40 コウギする!
予感がなかったわけでもない、嫌な予感というかハプニングが待っているような気がしていた……のかもしれない。
しかしなんというか気が急いていたのでノックという文化を忘れていた。つーか地下にノックという文化は無い訳だが、この素晴らしい発明を地下の民共に教えなかったのは俺の落ち度だろう。
嗚呼なんたる失態。許せメイ。
せめてこの悲劇を忘れぬように極限まで脳細胞を活性化させて体感時間を引き延ばそうではないか。
断じて眼球が取得した映像情報を、海馬とかいう記憶倉庫にバッチリシッカリ保存しようとしているのではない。
これは隠しフォルダを作ったうえ、間違って削除してしまわぬようにロックをかけねばならん。
とか、考えてもいない。
シミひとつ無いシルクの肌。引き締まった腰のくびれから丸いおしりのライン。みずみずしいふともも、ゆるやかなカーブを描いて伸びた足。
加速せよ葉隠朗広。
しかし所詮は人間。加速させようとして却って停止したようだ。
時間じゃない、思考の方だ。
ありていに言えば何も考えられない。
馬鹿みたいに固まって立ち尽くした。
「メイちゃんまだ着替えてなかったの?」
固まった俺の後ろからジェシーが声をかける。
後ろ姿だったメイが振り向く。メイの視界に俺が入る。だめだ俺を見ないでくれ。そんなことを思った。
何故だかとても恥ずかしい気がしたからだ。
「キャーッ」
国民的アニメヒロインみたいな悲鳴をあげながら、反射的に大事なところを隠したメイ。そそくさと物影に隠れていった。
よかった、いつのまにか恥じらいというものを覚えてくれたらしい。ヒメコの指導の賜物だろうか。
隠れたと思ったメイが、赤い顔をして物陰から出てくる。
「もう、アキヒロ様のエッチ!」
それだけ言って再度隠れた。
どこでそんな言葉と表情を覚えたのだろうか、教えた奴がいたらグーで思いっきり殴った後、熱い抱擁を交わしたい。そのあともう一発殴りたい。
結局――。
「どうしてこうなった」
俺の右腕は服を着たメイが。左腕はジェシーがそれぞれ絡み付いている。
暑苦しさは2倍。女の匂いも2倍。
やわらかい脂肪の塊は、倍となり合計4つ。
俺の動悸は当社比8倍。今だけオペレーター増員でなんとやら。
えー安い! 信じられない!!
俺だって信じられねーよ。あんな三文芝居に騙されて、ころころ販売元が変わるような粗悪品を本来の倍の価格で買っちゃう脳みそお天気ピーポーがいることが。
「ダーリン何か言った?」
「アキヒロ様どうかしました?」
やれやれ、少し落ち着いてきた。ひとまずこのまま通路を歩こう。いつ通路に出たのか記憶が曖昧だ。
こういうことになる可能性があると、何故俺は考えなかったのだろう。潜在意識では期待していたのだろうか、否! 俺はそんな浅ましい男ではないはずだ。俺が期待していたのは、メイがジェシーを振り払ってくれること。
嫉妬を感じるライバル同士、互いが互いの利益を止めあってくれるのを期待した。
チキン野郎の俺に現状は、荷が勝ち過ぎているというもの。
ところがだ。
着替え終わったメイはジェシーが俺にくっついているのを見ると、「じゃー私はこっちです」とジェシーと逆側の腕を取った。
相手を押しのけるのではなく、俺の腕を統治下に置くことによって反発してみせたのだ。
当てが外れた俺はせめてもの抗議として、表情筋に力を入れて不満ですと顔面で主張した。
断じてゆるみそうになる顔を精一杯食い止めているのではない。
「ジェシーさん、アキヒロ様が嫌がってます。即刻離れてください」
そうだそうだ。ついでにメイも離れてくれ。
「ありえないこと言わないで。私とダーリンは運命で結ばれているの、格納庫に行く最中もこうしてたけどダーリンはイヤな顔なんてしてなかったわ。つまりメイちゃんがイヤがられているのよ」
「そんなことありえません! ジェシーさん達が来る以前よりアキヒロ様とは濃密に接触していましたが、いつもアキヒロ様は嬉しそうにしていました」
嘘を言うな、嘘を。言っても聞かないから、仕方なく。嗚呼仕方なくそのままに、されるがままにしていただけだ。
顔はいつだって抗議を明示していた。
「離れてください!」
「そっちこそ!」
その後も空気を読んで発言を控えていたジェントルマン俺は、あえなくサンドイッチされたまま執務室に戻ってきた。
広いとはいえ通路に横並びとは非常識。離れてくれないかと強い遺憾の意を顔で示したが俺の魅力の前には常識など無力。
やれやれ、モテすぎるのも考え物だ。
ドアを前にようやく解放された。といっても横一列を辞めただけで服の裾は掴んだまま。
ちょっと気持ちのギアを切り替えよう。
いやマジで。
「だだいまー」
アイリーンお手製の奇天烈な物体は、デスクの上という天界から床という下界に降り立っていた。
枝分かれしたクチバシから新しく鋭利なクチバシが長く伸びている、その長さは全長の9割程で、最早クチバシが本体といった具合。これでは足で地面に立つことは出来ないだろう。
しかしそもそも足で立つ必要などないようだ。オブジェはあるかないかもわからないミジンコ足ではなく、巨大クチバシの先端。やや平べったくなった足のようなリップで床に直立している。床にキッスだ。
全体として見た印象は、最早怪獣でもなければ鳥でもない。
まるで、大地に突き立てた剣だ。
「おやおや、戻ってきたのじゃな」
「嗚呼、でもすぐに出る。アイリーン今日はずっとここにいるか?」
「うむ」
「じゃあメイの身体を頼む。メイ、先に行ってろ」
「はい。アキヒロ様」
俺から離れ、椅子に座ったメイがそのまま動かなくなる。少し日に焼けただろうか、ジェシーやフランと比較してもメイの魅力が劣っているということはない。俺の審美眼ではそうだ。
「メイちゃんにイタズラしちゃダメよ?」
ようやくジェシーも離れた。
「バカ言ってんじゃねーよ」
格納庫に戻り、プロキオンに乗り込む。見張りの交代の時間だ。交代相手のベガと違って空戦タイプではないのでカバーできる範囲は狭い、大励起してしまえば空も飛べるが、この任務では不要とのこと。
メイが言うには、そこに居るということが大事なのだそうだ。圧倒的な存在がいるということは善良な者からすれば頼もしく、悪事を企む者には恐怖の抑止力となる。らしい。
『メイ、メンテンスお疲れ様。調子はどうなの?』
「はい、それが以前より調子が良くて。センサーの反応領域が広がったような感覚です」
『へーそうなの。よかったわね』
交代に来てやったぞと言った、俺の言葉を無視してメイとヒメコが挨拶をかわす。ベガに他の機宿のようなAIが積んでいれば、お前のご主人様はポンコツだぞと講義のひとつでも聞かせてやりたいところだが、生憎とベガのAIは会話の機能もなく知性もない、旧時代のシンプルな制御プログラムそのままだ。
「ヒメコ中尉、交代だ早くもどれ」
特に軍規に違反しているわけではないが、メイとヒメコの会話を打ち切るように口を挟む。
『どうしたのハガクレ、機嫌悪いの?』
「別にそんなんじゃねぇ」
「最近ヒメコさんが構ってくれないからアキヒロ様はすねているのだと思います」
違うメイ。そうじゃない。別に俺は……。
通信窓に映るヒメコがニヤニヤしだす。
『ハガクレ少尉は美人な同僚が増えて満足じゃないの? メイちゃんだけじゃなくジェシーさんまで侍らせているって噂が持ちきりよ。何が不満なの? やっぱり私が相手してあげないといけないのかしら。しょうがないからまた一緒に服でも買いにいってあげようか?』
一時期は一緒に出かけることもあったヒメコだが、最近はお互いに任務があったりして時間が合わない。共に非番のこともあるにはあるが、メイやジェシーに捕まることが多く俺の時間は少ない。ヒメコだってトレーニングやその他諸々あって、共に行動することはなくなっていた。
「そうだな。そのうちな」
『あら、やけに素直ね。でもアレよ。もうすぐ戦艦が完成するわ。そしたらマリス・ステラから離れることになるから早めに済ませましょう。買い物なんて当分出来ないし、色々買っておかないと』
確かに買い物はしたい。ジェシーが色々手配はしてくれているが、私物となると自分で買い揃えておきたいのが人情ではなかろうか。
「わかった。では近い内に」
「わわっ! 私も行きます!」
「ええ、もちろんよ。いいわよね? ハガクレ少尉」
「構いませんよね。アキヒロ様」
俺は2人の言葉に一切抗議しなかった。
「勝手にしろ」




