17 酒には酔えなくても、自分に酔うことは出来る。
ここでひとつ、男の話をしておきたい。俺と同じ断片室のメンバー。自称イケメン。ヴェルヴェのことである。
自慢じゃないが俺はヴェルヴェと発音出来ない。いつも「ベルベ」になってしまう。だから俺がヴェルヴェを呼ぶと。
「いつも言っているだろう! ベルベではなくヴェルヴェだ! 地上人でも発音できていたはずだ!」
「そりゃ英語圏の人ならな。バリバリのアジア人で英語は赤点ばかりだった俺にとってVの発音はVではなくVなんだよ」
「いや、今出来てたじゃねーか。なんでだよ嫌がらせかアキヒロ!」
「たまたま。たまたまだ。それにどっちでもいいじゃねーかよヴェルベ」
「おしいィ!」
こんな調子である。ヴェルヴェは地上の映画という文化に影響を受けた、いわゆるオタクである。名前もかっこいいと思って自分でつけた変態だ。
いつもハードボイルドコーデに身をつつみ、顔や手など見える部分は金属の光沢がしっかり出るよう気を使っている。
こいつがホットコーヒーに丸氷を入れていることがあったが、かっこつけかたを間違っているということの他に、熱い飲み物を身体に入れると、故障するからという切実な理由があった。
それならいっそアイスコーヒーにしろや、と言うとアイスコーヒーはハードボイルドではない。という謎の理由により却下された。
そんな訳で今日もヴェルヴェはイオリの淹れた熱々のコーヒーに、アイリーンのおなかから出した、丸氷を入れるのである。
「はい、少尉。貴方にもあげる。ミルクは? 砂糖はいる?」
「ありがとうイオリ。両方もらう。ああいい自分でやる」
「いいから座ってなさい」
この前のデート、いや買い物で思ったが、イオリは面倒見がいい。良い母親になるのではないだろうか、軍にいなければ、教師や保育士が向いているような気がする。
将来きっといい奥さんになるだろう。
話をヴェルヴェに戻す。この会話のさらに何日か後のことだ。
「それでよぉぉこの帽子を入手したときは……」
酔えもしないのに、くだを巻いてヴェルヴェが話す。ここは地上バー。
地上にあるバーではなく、地上の文化を取り入れた酒場だ。ヴェルヴェのような地上オタクたちがひっそり集まる場所である。
地下人達が想う地上というのは、美しい空と海を文化的、道徳的レベルの低い地上人が醜い争いを繰り広げて汚す場所であり、バーの中も汚し塗装された戦車のプラモデルや、地上式のボロい軍服が飾ってある。
俺が思うような歴史建造物や、自動車等の工業製品は一切なく。
アニメ等の日本的創作物や、ヴェルヴェの思う洋画的な創作物が一部、すみのほうにまとめて置かれてある。
「……という戦いを経て今ここにある訳さ」
歴戦の勇士がハードな戦いを経て、相棒だった男の帽子を形見として手にした。というありもしない話を悦に浸って話すヴェルヴェ。
その帽子、この前通販で見たぞ。たしかイチゴ2パックと同じ値段だ。
「それにしちゃ、その帽子は綺麗すぎる。傷ひとつありゃしない」
「そりゃ、ナノ再生合皮だからな」
「地上にはそんな便利なもんありゃしねーよ」
「べ別に、地上の話では!」
「じゃー西部ってどこだよ。ガンマンのアウトローなんて地上じゃほんの2世紀前だが、地下じゃ不明なぐらい昔だろうよ」
俺は、ヴェルヴェの甘々な設定にツッコミを入れながら琥珀色の液体を飲み干す。残念ながらアルコールではない。お茶だ。
レーサーを志すようになってから車に乗ることがない時でも、不思議とアルコールを飲まなくなったのだ。地下に来てから解禁してみたが、地上の酒とは味が違うのか、俺の味覚が変わったのか、アルコール臭さばかりが鼻をついて、まったく美味しいと感じなくなっていた。
「ぬあーなんか面白いことないかねぇ」
ベテランのアウトローが酔っ払ったフリ。をやめたヴェルヴェが伸びをする。
こっちには肘や肩関節に潤滑用の液体ナノマシンを流動させる。という意味があるらしく、生態的に理由のある行動だ。
「あるぜ? オモシレーこと」
「なんだよ」
「お前の元カノ」
「ぶっほあ!!」
驚いたヴェルヴェがウイスキーをふきだす。
何事かと少ない客がこっちを見るので、にこやかに手をふってやった。
すぐさま掃除用の小型ロボットがやってきて、床やテーブルを掃除しだす。
「アキヒロ、誰に聞きやがった?」
「イオリ」
嘘をついても大抵すぐにバレる。こいつらの観察力は人間とは桁違いだ。なんでも正直話してしまうのが一番である。
「あのクソガキ! 今度あったらスカートめくりしてやる!」
「やめとけ、コーヒーに引火物混ぜられるぞ。お前が爆散したら後片付けがめんどくさそうだ」
「はぁぁ。つーかお前こそどうなんだよ。イオリとデートしてきたんだろ?」
俺とイオリにとってはデートではない。ということになっているが、はたから見ればデートである。あの後も俺の髪を切るとか、見たい映画があるからとかの理由で何度か二人で出かけた。アイリーンが一緒だったこともある。
「別になんもねーよ。たまたま同じ部署に若い人間の男女がいて、たまたま休暇がかぶっているから一緒に行動している。それだけだ。お前等が期待するような出来事は何もおきちゃいねーよ」
「そうか、人間の寿命はオレサマ達より短い。早めにしておけよ」
ヴェルヴェのいうしておけとは子孫を残すことである。
地下の価値観では、無秩序に数を増やすのは知的ではないとして嫌悪されるおこないではあるが、意思を持つ者が、自分の意思を誰かに受け渡すという行いは崇高であると考えられている。
「それよりお前だベルベ。なんで言わなかった?」
「言えるかよクソださい」
「まだフラれたと決まった訳じゃないんだろ? はっきり聞いてみたらいい」
「立場が違う」
「お前がそんなことを気にするタマか?」
「上がりクレバスも終わった。いつアンチクトンの連中が攻めて来たっておかしくない。むこうは忙しいんだ」
「国境がフリーパスになってからもう10日、何も起きちゃいないじゃねーか。俺が来る前だって大規模な戦争にはなってないんだろ? なに心配すんな。プレアデスの修理もじき終わる。お前等の平和ってやつを守ってやるよ」
俺が演技っぽくグラスを傾けて話すと、ヴェルヴェが左右に広げた手の平を天井に向けた。いつもの調子だ。
「やれやれだぜ。おせっかいな地上人をひろっちまった」
「そうさ、今更送り返そうたって、お前の元カノさんが許しゃしねぇだろ」
ヴェルヴェの元カノとは、このマリス・ステラの最高責任者。
元帥であり、断片室が地上人を回収するという、普段なら絶対に許されない任務に許可を出した人物である。
名前をイリーナ・ビィ・ヴァレンティア、またの名を新時代の魔女という。




