13 姫子とマリリン
前回のあらすじ
世界を狙える右ストレートでKOされた。
「おい姫。そりゃあんまりだ。お前の為に命かけたアキヒロがかわいそすぎる。チュウのひとつくらい、してやってもバチはあたりはしない」
「いや不可抗力。不可抗力ですよ。いや、キスしようとかしてないんですよ、そもそも!」
葉隠さんが変なことをするせいで、思いっきり殴ってしまった。
違う。私のせいじゃない。マリリンさんが入ってきたタイミングも悪かった。
しかしそれも偶然。
そう、きっと誰も悪くない。
これは不幸な事故。事故だから仕方ない。問題はこれからどうするかよ。このままって訳にはいかないわ。教本だと仲間が意識を失ったとき、どうするんだっけ? 心臓マッサージ。それもいいわね、あとはそう。
じ、人工呼吸しちゃったり? じ、事故だから仕方ない。仕方ないよね。この人が目覚めないうちに。
いける。今ならいける。目の前に唇があるわ。あれに自分の唇をくっつけて、くっつけて……どうするんだっけ? いいわ大丈夫。私は出来る女、唇をくっつけて、それから考えればいいのよ。よし! 私天才!
「おい、姫。今度はなにしようとしてんだ。そんなにじっと見つめて。やっぱりアキヒロのことが好きなんじゃないのかお前」
「こ、こんな奴! 地上人のことなんか好きになるわけないでしょ!」
「いや、今の目はヤバかった。完全にメスの顔してたわ。はーそうかそうか。良かった。アキヒロを取られたのはちょっと悔しいけど。姫に春がきたのは、私としては自分の娘か孫のことのように嬉しいからね。こういうとき、ノブユキさんならどうするだろうね? うーん。赤飯でも炊く?」
マリリンさんは見た目こそ若々しいけど、60歳を超えたおばちゃんだ。私のおじいさんに世話になったことがあるらしく、私にも良くしてくれる数少ない人物の一人。女の人なのにデリカシーに欠けるところが玉に瑕ではあるけど、とてもいい人だ。
「姫。私のことをぶん殴れ」
表情を引き締めたマリリンさんは、いつになく真剣な様子で言ってきた。
「姫が魔物に連れられてマグマの中に入った時、私は姫のことを見捨てようとした。見捨てようとしなかったのはアキヒロだけだ。助けられたかどうかじゃない。私は、あんたのことを実の娘か孫のように思っていたのに、助けようとすらしなかったんだ。だから私を殴れ。殴ってくれ」
マリリンさんは握り拳を、手が壊れるんじゃないかというぐらい握りしめている。
「そんな。あの状況じゃ見捨てるのが正常です。マリリンさんのおかげでベガは飛べたんです。貴重な超電磁ネットまで貸してもらって。私の方こそ勝手に出てきて、その上、足を引っ張ってしまってごめんなさい。私、パイロット失格です」
「私はなんもしていない。たまたま一班の格納庫が空いていて、置きっぱなしなってたベガ用のフライトユニットと、使うことも無く眠っていた特殊装備がたまたま持ち出し可能になっていただけだ」
なにもしてないだなんて、うそぶいているが、間違いなくマリリンさんの犯行だ。彼女はいつもこうなのだ。
出撃前に、いたずらっこのようにウインクしていったマリリンさん。
ガーベージ大尉から、何か話を聞いていたのかもしれない。
そうでなきゃ、始末書なんて書かされないだろう。
エリク大将にもバレていた訳だ。
私が殴ったりしないことを察したのか、マリリンさんは話題を変えた。
「にしてもさ、なんだろうね。この王子様は」
いまだ目の覚めないハガクレさんを見て言う。
「おおお王子様だなて、ダイコンで十分ですよこんなの」
「いやいや、ホント、大真面目になんなんって話。姫を助けたときのアレ見た?」
「そういえばマグマもクレバスの怪物も、凍って砕けたんですけど、ハガクレ軍曹は何をしたんです?」
何かとんでもないことをして、そうなったのは解る。起きた現象が現象だ。
見渡す限りのマグマが一瞬で凍った。それもベガを除いてだ。どう論理的に説明しようとしても私には無理だ。室長やヴェルヴェあたりなら理解できるのだろうか。
「やったことは、虚数空間を物理展開して、ぶつけたわけだが、そのプロセスがエグい」
軍人の顔になったマリリン中佐が人差し指をたてて、説明を始める。
「まず第一に励起率だ。リミッターを外してから再度リミッターを設定する40秒の間にこいつは1.8から15.3まで上げやがった」
「15ですか!!」
「そうだ。当然だが観測至上初だ。二桁なんて初めて見たよ。それも上昇してる最中にリミッターで強制終了させたわけだから、時間無制限で上げられるだけ上げたらどれだけいくのかもわからない。いまごろ技術室や科学室、さらに広報や、製作、とにかく各室がてんやわんやさ」
私の王子様。……じゃなかった。やっぱりハガクレさんは凄いんだ。
「で! その有り余るマナエンジンの出力で凶悪になった虚数空間をこちらの次元上に物理展開。世界への干渉を最小限に抑えるため……って観測の連中は言ってたんだど、右手には高密度のエネルギーフィールドが何十にも張りめぐらされていたらしい。そして本来プレアデスのスペックでは不可能な完全飛行を行いながらマグマに突進。あとは知っての通りさ」
お手上げだねとでも言うように、マリリンさんは手を上に上げた。
なにもかもが規格外の話だ。おとぎ話じみている。魔道書に関する昔話のように。
「まーそんな訳であなたの王子様は、世界をひっくり返すほどの偉業をなしとげてお姫様を救ったってことさ。ほら今なら誰も見ちゃいない。チュウしちゃいなよ」
ほらほらーとマリリンさんは私をせっついてくる。完全に世話焼きおばさんだ。
「そうね。キスのひとつぐらい。……って! マリリンさん見てるじゃないですかぁ!」
「あたり前でしょ! 撮影してないだけマシだと思いなさい。本当は何十台と撮影装置やら現像装置やらを準備したいんだから。こっちも我慢してあげてんのよ!」
「いやいやしませんってば!」
「んもー相変わらず素直じゃないんだから! どうせ私がいなくなったらあんなことや、こーんなことをするつもりでしょ! はー若いっていいわね!」
最後はなんやかんやでグチを言うのは、いつものマリリンさんだ。
見た目は若いが心までは若くはいられない。ましてや幾つもの死を間近に見てきたのだから。
多くの友や仲間、私が知らないだけで、愛する人を失ったことがあるのかもしれない。
「ねぇ、マリリンさん。長生きしてね」
私も変なことを言った自覚はある。マリリンさんも変な顔をした。地上の言葉でいうところの、鳩が核爆弾喰らったような顔とは、このような顔をいうんじゃないだろうか。
「やだよこの子は。泣かせるようなことを言うじゃないよ。言われなくたって姫が結婚するまでは死んでも死なないよ。全身サイボーグになったって生き延びるさ」
「イシシッ」と声を出してマリリンさんは笑った。
私もなんだかおかしくなって笑った。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。




