18 イリーナとヴェルヴェ
現・元帥。イリーナとヴェルヴェは、かつて同僚だった頃がある。
先に断片室に在籍していたのはイリーナで、後から製造されたヴェルヴェは人手の足りていない農室、農業畜産室に配属されていた。
細身の割りにパワーがあり、頭もキレるヴェルヴェであったが、オタク気質は当時からで、地上人が地下を救うという内容の断片を大事に保管し、信じ続ける断片室は、ヴェルヴェにとって自分の信念を肯定してくれる唯一の部署だった。
当時室長であったイリーナはヴェルヴェ同様、地上は皆が考えるほど悪い場所ではない、地上人も我々同様に知的であり、もし交流があればわかりあうことが出来ると考えていたらしい。
ヴェルヴェ本人の希望で転属し、出逢った二人はすぐに意気投合して付き合うようになった。
「イリーナ、この香水なんてどうだい? 美しい君にピッタリだと思うのだけど」
「男の人ってすぐそう、女の美しさばかりを褒めて。美しいだけが女の長所ではないのよ」
イリーナは気難しかった。優しさや知性、品性やユーモアのセンスもあったが、どこか他のアンドロイドとは違う生っぽさがあった。
扱いが難しい女ではあったが、その難しさこそが無味無臭に陥りがちであるアンドロイド同士の恋愛に、現実感をもたらし、ヴェルヴェは映画で見た男女のリアルな恋愛を体験できているような気がしていた。
「とまぁ、だいたいこんなとこだろ?」
聞きかじった話をヴェルヴェにしてやる。ヴェルヴェと元帥の過去については実はかなり有名で、元帥に配慮してなかなか普段は口にする者はいないが、裏では多くの情報が出回っていた。
「ああそうだよ。その後、オレサマと違って優秀だったイリーナは出世をしていき、オレサマはこのザマだ。自然と会うことがなくなっていった。周りの反対意見を押しのけて、お前を迎えに行く許可を出してくれた時は、また昔に戻れるかとも思ったが、結局そうはならなかったな」
「なぁベルベ、俺思うんだが、案外向こうも待ってるんじゃないのか?」
「待ってるって何を?」
「そりゃお前が来ることをだ。立場の違いで会いづらいってんなら気を使っているのは、お前より元帥のほうかも知れねーぞ。元帥って立場そのものが身動きを封じているのかもしれない。それなら会いに行ってやれるのはお前のほうだ。違うか?」
「そんなこと言われてもな……」
ヴェルヴェはグラスの中身を一気に飲み干すと、小さくため息をついた。
さて、帰るか。そう言い出しそうな気配である。
潮時だな。
「なぁベルベ、いっこだけ確認させろ。お前まだ元帥さんのこと好きか?」
「わざわざ確認することか、それ?」
「いいから言え。大事なことだ」
空になったグラスをもてあそびながら、ヴェルヴェが言葉をこぼす。
「好きだよ。あんないい女ほかにはいない。オレにはイリーナだけだ」
俺は、俺達二人以外の少ない客に向かって親指をたてる。
背の低い客と背の高い客だ。室内だってのに二人とも帽子を目深にかぶったままだった。
小さい方は、2本のアンテナが帽子から突き出ている。よくこれでバレなかったものだ。
「よっこいしょなのじゃ」
高さのある椅子を倒さないよう慎重に、すべるようにして小さい客は椅子からおりる。つづいて帽子をとったソイツは、まだ椅子に座ったままの同伴者を軽く小突く。
「ほら、出番なのじゃ」
「わわわわわわわ」
「わわわ?」
同伴者は、バグった電子家電っぽい声を発しながら帽子を取る。
「わかってる!」
「イリーナ!」
バネ仕掛けの装置がはじけたように立ち上がるヴェルヴェ。クッションが丸くなっている椅子は音をたてて倒れる。
すぐさま飛んでくる小型ロボットに手を向けると、こちらの意を汲み取ってくれたようで、カウンターの奥へと戻っていく。見た目以上に高性能なようだ。
帽子を外した背の高い女性型アンドロイドは、静かに、ゆっくり立ち上がると、羽織っていたロングコートを脱ぎ去った。
コートの下は真っ赤なドレス。長いスカートにはスリットが入っていて、長い脚が店内の少ない照明でエメラルドに輝いた。
「どうじゃイリーナ。我の言ったとおりであろう。40年たってもヴェルヴェはお前さんにぞっこんラブなのじゃ」
「ありがとうアイリーン」
横に立つ背の低い友人にお礼を言った元帥は、まっすぐ歩いてくる。
「直接顔を見るのは初めてだな、ハガクレ少尉。この御礼はいずれ」
俺の横で立ち止まった元帥は、こちらを見ずに話す。目線は前を向いたままだ。
「構いません。俺がここに居るのは貴方のおかげでもありますし、軟弱者の同僚を助けてやるのもエースの務めですから。あっ、ここの支払いだけ持ってくれれば助かります」
「お安い御用だ少尉、席を譲っていただいても?」
「もちろんです。マドモアゼル」
ヴェルヴェの好みそうな言葉を言って、席を元帥に譲る。元帥の首にある小型のファンは熱暴走で起こしたように回転数を上げ、放熱の役割がある長い髪が風に流されていた。
「今日は髪の毛を下ろしてる。イリーナ本気なのじゃ」
後から聞いた話だが、元帥は普段髪の毛を束ねており、廃熱は首のファンと、身体の各所にある廃熱板を使っているそうだ。髪の毛を下ろせば廃熱板を稼動させなくても事足りるそうだが、髪が痛んでしまうので通常は封印しているのだとか。
俺は元帥と入れ替わるようにして、アイリーンの横に立った。元帥は俺の座っていた椅子に座ったが、ヴェルヴェは立ったままだ。
「ヴェル。椅子をもってらっしゃい。今夜は貸切よ」
元帥が普段とは違う、甘くてとろみのある声を出した。魔女と呼ばれたアンドロイドの一面を見た気がした。
「ヴェルヴェ。明日は休暇をとってある。こっちのことは気にせず楽しんでくるのじゃ、いいな、女に恥をかかせるなよ」
ようやく事態を理解したヴェルヴェが再起動しだす。
「アキヒロお前、ハメやがったな! イオリに話を聞いたなんてフカしやがってよ」
「嘘は言ってない。イオリにも話を聞いた、じーさんにも、他の人にも聞いてみた。だいたいオメーが悪い。アイリーンが元帥と旧知の仲でよかったな」
今日の事を仕組んだのはアイリーンだ。アイリーンと元帥はまだお互いが旧型だった頃からの知り合いで、最近久しぶりに顔を合わせたところ、元帥から相談を受けたそうなのだ。その話をアイリーンから聞いた時、ちょうど俺もイオリからヴェルヴェの元カノの話を聞いていたので、これはやるしかない。となった訳である。
「ヴェル。少尉とはいつでも話せるだろう、今日はいままで放置していたぶん、私に時間を使え」
恥ずかしさと緊張から、元カノに視線を合わそうとせず、俺に文句を言うヴェルヴェを元帥は叱りつける。
俺とアイリーンが店から出るとき、椅子をもってきたヴェルヴェのネクタイをイリーナがひっぱって……。
「子供は見ちゃいけませんなのじゃ!」
勢い良く俺の肩までジャンプしたアイリーンが、俺の視界を手で覆う。
「俺は大人だ。お前こそおこちゃまだろ! このロボロリッ!」
「ロリって言うな。我は2万7千年の間、断片を守り続けた騎士であるぞ」
肩車の上で胸をはるチビは、騎士というより王様みたいだ。
小さな王様。俺達断片室の室長を落とさないよう足をつかんだ俺は、これ以上恋人たちを邪魔しないよう、店を後にした。
【おまけ】
「おいアイリーン、俺このあと食堂に寄っていくけど、お前どうする?」
「メロンソーダ! アイスの乗ったやつを所望するのじゃ」
「はぁ? お前部下にたかるつもりかよ」
「いいではないかそのぐらい。今月はパーツを買いすぎてピンチなのじゃ」
アイリーンの趣味のひとつは、自己アップデートの為の部品を買うことだ。しかし用途がはっきり決まっていないのに、感性だけで買い物をするコイツの部屋は、古い年代から買い集めたパーツで溢れている。ぶちゃげゴミの山だ。
「また買ったのかよ。せめてボディや骨格の素材にしろ、そっちなら無駄になりにくい」
「嫌じゃ、素材類は可愛くないのじゃ、今度買ったパーツは凄いぞ、なんと6000年前のお宝なのじゃ」
「いや、バカか。どう考えてもバカだろお前。つーかバカだな、このバカロリ。そんなパーツ、お前に使えるか! 使えたとしても絶対性能下がるだろ」
「アキヒロが性能のことを言うなんて! 帰ったら見せてやるのじゃ! あまりにもエロすぎてビビるがいい!」
帰ったら見せてやる、エロすぎてビビるがいい。というアイリーンの大声を聞いて、前を歩いていた子供型アンドロイドが逃げるように走っていった。振り向くと後ろにいた女性が何かを思い出したような顔をして、来た道を反対方向に歩いていく。
「おい、アイリーンまた勘違いされたろ」
「勘違いではない。アキヒロがクルマでもロボットでもアンドロイドでも幼児でも女でも、興奮する変態さんなのじゃ」
「事実無根だぁぁぁぁぁ!!」
基地に近い繁華街の長い路地に、俺の声が鳴り響いたのだった。




