第14話(第3章)
「ついたぞー」
けだるげな乗り手の声に、俺とミツルは我先へと馬車から駆け下りた。二人揃って真っ青な顔で口を両手で抑えている。
目と鼻の先に整備された川を見つけた俺達は、示し合わせたようにそこへ駆け寄り、顔を突き出し、そして――
「うえええええ」
「おろろろろろ」
投下。
「あらら。きみたち、酔ったの」
運転手のおっちゃんの呑気な声をバックに、俺とミツルは眼下で跳ねる魚に餌をやっていた。
「荷台は汚してないよな。荷物まで汚したら弁償だぞ」
「あ、その点は大丈夫でございます」
遅れて出てきたマオも呑気に答えた。
「お二人ともそれだけは死守しましたから」
「ならいいんだけど」
よくねえよ。
俺はそうツッコミたかった。隣の嘔吐ギャルも同じ気持ちだと思う。窓もない湿気った換気性皆無の空間で何度もシェイクされていたら、こうもなる。
「きみたち、なんでまた貨物便に便乗してるの? スラーオから出戻ったのもそうだけど、変わってるな」
「王都ビギンへ向かっているのです」
「そらまた酔狂な。今更勇者登録でもしに行くの?」
「勇者?」
そこで復帰した俺が会話に加わる。
「勇者ってのは、どうやってなるんだ」
今のうちに確認しておこう。この世界での勇者の成り立ちを。
「一般的には、勇者発祥の地と呼ばれる王都ビギンで宣誓するな。魔族の討伐、王政への服従……まあそんなところだ」
グロッキーになってるミツルはほっといて、俺はうんうんうなずく。
「つまりそこで勇者だと宣言すれば勇者になれるわけか」
「社会的には……形的にはな。いくらかの手数料を払って勇者名簿に名前が載る。それだけだ。観光客が記念にやっていくのもザラだ」
「なんか軽いな」
「そりゃ勇者ってのは飾りの名だからね。誰でも取れて思い出になる。お国としては手数料で小遣い稼ぎになる。そのくらいだ。正直、あの街で登録しなくても勇者だと名乗れば誰でも勇者だよ。勇者名簿なんていちいち確認するほどの暇人なんていないからね」
「なーんだ」
厳しい試験があるとか、許可なく名乗ったら投獄されるとか、そういうパターンじゃなくてよかった。
ただし、と腕まくりをしたおっさんは続ける。
「実際に活動するなら別だ。教会で洗礼を受けなきゃいけない」
「なんで?」
「そうすることで各地にあるトモノヒ教の拠点や信者が手助けしてくれるからな。宿泊はもちろん、各種支援や優遇措置、いたれりつくせりさ。教団としてはその程度で魔王を倒してくれるなら安いもの。信者としては徳が積める。良いことづくめだわな」
「なるほどなーうまくできてる」
「ただ教団の指示に従わなかったり、不適格だと認められると破門されるからな。勇者失格の烙印押されると一転して村八分よ。きついぞ」
「嫌に詳しいな」
生々しいというか、リアリティがあるというか。
「何を隠そう。この中年も昔勇者を名乗ってたクチでな」
マジかよ。
驚く俺に、オールバックを決めたおっさんは「はっはっは」と朗らかに笑う。
「あの頃は若かった。『俺が魔王を倒し、この世界を救ってみせる!』なんて息巻いて、棒きれ片手に家を飛び出して、勢いで教会に行ったら神父に止められたんで殴り飛ばして……」
「ひえー」
自慢気に自分語りしてるけど、最早ただのヤンキーじゃん。これヤンキー特有の武勇伝ってやつでは。
「結局トモノヒ教の本拠地であるトルカの大聖堂まで行って、そこで鎧や剣もらって本格的に活動開始さ。そのとき紹介された僧侶が可愛くてさ」
「あ、はい」
「男の一人旅のところにあんなカワイコちゃんが来ちまったからな。そりゃもう、魔王がどうだこうだなんて手につかなくなる。旅が気がついたらデート気分でな。ついついやることやってたらガキがデキちまってな。こりゃもう旅なんてやっていけねえやと道中の村に居着いてな」
「あ、魔王討伐の旅の途中で子作りしてたんですね」
「なにせ家出同然だったからなぁ。孕ませたニョーボつれておめおめ帰ることもできず、ニョーボも孤児で教会で育ったって言うし……縁もゆかりもない村で暮らすしか」
違う、言いたいのはそういうことじゃない。
「とりあえず嘘の報告で数年くらい時間稼ぎはしたんだが、とうとう教団から派遣された審問官にしょっぴかれてな。ぐうの音も出ない取り調べに屈して破門宣告よ」
なんか被害者ヅラして話してるけど、因果応報では?
「それから村中の風当たりが強くてな、石投げられたこともあった。ニョーボはとうとう子供連れて出ていくし、自分自身も村にはいられなくなり、身分を隠してこうして馬車の運転手を……」
「そ、そっすか」
どうしよう。同情できる余地が一ミリもない。
「ところで勇者としての実績は」
「旅の途中でモンスターを二、三匹狩ったくらいかなあ。ダンジョンもクエストもやってないし」
だめだこりゃ。
「若いの。若さに任せて無茶をするのはいいが、親不孝はいかんぞ。この頃、故郷にいる親をよく夢に見るんだ。もっと親孝行しておけばよかったとな。今となっては会わす顔がねえ」
「そっすね」
まあ今更だな、お互い。俺もこのおっさんも、面と向かって親にどうこう言える身の上じゃない。妻子まで作ったおっさんの方がまだ立派かもわからん。
なんか妙にフレンドリーになったおっさんに一旦別れを告げ、俺達は街へ繰り出した。次の貨物便が明日の昼頃。その間に色々と済ませておけということだ。
「ここを宿泊地とする!」
俺はとある宿を前にそう宣言した。
「……別にいいけどさ」
ミツルは「まあこれを見かけたときには察してましたけど」みたいな感じで了承した。
伝統的な庭園、水を流してカコーンってなる竹のあれ、よく燃えそうな木造建築……
純和風の旅館は、日本人の俺の感性にティンときた。
「こういうとこって高いんじゃねえの」
「そりゃ元からの価値観じゃ、そこらのビジホやカプセルホテルの方が安いけど……」
この世界もそうだという決まりはないだろう。
「いやーようこそ、おいでくださいました」
ガラリと戸を開いた途端、めちゃくちゃ暇そうな女将が走ってきた。
「3人で……あ、宿泊で」
「はいはい。それではこのお値段でどうでございましょう」
懐に抱えていた値段表は、赤字と二重線で何度も値下げした跡がある。
「やっす」
ミツルが驚くのも無理はない。昨日の宿の半値以下だ。
「あー……」
俺はその、あかぎれやマメで荒れた手を見つつ、
「その3割増しでいいんで、あんじょう頼みます」
すると女将は大層喜んで最高級の部屋を案内してくれた。それにしても玄関から廊下は石と土で出来てるのか。靴を脱ぐ習慣がないからか、それとも……
「らしくねえな」
先導する女将の後を追う俺の横で、ミツルがつぶやいた。
「安いなら安い方法、その上で更に値切るタイプだと思ってた」
「差額は俺の懐から出すさ」
「そういうこと言ってんじゃねえよ」
「まあ、あんな苦労してる姿見せられるとさ」
さっき言われた『親孝行』ってのを引きずってるのかもな。
「演技かキャラ付けかもよ」
「そうは見えなかったが、それでもいいさ。そうだな、これは道楽だ」
「道楽……」
ミツルは興味なさそうに自身のネイルをすり合わせた。
「実に人間らしい行動だな」
「そうかい」
「ああ、実に人間らしい」
神の孫娘は廊下から見える日本庭園に目を向ける。
「だからあんな死に方をする」
「お前それは知らなかったはずじゃ……あ、いや」
知る機会なら、つい最近あった。
「お前、寝たふりして聞いてやがったな」
その真偽を問いただそうとしたが、女将が部屋に到着し説明を始めたのでやめた。
「この部屋は当旅館一番の人気でして」
「の割には、あまり使われた形跡はないようだけど」ミツルは室内を見回す。
まるで高級料亭の一室を再現しましたといった感じの一室は、畳の代わりに板張りなのが気になるが、清掃は完璧といったところだ。
だが……
人が使ったという、ある種のくたびれがほとんどなかった。
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