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36 提案と発表。

エリクは言った「ではこうしよう。もう一人、女性を君の家に住まわせる」と。

「いや、待って下さい。いったい誰を? それに何故」


「君の知らない女性だよ。安心したまえ、とびっきりの美女を用意しよう。好みがあればそれも聞こうではないか」


「いやいや、ですから何故?」


「そう興奮するものではないよ少尉。パイロットたるもの常に冷静でいることが大事だ。理由は簡単だ、母体候補を増やす。君の部屋にいる2人に発破をかける。そのふたつだ。いいかね少尉、君の部屋にいる2人はまだ、相手が自分を出し抜くとは思っていないのではないかね? あるいは2人して、順調に行けば妻になれるものと。仲がいいのは結構なことだがなね。停滞とはゆるやかな破局と同義だよ」


 いや、うん、確かに――。

 俺は2人には仲良くしてほしいと思った。だから泣く泣く同衾を諦めて、一人寂しく寝ているのだ。最近は表立って喧嘩する様子はない。ひょっとしたら俺の知らないところで2人して、俺の悪口ぐらい言っているかもしれない。こう、旦那の悪口を言う奥さんみたいな感じで。

 だがしかし――。

 そこにもう一人ほうり込んでみたらどうなる? カオスだ。きっとうまくいきっこない。


「うまくはずがない……そんな顔をしているね。確かに混乱は起きるかもしれない。しかし考えても見たまえ、第3の女性の登場で2人は必ず焦る。きっとこれまで以上に君にアピールするだろう、話の流れ次第ではハーレムだって可能さ。どうだい? ワクワクしないかい?」


 ハーレムか。男が一度は夢想することだ。現実的ではなさすぎて、夢想と同時に諦めるがな。


「もし気に入らなければ私に言うといい、第3の女性には申し訳ないが、早々にお引取り願うさ、少尉は知らないかもしれないが、ハガクレ少尉を狙っている女性は多いのだよ。チャンスさえあれば私にもと。こう言うと君は相手選びに迷ってしまって、子作りが遅くなりそうだから言いたくはなかったがね。今日のところは私の話は以上だよ」


 今日のところ、という部分が引っかかったが、話は終わりらしい。これ以上妙なことを言われてもキャパオーバーなので、早々に挨拶をして帰ることにする。


「用事がなくてもいつでも来たまえ。最近は君の活躍もあって暇していることが多い。お茶ならいつでも付き合おう」


 扉の前まで見送ってくれたエリク大将。目も顔も、優しい人のそれだ。見た目も若々しいし、見方によっては美形とも言える。俺はアンドロイド達のように人間関係を円滑に行う為の観察能力なんてないし、人の顔色を伺うなんてのも苦手だ。ついでに空気も読めないし、読む気もない。

 しかしだ、そんな俺でも解ることがある。

 エリク大将は善意や、優秀なパイロットの子供を残すというわかりやすい目的だけで今回のことを言っているわけじゃない。

 何か裏がある。

 大将って立場の人間だ、そりゃいい人だとか、真面目だけでやっていけるポストでもないのだろう。優秀だからこそ裏の顔もあるのだろう。


「やれやれ。考えてもしゃーねーか」


 帰り道、ほんのちょっとだけ迷子になった。


 

 エリク大将との会談の翌日から、連日出撃が続いた。

 アンチクトンの連中は、農作物や畜産物を盗みにきては拿捕(だほ)されるというのを繰り返していた。

 捕まえた敵パイロット達が、軒並み亡命を希望しているというのは知ったのは、拿捕した機宿が20機を超えた時だった。


 俺が地下に来る以前。アンチクトンの攻撃というのは破壊活動が主なものであった。田や畑は焼く。工場や基地、倉庫や一般の住宅、それらを見境なく破壊するものであった。

 つまり、過去のアンチクトンと、今のアンチクトンでは、やっている攻撃というのが明らかに違う。攻撃というかただの泥棒だ。アンチクトン軍は、戦闘集団から窃盗グループになったらしい。

「暇していることが多い」と言っていたエリク大将の薄笑いが、妙に頭をかすめる。

 考えてみればあの時点で、もうアンチクトンはおかしかった。牛泥棒のパイロットは何を話したのだろうか。

 第3の女性というのは、いまだ影も形も噂もない。エリク大将は忘れたのだろうか、それとも忙しくなってそれどころではないのか。



「あーテステス。見えているか?」

 元帥が緊急会見を行うというので、非番だった我が家のメンバー、すなわち俺とヒメコとメイは、そろってリビングのモニターを眺めていた。


 俺はアンチクトンのことや、エリク大将のことなんかをぼやっと考えていたので、なにを言っているのか頭に入ってこない。昔から偉い人の話を聞くっていうのは苦手だ。今日の会見だってヒメコが見なきゃダメよ。と念押ししなければ見なかっただろう。


「アキヒロ様、何かお飲み物をお持ちしましょうか?」


「ああ、いいよ。自分でやる」


 ぼぉっとしている俺に気を利かせてくれたメイの申し出を、やんわりと断って席を立つ。後ろからは日頃の諸君のおかげでとか、会談がどうたらとか、協議の末だとか、やはり難しそうな言葉が聞こえる。


「ハガクレー、あたしコーラがいい」


 使える者は誰でも使う。立ってる人間はついでに何かをしてくれて当たり前。そんな感じでヒメコ嬢のオーダーが入る。


「へいへい。メイも何か飲むか?」


「いえ、私は! あわわ、やっぱり私がやります!」


「いいって、座ってろよ。じゃあ麦茶でいいか」


「はい。ありがとう御座います」


 三人分の飲み物をグラスに入れていっぺんに持つ。この持ち方は少しコツが必要だ。グラス同士を押し付けあうようにして支える。力が強すぎても弱すぎてもいけない。


「アンチクトンとの和平条約が成立した――」


「は?」


 モニターから聞こえる一言で気がゆるんだのか、一つのグラスが落っこちて、俺はアイスコーヒーを盛大にぶちまけたのだった。

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