35 種類が多い、選択肢が多いとき、人は知っているものを選んでしまう。
「ハガクレ少尉。入ります」
扉はプシュンと軽い音がしてスライドした。大将だからさぞ豪華な部屋なのかと思ったらそうでもない、かといって根暗らしい殺風景な部屋でもない。落ち着いた木目の棚の上には、写真がいくつも飾られていて、別の棚にはトロフィーや盾が飾られてある。
「おどろいたかい? 元技術者でね、アンドロイドには敵わないが人間では優秀な方だったのさ、君のところのガーベージ君や、エルザ君ほどではないがね」
「はぁ」
「何か飲むかね? カモミール、アッサム、ベルガモット。地上産がどうかは知らないけど、美味しいはずだよ」
俺の生返事を気にした風でもなく、飲み物を勧めてくる。
「紅茶、ですか?」
「ハーブティだね、紅茶も飲むよ。私はコーヒーや酒より、紅茶やハーブが好きでね。これでも鼻や舌は自前なんだ。遺伝子改良と投薬で、老化は止めてあるがね」
何がおかしいのか、フフフと笑う。ほんの少し、ほんのちょびっと気味が悪い。
「あまり紅茶は飲まないようだね、戸惑っているのが解るよ。そうだね……それではダージリンにしよう、これはれっきとした紅茶だよ。紅茶の王様と言ってもいい。デルボネア産のものが手に入ったんだ」
デルボネアとは大縦穴の土地の北側、標高の高い山が天井付近までのびている土地だ。地下1000キロという馬鹿みたいに深い地底で、山だなんておかしな気もするが、山は山だ。
赤焦げたような山で、緑の木の葉も、舞い上がった土で赤茶色に汚れてはいるが、そんな場所でも紅茶の産地らしい。
ヒメコのように自分で淹れることはせず、かといってヴェルヴェのように指を鳴らすようなこともせず、台所に置かれたマシンがエリクの声だか思念に反応して2人分の紅茶を淹れる。
「かけたまえ」
エリクが座る椅子の向かいに、遠慮気味に座ると2機の小型ドローンが音もなく2つのカップ運んでテーブルに置いた。
「こいつは冷めるとマズい。熱いうちに飲むのがうまいのさ。おちつくよ」
エリクはずっずっと音を立て、おじいさんが縁側でお茶をすするように紅茶を飲んだ。
俺も真似をして、少し息を吹きかけてから、啜るようにして飲んでみた。
「うまい……」
口に含んだ液体は胃に入ると、身体全身に熱を伝播させる。
匂いや甘味、酸味といったものが舌や鼻だけではなく、全身に行き渡ったような感覚があった。
「そうだろう。来客用にカップ等も取り揃えているのだがね、寂しいことに老人の相手をしてくれる者がいないのだよ」
エリクは片方の目を細め、もう片方のカメラアイに涙を浮かべたようなアニメーションを表示させる。口の一方を歪ませ、やれやれといった顔をつくる。顔の半分は生体であるのに、どうしてかアンドロイド達よりも、無機質で不気味な、洋画の悪役マシンのような迫力があった。
「さて、未来ある若者の時間をいたずらに消費するべきではないな。私のように身体を機械化しているわけでもないのに」
独り言を大きめに言うと、ずずずと残りを飲み干したエリクが、カップを飛んできたドローンに預ける。指を組んで肘をテーブルにつけ、やや前のめりな姿勢をとると、少しだけ真剣な目をして話だす。
「ハガクレ少尉、君を呼んだのはちょっとしたお願いがある。これは命令ではないが、極めて重要なことだ。ひょっとすると君の主任務であるパイロットという役目より、大事かもしれない」
そこまで言うと一度言葉を区切って、俺の顔を見る。顔色、脈拍、体温。アンドロイド連中と同じように、人間以上に人間を観察してコミュニケーションを円滑に図ろうとする恐ろしさがそこにはあった。最近はもう慣れて、俺も気にも留めないはずだが、エリク大将の視線は、巨大な怪物が冷たい舌で獲物を舐めるようで、温まったはずの体温が冷えたのを感じた。
「ちょっとしたお願いだ。難しいことではない、少尉は最近引越しをしただろう? あれの申請が来たとき、素早く受理されたのは私が圧力をかけたからだ。本来は管轄外だがね。ああ感謝は不要だよ。私が推奨せずとも君ならば受理されただろう。なぜ私が、そんなことをしたか解るかな? 答えは君に、子供を作ってほしいからさ」
君に子供を作ってほしい。予想していなかった訳ではない話だった。いつだったかアイリーンやマリリンも、優秀なパイロットは早めに子供を作るべきだと言っていた。あまり真剣に話を聞かなかったが、大将であるエリクが言うのであれば、切実な話なのかもしれない。
「精子バンクでもいいのだがね。どうも君を好いた女性と同棲しているそうじゃないか、ここでは重婚も一夫多妻も一妻多夫も全て自由だ。どうせなら早めにどうかと思ってね。式が必要ならこちらで手配しよう。どうかな? 君にとっても悪い話じゃないと思うが」
俺としては今の関係性をもうしばらくは楽しみたい。それに式を挙げるとしたら、こぢんまりとしたものが好ましい。エリクに任せたらきっと盛大な式を挙げられてしまう。
「お気持ちはありがたいのですが、その一夫多妻などうまくいくのでしょうか、興味がないわけではないのですが、どちらかを選ぶという行為の方が確実な気がしています」
「どちらかは、あまり好きではないのかね?」
「いえ、そういう訳では……」
歯切れの悪い俺に、エリク大将は奇想天外な提案をした。
「ではこうしよう。もう一人、女性を君の家に住まわせる」




