14 昇進
「秘儀! キッコウシバリ!――ってあれ?」
「お、ようやく主役のお目覚めだぜ」
高そうなグラスをもったヴェルヴェが俺を見ている。ワックスでも使ったのか、顔のツヤが鏡のようにうるさい。
俺はいったいどうした? 記憶が曖昧だ。独房に入れられて……それでどうしたっけ? なにやらヒドイ目にあった気がするが。
「ようやくお目覚めか少尉、皆おぬしが起きるのを待ちくたびれて、先に始めてしまったわい」
ガーベージのじーさんも、ヒゲに泡をつけて赤い顔をしている。手には地上でもよく見るビールジョッキがある。
ならんだテーブルにはご馳走。断片室執務室には見慣れない人も大勢いて、ただでさえ狭い部屋がなおさら狭い。
俺は額の上に乗った、冷えたタオルを近くの机(例の額縁がある)に置いて、立ち上がった。
「皆のもの! 改めてご紹介する! この男こそが我が10万年待ち、そして地底を、ひいては地球を救うであろうハガクレアキヒロ少尉である! なのじゃ!」
10万年ってかなり盛りやがったな。
わざわざ語尾を言い直したアイリーンが、ヴェルヴェに肩車されて堂々と告げると手に持ったマイク(ぜってーオモチャだ)を、俺めがけて投げる。
反射的につかんでしまった。無駄にパシッといういい音がして、周囲の人やアンドロイド、面倒なので人々でいいか。とにかく周囲の視線が俺に集まる。
俺は全く状況が飲み込まれていない。
なんのお祝い? 少尉って何? 俺って戦死して階級でも上がったのか? ということは死後の世界だろうか。
地下の次はあの世。ほんと人生どこで間違ったのだろう。
『馬鹿やってないで挨拶なさい』
耳元で声がする。左右を見るが俺の横には誰もいない。
『耳栓型のスピーカーよ。私は断片室にはいないわ。今別の部屋からモニターしてる。はい。私の話はお終い。状況を手短に言うわ、これは貴方の昇進祝いよ、まずは自己紹介をしなさい』
声の主はヒメコだ。俺をサポートしてくれるらしい。
「えーあー初めましての方は初めまして、そうでもない人はいつもありがとう。貴方のお口の恋人、平成の怪物、NO AKIHIRO NO LIFE、どうもハガクレアキヒロです」
静まり返った室内。どうした? 虚数空間でも展開したか?
やはり変態。地上人頭おかしい。などと小さめの幻聴が聞こえる。俺はまだ寝ぼけているのかもしれない。
『よし。上等よ。つつ、ついでに好きな女性のタイプでもいいなさい』
好きなタイプか、独特な話の展開だが、それがこちらの通例なのだろう。地下の連中は妙な自己紹介をするんだな。
「えー好きなタイプはボンッキュッボンです。露出度が高いとなおグッドです」
ナゲットをがっついているマリリンが、おもむろに服を脱ぎ出す。上着に隠れていたタンクトップがボリュームのある胸を強調している。
『……ッチやはりあのババァ』
今何かいったか?
「と、言うのは冗談で。いや、半分は本音ですが、優しい人ですね。みなさんも私に優しくしていただけると嬉しく思います」
今度は拍手が起きた。セクシーな話の方がウケがいいのか、地下のセンスはゴールデンよりも深夜よりだな。
『おーけーいい感じよ。適当にしめちゃって』
「あー心ばかりの催しでは御座いますが、楽しんでいただけたら幸いです。ではご自由にどうぞ」
『意外とまともなことも言えるのね、見直したわ』
何をどう思われたいたのか解らないが、俺は非常にまともである。成人男性として恥ずかしくない振る舞いを身につけているのだ。
俺がマイクを置くと、待っていましたとばかりに色々な人が話しかけてくる。
俺スゲー人気じゃねーか。そんなに地上人が珍しいか?
話かけてきた多くの人が同じことを言う。
自分はどこどこの誰々で、俺の実力を高く買っている。是非ウチの部署に来ないか? といった話だ。
「俺は断片室のメンバーなんで」とやんわりと断ると、どこも残念そうに去っていった。てっきりマリリンも戦室に入れと誘ってくるものと思ったが、俺のところまでやってきたマリリンは、思いもよらないことを言ってきた。
「おーアキヒロ、お前、顔は大丈夫か?」
俺の首に腕を回したマリリンは、妙になれなれしい。
顔も赤みを帯びている。かなり呑んだのだろう。
「まだ少しヒリヒリするが問題ない」
『……ッチ! ッチ!』
なにやらスピーカーの調子がおかしい。もう外してもいいだろうか。
「あとで姫に薬を塗ってもらえ、あいつは簡単な手当てならマスターしている」
姫とはヒメコのことだろうか、二人は仲がいいのか?
「ぷはー。姫のこと、ありがとうな。これからも良くしてやってくれ」
それだけ言うと部屋から出て行った。部屋に残っているのは断片室のメンバーだけになった。
「なあアイリ、じゃなかった室長。これはどういう……」
「なんじゃアキヒロ。ぶつけどころが悪かったのか? アイリーンで良いぞ」
「あ、ああそうだな。それで? これは一体どうした? 俺の昇進祝いつったって大勢でやる必要があったのか? つか昇進って少尉? 軍曹の上って、えーと……」
「曹長、准尉、その上が少尉なのじゃ。生きたまま三階級特進とは流石は我等のアヒキロなのじゃ」
アイリーンの言葉をヴェルヴェが引き継ぐ。
「マリス・ステラは今お前の話題で持ちきりよ。実験の後から騒がしかったが、今や人気爆発。お前とのつながりが欲しいって連中が大量に押し寄せてきてな、臨時ボーナスもあったし、独房から出てたら昇進祝いついでに、顔見せ会をしておこうって話になってな」
「元々、パイロットなのだから准尉以上が妥当なのじゃ。休暇も出ているし、今日からしばらく遊んでおると良いのじゃ」
「休暇か、ありがたいが、しかし俺独りだと何していいかわからないな。何処に行っても迷子になりそうだし、アイリーン、一緒に出かけるか?」
「嬉しい申し出なのじゃ! 正直そうしたいのじゃが今回はジャンケンで負けてしまってな。仕方なく譲るのじゃ」
どうやら俺のお出かけは事前に決められていたらしい。パイロットの件といい、こいつらは俺のことを勝手に決めすぎだと思う。
「で? 俺と一緒に出かけたくてジャンケンした奴は誰だよ」
「あたしよ」
聞こえてきた声は、先程まで耳元から聞こえてきた声と同じだった。
部屋に入ってきた伊織姫子は制服姿ではない。黒のミニスカートに破れたようなデザインのシャツ。なかなかロックなファッションだった。
「勘違いしないでよね。これでも室長は何かと忙しいし、私も休暇もらったからね。仕方なく。仕方なくよ。この前軽く案内はしたけど、まだマリス・ステラの中を全部見て回ったわけじゃないし、外の案内や、一般教養も身につけてもらわなきゃいけないんだから。さーいくわよ」




