに尋ねた。

『心配しなくてもいいんだよ』

 父親はそんな彼女の両肩に手を置く。

『お父さんとお母さんは、少しお話をするだけさ。マオンには、私達が捕まるような人間に見えるのかい』

 首がちぎれんばかりに、娘は頭を右に左に回す。

『だって毎日、ちゃんとお祈りしてるもん。何も悪いことしてないもん』

『そうだろう? 神様はいつもお前を見守っているよ。それを忘れずに、祈りを欠かさずに続けなさい。神様は祈りに必ず応えてくれる。その時は何も迷うことはない。その手を取りなさい』

『うん、ちゃんと毎日お祈りするよ。だから早く帰ってきてね』

 両親は微笑み、男たちに連れて行かれる。

 重々しく扉が閉まり、広間には冷めた食卓とマオが残された。


「これが親子の最後の会話となった」

 意図せず、深い息を吐いていた。

 息苦しい。

 窒息しそうだ。 


 結果を知っていて、他人の親でこうなのだ。

 目の前の少女が受ける傷はいかほどか。

 考えるだけで気がどうにかなりそうだ。


「その日は、これより一月(ひとつき)後」

 杖が床を叩く。

 場所は移り変わった。ここは法都トルカ、その中心部に位置する裁判所らしい。


 裁判所とは言うものの、元いた世界とはまるで違う。すり鉢状の形をした建造物があり、その円周を塔が囲っている。

 まるで闘技場だ。

 すり鉢状の中心は、野ざらしの法廷になっていた。ここで検察が罪人の罪状を列挙し、罪人は弁明して双方の言い分を聞いた裁判長が判決を下す……らしい。


 俺は今、塔の一つに神様といた。塔の中は螺旋階段になっていて、頂上が展望席のようになっていた。スポーツ観戦で言うところのVIP席だ。塔と塔の間は離れていて――そういう目的もあるのだろうが――別の塔にいる人の姿ははっきりとしない。仮に目が良くても、仮面をしているか、目深帽子のせいで顔までは見えない。ただ、その高そうな身なりから、貴族とかそういう身分なのだろうと判断できた。


 眼下の、すり鉢状の坂に当たる部分は傍聴席だ。そこに、指定席か自由席かはわからないが、いかにも庶民といった群衆がひしめいている。

 そこにあるのは狂喜・好奇――

 殺気。


「古来、処刑は庶民の娯楽として発展し普及した。人は人の死に楽しみを見たのだ」

「あなたもそうなのか?」

「生と死は流れの一つに過ぎない。そこに喜怒哀楽といった衝動はない。ただの現象の一部だ」

 塔の下で蠢く民に、神は無表情を貫いた。失望や嫌悪の一つもない、まったくの無関心にしか見えない。


 足音。

 誰かが登ってくる。

 この老人が俺をこの場所に置いた理由を考えると、登場人物は――

 少女が一人。やはりマオ。

 そしてもう一人。


総教皇(そうきょうこう)

 その男を、神はそう呼んだ。

 真っ白な衣。仰々しい修道服だった。見た目の年齢は白髪のある老人といったところだが、その体は痩せ細るどころかがっしりしていて、俺でも力負けしそうだった。


『ここでお父さんとお母さんに会えるの?』

『ああ、会えるとも』

 心配そうに見上げるマオに、総教皇は微笑む。男からは、一切の邪心は感じられなかった。神仏そのもののような、悟りを開いたかのような。


 聖人。

 まさしくその人であった。

「その者こそ、この世界の歯車を狂わせた男」


 背後で――処刑場で歓声が上がる。

 振り返ると、すり鉢の底に数人の姿があった。

 目の部分にだけ穴の空いた黒い袋。それを頭にかぶった巨漢が、両手に一人ずつの人間を鎖で引っ張っている。その振り回される格好となった人間二人は、粗末な服を着せられ、麻袋で顔を隠されている。こちらは前が見えず、両手にはめられた手錠から伸びている鎖を巨漢に引っ張られて進んでいる形だ。その後ろを中肉中背の男が巨漢と同じような黒い布で首まで隠している。


 手錠の二人が乱雑に放り投げられ、観衆の目の前に倒れる。

『なに……?』

 眼下で繰り広げられる――これから繰り広げられるであろうことがわからないマオが不思議そうにする。


 黒頭巾の二人――おそらく処刑人なのだろう。どちらも無骨な大斧を担いでいる――が麻袋に手をかけ、躊躇なく剥ぎ取った。

 下から雑多な声の群れが。

 横から、息を呑む音が。


 そこには、変わり果てた男女がいた。

 数分前に見た、温和な夫婦の成れの果て。

 傷つきやつれ、衰弱したマオの両親。


 白くやせ細った髪はまばら、皮膚のあちこちが剥がれているか不自然に固まっている。爪は無事なものが一枚もない。失明か、視力が著しく低下しているのか、焦点がはっきりしていない。あの目には何も映っていないのだろう。


『え……? なに? どうして?』

 理解が追いつかないのか、現実が受け入れられないのか、少女の反応は困惑一色だった。先に聞いていた俺でさえ気が滅入(めい)る光景だ。無理もない。


『お父さん……? お母さん……?』

 処刑場にまた一人誰か現れた。格の高そうな修道服を身にまとった……神官だろうか?

傾注(けいちゅう)!』

 その神官が声を張り上げ、何やら懐からA4くらいの紙を取り出し読み上げる。


『この夫婦、周辺の村々の井戸に猛毒を混入させ、犠牲者多数! また、魔族とも手引し集落を襲撃させ、残った金品を売りさばき――――』

 つらつらと、これでもかと盛られた罪状の数々。たいした期間もないが、マオの両親がそんなことをするとは到底思えない。


 濡れ衣。

 冤罪。

 そうとしか思えなかった。


『――――以上の罪過、《神に誓って》相違ないか!』

 父親のひび割れとうっ血だらけの唇がゆっくり開く。俺は思わず目を伏せた。

『《神に誓って》……間違い、ありません……』

 精一杯、絞りきって、それでも足りずに更に絞り出したような声。拷問の末、衰弱しきり、もはや肯定するしか許されず、そこまで追い詰められ……

 それでもまだ、彼らの虐げは終わらない。


『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』

 罪を認めたことで、民衆に火がついた。怒号と怨嗟の絶叫が場内に反響した。

『悪魔の手先め!』

 投げられた石を避けることもせず、傷と血がまた増えた。


『静粛に!』

 木槌が叩かれる音が数回あって、少ししてから有象無象の声がやんだ。

『判決を下す!』

 処刑台のそば、裁判官席とでも呼ぶだろう場所に腰かけた男は木槌を片手に民衆や俺たちを見上げる。おそらくはあの男が裁判長なのだろう。

『死罪!』

 俺は足元の石を拾い上げようとして――失敗した。手が通り抜ける。うるさい群衆か神官にでもぶつけてやろうと思ったが。


「無駄じゃ」

 視線は処刑場のまま、老人は俺に忠告する。

「おぬしの姿がここにいる者に見えぬように、おぬしはここでは干渉できぬ」

「タイムスリップ……時間遡行じゃなくて、あくまで過去の映像を俺に見せてるだけなんだな」

「さよう」

 やっぱりか。タイムパラドックスなんて知ったことかと阻止したいところだが。


『これより罪人に処刑を執行する!』

 結局――わかりきっていたところだが――俺はこの場のあらゆることに対して、なにもできなかった。


 拷問の果てに背信者と罵られ殺されたマオの両親も。

 大斧が振りかぶられ、ようやく両親の運命を悟り泣き出すマオも。

 目の前で繰り広げられる凄惨のすべてを微笑でもって済ませた総教皇も。

 ご覧いただきまことにありがとうございます。


 続きを今すぐ読みたい方はカクヨム様にて発表しております。

 https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593

 改稿前のため一部相違があることご了承ください。


 アルファポリス様にて完結済みの作品もございますので、こちらもよろしければ(https://www.alphapolis.co.jp/novel/894051961/715519645)。


 今後の予定や現在の情報はホームページを中心に更新・掲載していきます。また、今後は作品解説等のホームページ独自のコンテンツも充実させていきます。ご訪問お待ちしております。


 ホームページ:成実ミナルるみなの徒然なるままに(https://naruminarumina.com/)



 最後に、改めてご覧いただきありがとうございます。本作品を大なり小なり評価していただけるのであれば、ブックマーク・☆☆☆☆☆による応援よろしくおねがいします。とても励みになります。


 それではまたどこかで。

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