第15話
「ええとですね……」
言いあぐねる女将に、俺は笑ってみせる。
「何分、土地勘のない田舎者でして。事情を聞いても撤回する気はございませんので、話していただけると」
「トモノヒ教の方ではないんですか?」
なんでここでトモノヒ教の話になる? とりあえずここは素直に否定しておこう。
「俺とこいつは違います。トモノヒ教の存在も今朝聞いたばかりで」
すると女将は大層驚いた顔をし、それから得心が行ったという顔になった。
「少し長くなりますので」
部屋にあった高そうなちゃぶ台と分厚い座布団に促された俺らはおとなしく座る。ややあって、戻ってきた女将が持ってきた湯呑が卓上に並ぶ。湯呑といっても木でできたカップだが。なんというか、さっきからちょいちょいなりきれないというか、再現しきれてない箇所があるような。
「見ての通り、この宿は一般のものとは違います。遺跡から出土した技術や遺物をもとに再現したものです。夫が街外れの遺跡でいつも調査しているもので……」
「それがトモノヒ教の教義に反するんですね」
女将は顔を伏せるようにうなずいた。
異端技術……ロストテクノロジー……。それが大衆宗教にとっては鼻つまみ者なのだろう。下手をしたら、民衆の価値観を一気にひっくり返すことになるだろうしな。
「表立って異教徒といった扱いは受けませんが、それでも主人と私は破門されました。教会の援助や信任が受けられない以上、独自で生計を立てる必要がありますが……これが中々」
「遺跡の産物で商売を……たとえばこの旅館もですが、信者には受けが悪いでしょうね」
「ええ……地元の方は寄り付きませんし、冒険家の方も教会を使われますから……」
「自然、宿泊客は無神論者か破門者か……俺たちみたいな田舎者か物好きでしょうね」
要するに、教団は研究をやめろと言っているのだ。大多数が信仰してる宗教が、これは異端だ・禁忌だと暗に示せば、ジリ貧になって頓挫するのは火を見るより明らかだ。
「ええ、まあ……」
沈痛な面持ちの女将に、俺は無理して笑ってみせた。
「ところで」
このままだと女将の苦労話になりそうだ。その路線だと辛気臭いだけだし、俺は気になったことを聞いてみることにした。
「遺跡から出てきたのは、こういう技術……こういう宿の作り方だけですか」
「今の所はそうだと聞いています」
「……そうですか」
俺はふと思ったことを口にした。
「その中に、細身の剣がありませんでしたか。こう、持ち手のところに円形の飾りがあるような。鞘と呼ばれるケースに入っていて……」
女将の顔は、狐につままれたような、占い師に自分の半生をぴたりと言い当てられたようなそれだ。
「主人が、最近そのようなものを……まだ洗っても研いでもいませんが」
「それは刀と呼ばれるものです」
「カタナ……」
「武士と呼ばれた人たちの持っていた武器です。魂と表現されることもあります」
「あなたは……」
「ごちそうさまです」
空になった木製湯呑を置いて、俺は会話を打ち切った。
「夕飯までには戻ります」
立ち上がり、滑りの悪いふすまを開く。
「アータさ」
「お前、この世界のことついて何か知ってるんじゃないか」
追ってきたミツルが何か言いたそうだったが、ここは機先を制する。なんというか、他人の話を聞いている余裕がない。
俺は今、少し揺れている。
動揺、なのかもしれない。
一瞬、世界の真実に触れたような、大それたようなことをした気分だ。
「知らないっての。言っただろ。ジジイが勝手に選んだんだよ」
「じゃあ解釈の仕方だ。たとえば、俺の元いた世界から一秒後の世界があったとして――それも異世界ということなのか」
俺はただ前を向いていた。後ろでミツルがどんな表情だったかはわからない。そこまで気が回らない。
「あくまで人間の言葉で表現するなら……世界ってのは無限の白紙の上に散った、無数の点なんだよ。決して交わって線になることはない、点在し独立した確固。特定の点の前には過去の点が、後には未来の点がある。その点だって、横には違った未来になってブレた点がある。たとえば、どっかのチャラ男が余計なことせず死なずに済んだ点だって、どこかにはある。白紙の上に浮かぶそれらの点の動きを管理と観測するのが神だってジジイは言っていた」
「……そうか」
このとき、俺の中ではある仮説ができた。けれど、これをミツルに聞かせても真相にはたどり着けないだろうし、もう少し寝かせておきたい考えだった。
旅館の外見を、内装を見たあたりまでは、まだギリギリそういう似通った文化もあるくらいの考えでいられた。自分たちの知ってる文明との、たまたまの合致だと。しかし、この文化の原型が地中由来で、俺の知ってるそれと完全に一致していた場合、自然とある仮説にたどりつく。
なぜ、ここでかつての日本の産物が出土するのか。
それを教団側が否定する意味とは。
どうも、異物だから蓋をしたいだけとは思えないのだ。
「遺跡に行ってくる」
「行ってどうすんのさ」
「なんというか、わかりそうな気がするんだ」
定まりそうな気がするんだ。
「わけもわからず放り込まれた世界で」
前の世界じゃ失敗した、
「自分が何をすべきなのか」
努力の方向性というやつが。
遺跡発掘現場はエマスラ郊外にあった。そこに近づくにつれ人通りは少なくなり、やがて誰もいなくなった。民家どころかまっとうな道もない荒れ放題の野原を更に進んだ先に、ようやく発掘現場はあった。雑多に掘り起こされたところは、ともすれば畑でも作ってるのかと思った。
「やあ」
「ども」
その中年男性は頭に布を巻いた、いかにも土木作業やっていますといった格好であった。
「旅館の方から、ここだと聞きまして」
「ああ、どうも。家内が世話になってます」
発掘現場の中心でスコップを肩に担いでいた人物は、はたして目的の相手であった。
「なんというか……大漁ですか?」
「ぼちぼちと言ったところですかね」
彼の視線につられて、俺も少し離れたところにある台を見る。簡素な作りの木の台には、土にまみれた大小があった。
「泥の塊なんて集めてるのか」
トンチンカンなバカギャルに俺は呆れ、彼は苦笑した。
「このあと付着した土を落として、それから洗浄です」
「ふーん。で、中はなに?」
「ええと……」
答えに窮するご主人に俺は心底同情した。
それをこれから調べるんだろうが……
「ご覧の通り、学問というより、道楽なんですよね」
その辺の岩に腰おろした彼は、腰に引っ掛けた布で顔を拭う。「また『道楽』か」と隣でつぶやく声があった。
「他に仲間は――皆無というわけではないんですが、学会と呼ぶにはとてもとても――いなくて、人員も予算もまったくありません。結局稼ぎは家内頼みで、教団で働いていた頃の蓄えを崩している始末」
「教団で働いていたんですか」
「ここの教会でしがない神父を。もっとも、もう破門された身です」
「そりゃあ……そうでしょうね」
「表立って弾圧されないだけマシなんでしょうね。地元の信者とは昔からの付き合いですし。そこでの義理で、見て見ぬ振りしてもらっているといった立ち位置です」
自嘲するような苦笑であったが、後悔はなさそうだった。
「あの……きっともう、何十回も聞かれてると思いますけど、どうしてこんなことしてるんですか。神父様なら尚更」
「あなたは、世界が神によって作られたと思いますか」
にわかに帯びた真剣味に、俺は少したじろいた。ややあって、隣のギャルをチラ見してから、
「いえ……そういう考えもありだとは思いますが……」
すると彼は頬を緩めた。これは正解か、それとも。
「私は、それがずっと世界の真実だと思っていました」
そりゃそうだろう。
俺は無意識にうなずく。
そうでなけりゃ神父なんてやらないさ。
「でも、今では――いえ、あの時から、そうではないのもしれないと思うようになりました」
神父は一度、雄大な青空を見上げた。それから地面に視線を落下させる。
「転機……分岐点は、ここでした」
『昔々、といっても十年くらい前。
あるところに神父様がいらっしゃった。神父様は敬虔な信徒であり、生まれてこの方信仰に疑いなどもってはおりませんでした。
しかしある日、街の外れを歩いていると、奇妙なものを見つけました。それは、今の文明においてあまりに異質で、かといって教典にもまったく記述がない、未知の産物でした。
神父様は、この世にはまったく別の、それは今まで自分の信じた神が作ったものとは別のものだと確信しました。
神父様にとって、それは世界の革命でした。
神が作ったはずのないもの。それはすなわち、世界は神の埒外にあるのではないかと。
神が世界を作ったのではない。
世界の片隅で神というものを人が作り祀り上げただけなのではないかと。
その気付きは、まさしく――皮肉なことに――天啓であったかもしれません。
神を疑った神父様は、もはや人々に説教や布教などできません。
教典を持っていたその手には、クワが握られていました。
めでたしめでたし』
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https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593
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