第12話
真っ暗闇の中、目を開く。夜中に目が覚めたのかと思ったが、周りを見るとどうも違うらしい。なぜか俺は最初から立っていて、どこまで進んでも闇で、何も見えないし何も触れない。
ああ、そうか。
これは、夢だ。
たまにあるよな、こういうわけわかんない夢。
こういうパターンの夢はなんか意味不明なことが起きて、なぜかそれに納得しつつ、いつの間にか目が覚めている流れだよな。
とか考えていると、目の前に火だるまが現れた。
人体模型でも燃えてるのかと思ったら、そいつがこっち振り返った。こわっ!
逃げようと思ったら脚が動かない。夢だからな。
しかたないからまじまじ見たが、こういうモンスターなのだろうか。
燃え盛る炎そのままに逆立った赤い髪に、ガスレンジの炎っぽい色の青い瞳。性別は男っぽい。メラメラ燃えているが、近くにいても熱くはない。燃やされているというより、炎の魔法を纏っているような。自然現象の炎というより、意思をもったオーラのような印象。
それはそれとして。
なんでこいつが俺の前に?
「あなた誰です?」
こんな知り合いいない。とりあえず聞いてみた。
『俺は――――』
炎にまみれた顎が動いた。
『――――――』
………。
………。
声がする。
「朝ですよ! 起きてください!」
これはあれか。幼馴染がねぼすけの主人公を起こしてあげるために毎朝家まで来てくれるとか、そういうあれか。いいね、実にいいねこういうの。古き良き日本の侘び寂び。様式美ってやつだよ。
「うーん。あと五分」
そこで俺がこう返す。これも様式美。お約束ってやつだ。もっとも、遅刻の心配なんて皆無であるし、実際あと五分であろうが一〇分であろうが、寝ていても構いはしないのだが。まだ学校に行っていた頃は、この二度寝が気持ちよかったなあ。不登校になってからは昼過ぎまで寝てるのがデフォだったけど。
「とっとと起きろボケ!」
ミツルの蹴りでベッドから叩き落された俺は、床を転がるはめになる。
暴力ヒロイン……これは負の遺産……過去の過ち……あってはならぬ。
「お前みたいなのは今更流行らねえんだよ……」
「あ?」
過ちを繰り返してはならぬとフラフラ立ち上がる俺に、このギャルはガンを飛ばしてきやがった。
「皆さん起きましたね。それでは」
もうパジャマからローブに着替えているマオはパンと手を合わせる。なに? ラジオ体操でもするの? そういえばあれも小学校中学年あたりから行かなくなったな。サボりぐせはあの頃からあったのかも。でも必死こいてスタンプためてもらえるのがお菓子一個だのノート一冊だのじゃ割りに合わないんだよな。早起きは三文の得とは言うが、そんな二束三文のために骨を折る価値はないだろうと。コスパ悪すぎる。
マオが窓を開ける。なんちゃって引きこもりには辛い朝日と爽やか風が入ってきた。
「お祈りをしましょう」
その提案に、俺とミツルは渋い顔をした。
どちらも、祈り先がない。
「アーシはいいや」
神の孫娘は辞退の声をあげた。こいつの場合、神様に何か用があるなら、そんなまどろっこしいことしなくても直で言えばいいだけだしな。
「俺も……」
そして俺は多分にもれず、これといった信仰先はない。神様と対面しなければ、無神論者であったかもしれない。前世じゃ神も仏もない有り様だったからな。
「でもでも、神様に感謝はすべきだと思いますよ」
「感謝って、何を」
「今日、無事に朝を迎えられたことにでございます。そして、明日も朝を迎えられるようお願いするのです」
「OH……」
眩しい。眩しすぎる。朝日を背後に浴びたのもあってか、その眩しさに二人して目の前に手をかざして日陰を作る。
「おい、祈るぞ」
「は?」
俺たちに背を向け、窓辺で指を組み合わせてるマオに聞こえない音量で話す。
「別に神のおかげで朝が迎えられてるわけじゃねーぞ」
「そんなことはこの際どうでもいいんだよ。気まずいだろ」
「異教徒どうこうで騒ぐやつには見えねーが。布教する気もなさそうだし」
「違う。もっと根源的な問題だ。なんか孤立したみてえで辛いんだよ。見てる方も、見られてる方も」
「さすがボッチくん。経験者は語るなぁ」
「ボッチくん言うな。いいからマネしろ」
「チッ。しゃーねーな」
面倒そうにボリボリ頭をかいて、渋々ながらもミツルは俺に合わせた。
両脇で祈るマネをする男女を見て、マオはぱっと顔を輝かせた。
これでいいんだ。これで……
祈る相手は神じゃない。ただ目の前の少女が喜んでくれれば、それでいいんだ。
「トモノヒ教?」
「はい。それが主たる宗教であり、人と魔の区別なく、普遍的に信仰されております。この世界は神が創造・統治していて、信仰に背き教義に反すれば天罰が下ると言われております」
宿屋一階のロビー兼レストランで、向かいに座るマオは熱弁する。
俺はちらりと隣のミツルを見る。開いたメニューを見たまんま、こいつは『ないない』と片手を振って否定した。
「知らなかったのですか?」
「あー俺たちは辺境の地というか、とんでもなく遠いところから転移してきたから……」
「なるほど。どうりで変わった格好をしておりますね」
まあ、このヤマンバギャルは現地でも変わった格好扱いだったけどな。
「字は読めるけど……まるで内容わかんねえな」
雑に渡されたメニュー表を見る。
●リーザドのしっぽ焼き
●トドードの丸焼き
●茹でぴんたん
●茹でアイズ
etc……
…………どれもこれもヤバそうなもんばかりだ。メニューになってるからには、食えるのではあろうが……
「クレープとかーワッフルとかーそういうのないワケー?」
「あるわけねえだろ」
「じゃあ菓子パンで我慢するからさー」
いったい何を我慢したのだろうか。
どれもこの世界に存在しないのだろうな、とマオのちんぷんかんぷんそうな顔を見て察する。
「腹へったー死ぬー」
別にこいつが飢えようが何しようが知ったことではないが、見殺しにするとガチの天罰が来そうだしなぁ。
俺は店員を呼び寄せ、いくつか確認する。すると予想の範疇の答えだったので、ある注文をした。
「あによ。なに頼んだのよ」
「いいから待ってろ」
俺は改めてメニュー表を見る。ハズレしかないロシアンルーレットやらされてる気分だ。マオにパス。すると受け取った彼女は瞳をキラキラ輝かせた。
「外食なんてはじめてです。こういうの憧れていたんです」
はははこやつめ。健気なことを言いよる。
…………。
…………。
おすすめ聞こうと思ったけどダメそう。
そりゃ箱入り娘だもんな。親の愛情たっぷりの手料理しか食べたことないか。うちなんてここ数年はテーブルに置いてある金で定食屋行くかコンビニ飯だったな。あそこの定食屋のオヤジまだ元気かな。ほとんど喋らない俺にも気さくに話しかける気のいい人だったな。それに比べて家じゃまったく温かみのない食卓。つくづく生前はロクな思い出がない。
数分後、とりあえず俺とマオも思いつきで注文してみる。まああれだ、ダメそうだったら食わなきゃいいだけだし。ミツルに食わせるものよりはマシだろう。
などと考えていると、店員が料理を持ってきてテーブルに並べた。するとミツルは目を輝かせた。
「え? マジ? これマジ?」
「ああ、マジだ」
俺は明後日の方向を仰ぎながら言う。
「タピオカをふんだんに練り込み散りばめたタピオカパン。新鮮な野菜にタピオカを混ぜ込んだタピオカサラダ。極めつけは王道を往くタピオカミルクティー」
「マジサイッコーじゃねえか!」
矢も盾もたまらないといった具合で食いつくミツルに、俺はふっと息をもらす。うまくいったようだ。
「あの」
怪訝な面持ちのマオに、俺は慌てて詰め寄る。
「どうした」
小声でささやくと、向こうも合わせて声のボリュームを下げた。
「あれって、トドードの卵ですよね」
「俺たちの故郷じゃタピオカって言うんだよ」
「そうなのですか。トドードって、肉は食べるのですけれど卵は聞くところによると捨てるそうです。中には卵も食べる物好きな方もいるそうですけど」
要するにゲテモノ食いか。まあいいや。俺が食うわけじゃないし。
まず、名前からしてカエル系のモンスターだと踏んだ。とすれば、その卵も似た形状――つまりは、タピオカに酷似していると踏んだ。
「美味しいのでしょうか、トドードの卵って」
「味なんてどうでもいいのさ」
「?」
「こいつらはうまいからタピオカを食べたいんじゃない。タピオカを食ったという事実が欲しいだけなのさ」
「よくわかりません」
「学校の……社会の付き合いというやつさ」
学生なかばで脱落した俺が言っても説得力はないだろうが。
ともかく、これでこいつの腹の虫もおさまるだろう。
俺はガツガツとカエルの卵をかっこむギャルを生暖かく見守る。味付けは濃い目にしてくれと頼んだ。調味料の味で元の味などわかるまい。見た目さえごまかせればどうとでもなる。
それはさておき。
「茹でアイズ……まんまだな」
俺は自分が注文したものに目を落とし気を落とす。何かのモンスターの目玉を茹でたものが皿の上でゴロゴロ転がってる。DHAは多そうだな……あ、そのうち数個と目が合った。
「美味しいです!」
「よかったね」
にこにこと巨大トカゲの尻尾のステーキを切り分けてるマオに対し、俺は憂鬱な気分で目玉をすくった。
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https://kakuyomu.jp/works/16816700426124062593
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