39 くちばしアンバランス
断片室に下った新しい辞令は、元帥と大将と中将、三名の意思が反映されたものだ。
アンチクトンの治安維持。
魔道書の探索と回収。
俺の子供。
それらを加味して考えられたものだ。
フランには元々技術者としての腕があった。本人はうだつの上がらないなんて謙遜していたが、町の技師として精度の高い製品を製造していた。
ジェシーには雑務が与えられていた。陸上戦艦、あいにくまだ艦名が決まっていない。
こいつを運用するのはさほど困難ではなく、航路(陸路だが)を決定する者と、整備を担当する者さえいれば、あとは機械がやってくれる。
さりとて、消耗品の交換や発注。艦内の清掃、食事の準備、乗組員の体調管理、予算のやりくりと計上の提出。その他もろもろ。機械任せでは都合か体裁が悪い細かい仕事が増える。
それらをまとめてジェシーに引き受けさせようというのだ。
前職がモデルであり、そういった経験がこれまでないジェシーだが俺の心配をよそにあっさり仕事を覚えたらしい。
エッジの効いたメガネをかけ、タイトなスーツに身を包んだジェシーは、さながら黒い白鳥のようで美しく歩く。
彼女のハイヒールのカツンカツンという音が、遮音能力の低い断片室執務室の前で止まった。
「お、来たのじゃアキヒロ。ハニーが来たのじゃ。今扉の前で深呼吸しているのじゃ」
よくわからないガラクラで、更によくわからないオブジェを作っていたアイリーンが作業の手を止めて俺に耳打ちした。
「アイリーン、その怪獣みたいな奴、腕が三本ないか?」
「何を言うか、これは腕ではない、これがクチバシでこっちが翼なのじゃ!」
先端が細かく枝分かれした金属を、クチバシだとアイリーンは主張する。翼だと主張するパーツは確かに骨だけの翼に見えなくもないが、クチバシより小さな翼とはバランスが悪すぎないだろうか、そもそも形がいびつでクチバシに見えない。
「ごきげんようダぁーりん!」
パシュッという扉の開く音と、元気良くかつ甘ったるしい声が重なって部屋に響く。
一緒に暮らすようになってから突如俺のことをダーリンと呼び始めたジェシーが、手に持った黒いファイルと尖ったメガネをデスクに置くと、座っている俺のあごにそっとふれてきた。
鼻をぶつけないためだろう、やや首を曲げて近づく顔をガシッとつかんで止める。プロレスのアイアンクローという技を知ってるだろうか? 調度その様な格好だ。
「んー」
言うまでも無く美女であるジェシーだが、唇を突き出したまま前進しようとする姿にモデルとしての威厳や立ち振る舞いのようなものは一切感じない。
本能を満たそうとする捕食者の姿がそこにはあった。
「あーん。ダーリンのいけずぅ」
顔の上半分が俺の手に覆われたジェシーだが、俺の手をはがそうとはせず、全身をつかって前へ前へと突き進もうとしている。もし頭突きしながら空を飛ぼうとする奴がたらこんな格好かもしれない。
「ええい、うっとおしい!」
ジェシーの力は見た目以上に強い。椅子から立ち上がった俺はアイリーンのオブジェに振動が伝わらないように、デスクや椅子から反対の方向にジェシーを押し出す。
「はぁあぁん! ダーリンの強い力で組み伏せられるこの感覚。快感ッ!」
「組み伏せてねぇーよ!」
内股になったジェシーが小刻みに震えながら感動している。
そうなのだ。こういう奴なのだ。
普段はビシッとしており、仕事も出来て一見隙が無いのだが、俺を目にすると興奮して、いてもたってもいられないとのこと。自己紹介の時は最大限我慢することで耐えることが出来たそうだが、部屋で俺の着替えを覗いて以来、自制がきかないらしい。
「ジェシー。フランに言いつけるからな!」
暴走する姉を止めてくれるのは妹で、お互いの合意がないと行為に及んではいけないという当たり前のことをしっかり説教してくれるのだ。姉に説教をするのとセットで俺に謝罪に来るので、謝罪のいらない俺としてはあまりフランには伝えたくないが、こうしてフランに言うぞと警告するだけで一定の効果はあるのでハッタリで名前を使っている。
尚、効果時間は短い。10分持てばいい方だ。俺は逃亡先に向かうため席を立った。
「あぁんダーリン。どちらへ行かれるのですか?」
「第3格納庫」
執務室に居ては俺の身がもたない。アイリーンは面白がっているのか一切止める気配がなく、頼りにならない。見てみるとクチバシにトゲのようなものを設置している。アイリーンの頭部の角同様、控えめなやつだ。控えめといえども、クチバシにトゲとはいかなるセンスなのか。
「じゃぁ行ってくるなー」
「あぁん。あたしも行きますぅー」
「いってらっしゃいなのじゃ」
避難先として第3格納庫に向かうのは明確な理由がある。第3格納庫にはメイがいる。
メイがいればフラン程ではないにしろ抑止力になる。
アンドロイドを遠隔で操作するという本来想定されていなかったコマンドを日夜駆使し続けているメイに不具合が発生していないか、アンドロイドの身体と機宿の身体。それぞれに異常がないか調べるこの日を定期メンテナンスと俺達は呼んでいた。じーさんは新造戦艦で手が離せない今、この定期メンテナンスを担当しているのが――。
「ジェシー。メイはどうした?」
部屋に置いてきた黒いファイル。アレには本日のメンテナンスの詳細が事細かに記されているはずだ、手元にあってもなくても聞いてしまえば早い。なにしろ書いた本人が一字一句、数字の一桁まで覚えているからだ。
「問題ありません、いつも通りです。いつものようにメンテナンスの後は自分がどういう状態なのか明確に認知してしまうので、ダーリンに会うのが恥ずかしくなって鏡で自分の姿を見たり、鏡の自分に話しかけているだけです」
メイがアンドロイドの身体を使うようになった背景には、明確に俺の責任がある。
頼りない俺を、普段からサポートしてくれようとしたのだろう。それに、俺の勘違いでないのなら、好意を。
そう、俺なんかに好意を抱いているのだろう。
いやはやなんというか恵まれた、そして恥ずかしい話だ。
地下に来たことをアイリーンは宿命だというが、俺にとっては偶然のようなものだ。偶然ここに来て、偶然機宿に乗せられて、偶然適正があって、偶然仲間に恵まれて、偶然生き残って、偶然……好かれたりして。
「ダーリン、そんなにメイちゃんがいいんですか? 私より?」
腕に絡みついたジェシーが、二つの膨らみで腕を挟む。
「ええい! 歩きづらいぞ!」
振り払って一歩だけ進む。動く床の上で暴れるのは大変危険だ。
この抜群の知名度と美貌を持つジェシーもそうだ。俺も町のヒーローのような扱いでそこそこの知名度があるが、国民的大スターのジェシーとは比べ物にならない。
このジェシーも俺に好意を抱き、そして俺の子を宿したいと言う。有り難く、恵まれすぎて、そしてやはり恥ずかしい話だ。
男なら誰もが一度は夢想すると思う、複数の美女から言い寄られるシチュエーション、気づけば現実のものとなっていた。
俺は思っていた。男ならいけよ! ヤれよ! 相手もそれを望んでいるのだろ? だったらいいじゃねーか。
作り物のストーリーで語られる同系のシチュエーションを前にした時、多くの人物はウジウジしてハッキリしない。俺はそういうのが嫌いだ。据え膳食わねばなんとやら、男として女にここまでさせておいて何もしないとは恥ずかしくないのか!
そう――思っていた。
恥ずかしい。
意気地なしだと笑わば笑え。俺だってハッキリしなければならないとは思っている。一部の無責任野郎からは一夫多妻を勧められる。いやしかしそんなことが許されるのか? 1人の女性を愛しぬくというのも立派なことだろう? それではいけないのか? そもそも俺はどうしたい?
俺は……。
最近はそんなことをぐるぐる考えては悶々としている。
悶々としたまま、俺は格納庫の扉を開け、中に入った。
鏡の前、一糸まとわぬ姿のメイがそこに居た。




