第16話
……いや、めでたくないし。
要するに彼はここであるものを見つけて以来、異端技術に没頭したということだ。
「それで、何を見つけたんですか」
「…………」
彼はキョロキョロと辺りを見回し、俺とミツルしか見せる相手がいないことを確認してから、更に「他言無用に願います」と念押しをした。よっぽどだな。
「こちらです」
懐から質の良さげな布に包まれたものを取り出す。
「タピオカか?」
んなわけあるか。
「たぴ……?」
「気にしないで続けてください」
布がハラリと開かれる。
そこにあったのは……
「ああ……」
なるほど。
これはまさしく、この世界では異端である。
そして俺の世界では、日常である。
そしておそらく、これは……
俺の……
「スマホじゃん」
俺が当てるよりはやく、黒ギャルが口を開いた。その長方形の金属の板は、たしかに我ら現代っ子には必需品であるスマートフォンであった。全体を覆っていたであろう手帳型ケースは劣化し中の端末がところどころ露出している。
「少し触っても?」
「どうぞ」と渡され、一礼しつつ、恐る恐るスマホを覆う手帳型ケースをめくる。その内側には、やはりというか、俺が刻んだ文字があった。
仮説が確信に近い推測に化けた。
「我々の扱う――知りうるどの言語にも該当しない古代文字なんですよ」
それは高校入学前の俺が、小学校の頃に授業で使うからと買わされた彫刻刀で刻んだ文字だ。おまじないのつもりで、いつだったか願いを込めて刻印したもの。
『絶対に友達と卒業する!』
そして、ついぞかなわなかったもの。
「ありがとうございました」
ほんと、持ち主の方を守ってほしかったもんだ。
パタンと手帳型ケースを閉じて、俺はそれを神父様の手に戻した。
もう未練はなかった。
俺のだと主張すれば取り戻せるかもしれない。しかし、そこまでする価値を俺は感じなかった。この壊れたスマホは、俺にとっては切って捨てた過去でしかない。対して、神父様にとっては希望や未知の象徴なのだ。
どちらが持っているべきかなど、論ずるべくもない。
電話帳に登録する友達などいなかった持ち主は、もういないのだ。
それは終わった物語なのだから。
「スマーホですか」
ところどころサビたり欠けたりしているそれを、彼は感慨深く撫でる。汚れという汚れはなく、金属部分がピカピカと光を反射していることから、相当念入りに拭いたり磨いたりしたことがうかがえる。やはり返せとは言えない。
「スマホな」
「スマホー」
「違う違う。なして伸ばす」
ギャルの教えを受ける彼は、興味津々といった様子だった。
「つまりあなたたちは、これが何なのかわかるのですね」
「まあわかりやすく言うなら、ケータイよ」
「携帯……たしかに持ち運べる大きさですね」
「ちーがーうー。だからつまり、ケータイ電話! 電話するやつなの!」
「デンワ……?」
「あーもー! なんでわかんないかなー!」
わかるわけねえだろ。
染めまくった髪をガシガシひっかくギャルの語彙と教養のなさを改めて痛感する。
こういうの、異世界コントとでも呼ぶのだろうか。
「ええとですね……」
このままこのアホギャルに任せてたら一日が終わってしまう。俺は助け船を出すことにした。
「つまり……」
カクカク・シカジカ。
「なるほど。つまりこのスマホなるものは、遠くの相手と会話ができる道具なのですね」
「他にもアプリとかー写メとかー」
「お前は黙ってろ」
せっかくわかりやすくした話をこれ以上ややこしくするな。
「ただ、電源……この道具を動かす魔力が尽きているようなので、今のままでは動くことはないでしょう」
「そうですか」
残念そうで胸が痛む。
「どっちにしろ話す相手いないんだしいーじゃん」
こいつには良心の呵責とかそういうのはないのだろうか。腐っても神の子孫だろ。
「それにしても、こんな魔導具は見たことがありません。遠くの相手と話す術はいくつか知っていますが……。話を聞けば、まるで誰でも扱えるかのような。そんな魔法があるとは」
「魔法じゃねえし」
「俺たちの故郷では科学と呼びます。魔法とは違う技術です」
「ははぁ……」
寝耳に水だと言わんばかりの反応。それもそうか。この世界はご覧の通り魔法一辺倒に発展している。しかし、こんな遺跡があるなら――おそらく各地にも似たような遺跡はあるだろうし――少しは科学技術があってもよさそうなものだが。いや、それを教団が抑止しているわけだから……
意図的に教団が科学技術というものに蓋をしている……?
それは本当に、ただ単純に、宗教上の理由だろうか。
もっと実質的な、意図的な……
「科学者」
ミツルが彼を指差す。
「?」
「アータ科学者じゃん。もう宗教屋じゃないんだし、無職じゃカッコつかないでしょ」
「なるほど……科学を扱う者……それで科学者……いいですね、今度からそう名乗りましょう」
少し元気が出たらしい。まあ今までの稼業も失って世捨て人みたいな状況だったからな。わからんでもない。俺らとほとんど一緒。
「お前たまには微妙に良いこと言うな」
「あん?」
そこいらの物語ならここで科学知識を披露して大活躍するところだが、悲しいかな不登校生とギャルに披露できる科学知識なぞあるはずもなく、袖触れ合うも他生の縁ということで、発掘作業を手伝うことにした。
「なんでアーシまで……」
「どうせ飯の時間まで暇だろ」
どうせこの後は飯食って寝るだけだからな。
……なんか色々忘れてるような。
…………まあいいか。
「では私は川で洗浄してきますので」
「うぃーっす」
両手に土の塊を抱いた科学者に雑に返事して、スコップの柄を握り直す。ちなみにこの道具もここから出土したものを整備したらしい。そりゃそうだ。
……さて。
土をザクザクしながら物思いに耽る。
この世界の状況を整理しよう。
ここは勇者と魔王の中世チックな、あんな感じ。
ここまではいい。
問題はトモノヒ教だな。これがどうもキナ臭い。
大衆に支持された宗教。勇者を支援する一方で、科学の類をタブー視している。
魔法はよくて科学はだめか。ここが肝だな。
「そういえば」
「あん?」
「こっち来てからポーションとかそういう回復薬見てないな」
「あー」
「ここの住人はケガしたらどうするんだ」
「知らねーよ。ツバでもつけとくんだろ」
そいつはなんとも不便だな。マオみたいな回復魔法を使える魔法使いは見た感じそうはいないだろうし……
はて。
「そういえばマオは?」
「アータが置き去りにして飛び出したんでしょーが」
振り返ると旅館からついてこなかったんだな。まあ、ついてこいとも言っていないし、連れ回すのも悪いし、いいか。
「あの子がさ」
「おん?」
「あの子が行きたい場所に連れて行ったら、それからどうするわけさ、アータは」
「そりゃ、魔王を倒す大冒険に決まってんだろ。もう忘れたのか」
俺に背を向けて土いじりをするミツルの顔は見えない。
「それさ、あの子に手伝ってもらうわけ?」
「? …………あー」
まずい。その線を考えていなかった。つまり、マオが目的地について、それでマオの目的が達成され、マオの旅が終わってしまうパターンだ。そうなると、俺たちはまた二人になってしまう。魔王どころか、道中のモンスターに出くわしてあっさり全滅するのが目に見える。だって俺たち、ここまでずっと裸装備の無職だもの。
「なんとかして、あいつにも手伝ってもらう!」
「無理じゃね」
「なんでだよ。必死で頼めばなんとかなんだろ」
まだ付き合いは浅いが、ああいうタイプは押しに弱いと見た。拝み倒せばなんとかいけるはず。
「必死で、ね」
意味深につぶやくギャルは相変わらずこちらに目もくれず土をいじっている。
「なんだよ」
「別に」
なんか引っかかるな。追求しようと口を開くより先に、声が飛んできた。
「そうだ、昨日たまたま聞こえたツマンネー話の続きを聞かせてやろうか」
「…………」
「あのあと、不登校のチャラ男を刺した男は捕まったさ。まあ、当たり前か。過失致死罪だったかな。そのあと、女の方は男とすっぱり縁を切って、真っ当に生きることにしたらしい。チャラ男の親に泣いて侘びて、葬式にも出てきた。人生どん底のドロップアウトの命でも、少しは役に立ったみたいだな」
「…………そうかい」
よかった、と安堵するところなのだろうか。わからなかった。ただ、少し胸に残っていたわだかまりが、軽くなった気がする。
間違ってはいなかったのだ。
ただ、続かなかっただけだ。
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