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41 アンチグラビティ

 楽しい時間は瞬く間に過ぎた。


 かっこつけても仕方ないので正直に告白するが、ヒメコやメイとの買い物も、途中出くわしたジェシーにアタシも連れて行きなさいよ! と、ヒステリーを起こされたことも、偶然出くわしたフランが姉を(いさ)め、結局みんなで遊んだこと、全てが楽しかった。

 

 その日から今日まで、誰かが死んだり壊されたりといったこともなく、穏やかな日々だったといっていいだろう。


 俺は今、少し緊張している。


 緊張2割、5割わくわく。残りの3割は面倒だなといった心持ち。


 いよいよ出発の日だ。

 これから断片室一行は新造された陸上戦艦で、好戦的な統一派を退けながら魔道書の新たな断片なり、できれば本体まるまるそのままを探し出して持ち帰らねばならない。


 ちなみにその目的はアンチクトンに知られてはならない。あくまでも表向きはアンチクトンの治安維持だ。

 やれやれ面倒なことだぜ。


 ザラついたツヤのない装甲を間近に見て触れてみる。俺が最後の搭乗員、他のメンツはすでに乗り組み完了。


 完成した陸上戦艦はサイズがダイナマイトバディすぎて、搭乗口からではどんな形なのか、全容がさっぱりわからない。

 クソデカイ戦艦を建造するための、クソ広い専用の船渠(ドック)。今は天井と壁の一面が解放され、半分野外と言っていいだろう。機宿が乗っても壊れなさそうなクソごついタラップの端につっ立ったまま分かるのは、これから乗り込む艦がやたらでかくて黒くてザラザラしてるってことぐらいだ。


 ここからでは分からないにしろ形ぐらいは俺も知っている。事前に図面や模型で見た限りでは長方形に近いシンプルな形だ。


 間近で見た印象と相まって、巨大な棺のように思えた。

 黒くて重くてダサい棺だ。


 出航の日にそんなことを考えるなんてデリカシーがない。なにより不吉だ。


 自分がこれから乗るのが棺桶だなんて誰も想像したくないだろう。

 俺だってそうだ。


 だから、沸いて出たイメージを脳内で速やかに握りつぶし、艦内に踏み込む。


 

「アイリーン艦長。総員乗り込みました。出航準備完了です」


 俺に一瞥(いちべつ)をくれたジェシーがメガネの端をクイクイさせて言った。

 ノリノリである。


「うむ! 両舷全速! マリス・ステラを出航する!」


 黒いつばのついた帽子をかぶったアイリーンが、通常の3割増しでハツラツと言う。

 が、艦は動き出さない。

 ちなみにこの艦の制御は機宿同様AIが務め、簡単な指示を出すだけで動いてくれる。

 らしい。


「どうした? 全速発進なのじゃ!」

 バカにも天才にも見えないインビジブルな口ひげを、延ばすように撫でながら、アイリーン艦長が再度号令を出す。


 AIは答えない。無口な奴だ。


 シャイな戦艦用AIに代わって、俺は思ったことを言ってやる。


「全速というのがマズいんじゃねーか? 出力がどんだけあるかは知らないが、コイツもマナエンジンで動いてんだろ? 全速なんて出したらこの近辺、木っ端微塵の焼け野原だろ?」


「むむむ! ならば! 微速前進ッ!」


 総合的に見て幼児の一日艦長のような、あるいは七五三のようなアイリーンの三度目の号令。


 音もなく艦は動き始める。


 全長1743メートルの巨大陸上戦艦、名前は確か[C/1743 X1]

 名前というか型式だろうと思うが、型式がそのまま名前になるのは地下では珍しいことではない。なにせ売れ筋のポテトチップスの名前が[8010001133757]である。最早覚える気も失せるというもの。


「御主人様。遅かったですね、忘れ物でもしましたか?」


「どーせ、エッチな本でも持ち込んだんでしょう? この変態のローテク野郎は」


 座席に座ったメイとヒメコが、身をよじるようにして話かけてくる。


「俺は変態でもローテクでもねぇ。紙のエロ本(アート)がほとんど読まれないとか、文化継承の失敗だよ。だいたいここは断片室だろ、部屋というよか戦艦なワケだが、……魔道書なんて最古の本みてーなもんだろうよ。俺達ぐらい紙媒体を大事にだなぁ……」


「私聞いたわよ。メイちゃんの裸覗いたんでしょ! ついにやったわね!」


「いいィっ! アレは事故! そう事故だよ」


 なぜか出航という門出のタイミングで、面倒な相手に面倒な言い訳をすることになっている俺。

 目配せするもメイは、私言ってませんよという顔である。


 辺りを見渡すとアイリーンやヴェルヴェがニヤニヤこそすれ、何も聞いてこない。

 もし初耳だったら、ここそぞばかりにつっこんで来るハズ。ということはつまり……。


 コイツ等も知ってやがる。しかし犯人ではない。


 フランとじーさんの姿は見えない。きっとエンジンの調子でも見ているのであろう。そもそも知っていたとしてもあの2人は他人のことを言いふらすような人物ではない。となると、やはり犯人はあの時に一緒にいた奴だ。


「こっちを見なさい!」


 騒ぎの中、1人後頭部を俺に見せる人物を睨んでいると、ヒメコからキンキンとした声が飛ぶ。


「いや事故なんだホント、それにチラっとしか見てないから」

 この世に生れ落ちた般若の顔を見ないように、ジェシーの後頭部を見続けている俺、ジェシーの肩が小刻みに揺れている。

 あのクソアマ! 笑ってやがる。


「いいからこっち見なさいッ!」


 首から、バキッっという絶対に人体から鳴ってはいけない音がして、般若様とご対面。立ち上がったヒメコが俺の頭をつかんで、力任せに振り向かせたのだ。


「折れる折れる! むしろもう折れてるかも」


「そんなことがあっただなんて、アタシ全然知らなくて……つい最近知ったのよ。アタシ言ったわよね。同棲してもいいけどエッチなことしたら死刑だって、今が執行の時よ!!」


 言ってない聞いてない。もしかしたら言ってたのかもしれないけど俺は知らない。というか事故だと言っているだろッ! お前には耳がないのか?


 そう伝えるために声帯が動こうとするも、頭部から首へと移動したヒメコの両手によって、ぎゅっと絞られた俺の首は一切の運動と酸素供給を禁止され、肺は酸欠になった。

 脳への供給も連鎖的に止まり、視界が狭く、音が遠くなってくる。

 ギブギブ! マジにヤバイって!


 だめだ、何も考えられなくなって……くる。

 ……音ももう聞こえない。


 お父さんお母さん先立つ不幸をお許し下さい。アーメンマントヒヒドリルマングース、ほうれんげきょう、ホーホケキョ。


「お嬢。そのへんにしとけ、アキヒロの血中酸素濃度が低下している。メイに一歩リードを許したようで焦るもの分かるが、それはジェシーの罠だ。まずはお前を暴力女にしたてあげて(実際そうなのだが)アキヒロ争奪チキチキチキンレースから引きずり落とそうって魂胆だ」


 ヴェルヴェが何かを言って首の拘束がパっと解除された。


「すーーーーーーーーー!!!」


 ふーぅ。密閉された艦内の空気超うまい。呼吸最高! 酸素イズジャスティス!


「はぁーすぅーー」


 ピキッ。


「艦長。ルートはどのように?」


 ヒメコが新たな火蓋を切るより先にジェシーが仕事モードになっている。このままうやむやにするつもりだ。


 整った横顔を見て推測した。


「当初の予定どおり、アンチクトンの市街を大きく南に迂回するのじゃ。そこから先は、また後で考えるのじゃ」


「わかりました」


 モニターに表示された地図に、現在地点からの移動ルートが大きく弧を描くようにして表示された。イオリノブユキの家よりもずっと南を通るルートだ、影も形も見えまい。俺やヒメコには。


 地図の中央をぶった切るようにクレバスがある。いつだがの耐熱性外皮竜が棲んでいたアレだ。この陸上戦艦でどうやって越えるのだろう。


 幅500メートルぐらいの溝が日本の半分ぐらいの長さで続いているのだ、まさか空でも飛ぶつもりか。


「なぁこの艦って空を飛んだりするのか?」


 アイリーンに向かって聞いたが、ジェシーが素早くインターセプトして答える。


「今、このX1は地面スレスレを浮遊移動しています。その意味では飛行していると言っても差し支えないような気もしますが、ダーリンが聞きたいのはもっとこう、航空機のように飛ぶのかといった意味ですね?」


「ああそうだ。クレバスをどうやって越えるのかと思ってな」


 こいつ浮いて移動していたのか、どうりでタイヤがないはずだ。つーか羽もないこんなバカデカイ物体を浮かせるとかやっぱりマナエンジンヤベーな。


「本艦にはアンチグラビティユニットが内蔵されています。ようするに重力を逆さまにして飛んでしまおうってことです。実は今も多少使っていますので、今体重計に乗れば普段よりいくらか軽いですよ」


 ガッと音が鳴りそうな勢いで、座ったばかりのヒメコが腰を浮かすも、完全に立ち上がりはしない。突如始まった空気椅子は2秒程で終了し、控えめなおしりが椅子と再会する。


 横に座るメイは頭にハテナマークを浮かべている。まだ体重を気にするという乙女心を知らないのだろう。どうかそのままの君でいて欲しい。大丈夫、俺は体重で人を判断したりなどしない。


 そして見た目には痩せて見えるヒメコだが、実は俺のあずかり知らぬところで戦っているのかもしれない。甘いもの誘惑とか、深夜の高カロリーとか。

 でもたまには気を許してもいいのではなかろうか、俺の目算ではヒメコの体重は断片室では下から二番目、一番軽量なのは言わずもがなアイリーンだ。三番は誰だろう、ジェシーかフランか。メイはグラマラスなぶんだけ少しだけ重いかもしれない。


「クレバスの上を通過する時は出力を上げます。その際は艦ごと上下が入れ替わりますので注意して下さい。とは言っても重力の向きが代わるだけなので、艦からは通過中、外が上下反対に見えるだけで、普段どおり過ごしてもらって構いません」


 自慢げに胸を張って話すジェシーの話を聞いて、改めてトンデモ科学に関心する俺であった。

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