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第18話

 ……ああ。

 合点がいった俺は胸中で納得する。

 これは俺だ。

 ここに来る前の俺そのものだ。

 世界に絶望し諦めきったような。


 でもなんで?

 ここに来るまでは、楽しそうにしていたのに。

 俺たちが出ていってからなにかあったのだろうか。


「何かあったか?」

「いえ……何も……女将さんも優しくしてくださって……」

 ふむ……。あれかな、置き去りにされて拗ねてんのかな。

 俺がミツルと仲よさげなのにヤキモチを焼いて……ないな、さすがに。


「俺たちはここの主人が働いて……とは違うけど、作業してるところにお邪魔して、それを手伝っていたんだよ」

「そうですか」

「だから、二人でなんか楽しんでたとかそういうんでもなくて、ほら、土とかついて汚れちゃって、むしろ大変だったというか、貧乏くじだったというか……」

 なんか浮気した時の言い訳みたいだな。俺は妙な後ろめたさを感じた。


「勇者」

 マオは俺の精一杯の口上に興味はなさそうに、ポツリと呟いた。

「ん?」

「勇者だったのですね」

「お、おお」

 なんだそんなことか。


「俺は勇者になるためにこの世界……この地方にやってきたんだ」

 聞きたきゃ聞かせてやろう。厳密には勇者になるためというわけではないが、まあ似たようなものだ。

「魔王を倒して世界を救ってやるぜ。そして俺は伝説に……」

 その時のマオの目は、ひどく冷たかった。

 まるで信じていたものに裏切られたような、まるで何か大切なものを奪われたような……

 悲哀?

 後悔?

 失意?

 なんと形容していいかわからなかった。こんなことなら現代文の授業きっちり受けとくんだった。


「…………」

 マオは何も言わず、俺を見ていた。そばで立て掛けていた杖に人差し指を這わせる以外、動きはなかった。

 さっきのミツルもそうだが、なんで勇者になると言っただけでここまで塩対応なのだろうか。女子の考えることはわからん。あれだろうか、女子的には子供っぽいとかダサいとかいう印象なのだろうか。まったく、男子のロマンというものを君たちも少しは理解をだな……


「あー、そういえば、だ」

 ひとまず話題を変えよう。

「お前を連れ出す時さ、家の人に何も言わずに出ちゃっただろ? 今からでもさ、手紙でもいいからちょっと挨拶をしておいた方がいいかな」

「必要ありません」

 一切悩むこともなく、そう断言された。


「いやでもさ、娘さんを相談もなく連れて行ったらたいていの親は怒るか泣くだろう」

 親の心子知らずとは言うもので、かといって俺も人の親ではないからそれを代弁するのは筋が通らないような気もするが、一般的に考えると、そういうことではなかろうか。


「必要ありません」

 聞こえなかったのか、と言わんばかりに二回言われた。あれ? もしかして親子関係うまくいってないパターンかこれ。


「いや、うん。気持ちはわかるよ。あんまり口をききたくないとかさ。でもさ、こういうのはちゃんと言っておかないと後悔すると思うんだ」

 自分の経験からアドバイスしてみる。俺も親子仲はよくなかったさ。でもな、今にして思えば、もう少し歩み寄ってもよかったんじゃないかって。もう話すことができなくなった今はそこはかとなく思う。


「大丈夫ですから」

 マオはまた外に顔を向けた。

「怒ることも、泣くこともありませんから」

 開けられた窓からはぬるい風が入ってくる。

「だから、もうその話はしないでください」

 うーん。そんな冷徹なご両親なんだろうか。よくこんなまともに育ったもんだ。

 俺が妙な感心をしていると、背後で物音がした。


「早かったな」

「軽く汚れ落としただけだかんな」

 風呂上がりのミツルはどかっと座布団に腰掛ける。


「飯食ったらがっつり入る」

「ああ、そういう」

 待ってる俺たちがいつまでも食えないことに配慮したのか、それとも食いっぱぐれることを心配したのか。多分後者だな。


「で、なんか空気重くね? なんかあったの?」

 俺が聞きてえよ。

 結局、女将が料理を運んで来るまで膠着状態は続き、食後に流れで風呂入って、その間に敷かれた布団で寝た。最高級なだけあって布団は寝心地いいのに、なぜかすごく気まずくてまったく休まる気がしない。せっかく自腹切って最高級の部屋とったのに。




「わしじゃよ」

「何が?」

 ふと気づくと、あの和室にいた。ちゃぶ台はさんで腰掛ける神様に合わせて、俺も座っている。ミツルが言ってたのはこれか。つまりここは夢の中。


「それでその……最近はどうじゃ」

「いや何が?」

 話したいけど話すことないからふわっとした感じで話しかけてくる親戚みたいだな。


「異世界に来てもう二日目が終わる。よくぞここまでもったな。正直とっくにくたばってると思ったが」

 正直すぎるぞ、この神様。

 ホッホッホッと言いながら茶をすする。ねえ、俺の分は? ここは客に茶も出さないで自分だけ飲むんか。


「まあ確かに、マオがいないと速攻でくたばってたな」

「あの娘はどうじゃ」

「あー」

 そうだ、せっかくだから相談してみよう。神父より神様に直接相談した方が話が早い。


「強いし優しいし可愛いし、言うことなしなんだけど、なんか急に態度がそっけないというか冷たくなりましてな」

「ほー。なんぞ地雷でも踏んだか」

「そんなつもりは……ただ親を大事にしなさいと至極まっとうなことを」

 その話をする前からなんかおかしかったが、他に理由は思い浮かばんしな。

 神様はズズズと吸った湯呑を置く。


「おぬし、やってしまったな」

「えぇ……」

 そりゃ消去法でそれしかないけど、そんな失言だったか?


「そんなに仲の悪い親子だったんです?」

「いいや。大層仲睦まじい関係であったよ」

 老人は目を細める。


「あの娘は両親からの惜しみない愛情を受け、それを素直に糧として育った。そこに一切の憎悪や敵意はなく、まったくもって模範のような家庭じゃった」

「…………?」

 過去形……?


「だからこそ、それを理不尽極まりない形で奪われれば、生涯癒えぬ傷にもなろう」

 嫌な汗が背に浮かんだ。

「あいつの両親は、もう」

「さよう。もはやこの世におらぬ」

 平然と、何食わぬ顔で、神は告げた。


「あの娘は、およそ最悪と呼べる形で親を目の前で失っておる」

「そんなつもりじゃなかった」

 意図せず口からこぼれた。


「知っていたら絶対に言わなかった。だって、普通、ありえないだろ」

 ――――『怒ることも、泣くこともありませんから』

 あの言葉が、あの言い方が、そんな意味だなんてわかるわけないだろ。


「悪気はなかったんだ」

「あの娘が責めたか? あの娘が嘆いたか?」

「…………いや」

 ――――『だから、もうその話はしないでください』

 泣くなり怒るなりしてくれれば、まだマシだったかもしれない。マオはただ耐えていた。俺の無神経に黙って耐えていたんだ。


「それで? おぬしはどうする」

「……謝るさ。その気はなかったとはいえ、やっちまったものはしかたない」

「それだけか?」

「他にどうしろって言うんだよ」

「それを決めるのは、これからのおぬしだ。そのために、おぬしをここに送ったのだから」 

 ――――『この世界、あの座標、あの時間に飛ばした理由があるはずなんだ』

 そうだな、そういえば聞くことはまだあった。


「聞かせてもらおうか」

 神よ。

続きを今すぐ読みたい方はこちらにて発表しております。

https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593


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