12 ホワイトルーム
「独房は、ひとつしか空いてない。丁度いいから二人まとめて入れ。マリリン。お前は始末書の提出だ」
「わかりました」
大将直々に罰を命じられた。
俺達を残して大将とマリリンが廊下の奥に吸い込まれていく。途中マリリンがペロっと舌をだして、こっちにウインクした。
「いったいどういう意味のサインだよアレ」
「わっかんないわよ。貴方マリリンさんとデキてんじゃないでしょうね?」
「んなわけあるかアホ!」
「アホとは何よ!」
そのとき、独房の透過壁が白く染まった。
外からの情報の一切が遮断された。
俺と姫子は命令無視の罰として独房入りを命じられた。
白一色のかなり広い部屋だ。独房というイメージと違い、清潔感がある。
ベッドもトイレもシャワーも備え付け、さらに冷蔵庫や洗濯機、ハンガーラックやクローゼット。ビデオや本も置いてある。
言うなればヌルい。いたれりつくせりである。
問題は、独房とは名ばかりの二人部屋状態であり、同居人がツンデレのツンの部分がアラスカの氷山ばりに尖っている、イオリヒメノ中尉閣下であらせられるところである。
ちなみに先程述べたベッドなどはひとつずつしか存在しない。そもそも独房なのでそういう造りなのだろう。
最悪床で寝るか。
そう思った俺はとりあえず本でも読むかと、本棚をあさる。
「ちょっと待ちなさいよ」
「なんですか中尉閣下」
「中尉に閣下はおかしいでしょ。ってそうじゃなくて、その汚い服で動き回らないでよ」
帰投するなり直接牢に入れたれた、俺達の服装はパイロットスーツだ。イオリはベガに近い黄色を基調としたカラーで、マリリン同様身体にフィットしたデザインとなっている。
俺の場合はガーベージのじーさんが、気を利かせてくれて、FDの中にあったレーシングスーツからデザインを流用している。
汚れに関しては俺は気にならないが、汗は大量にかいたはずだ。
「どうしろと? 全裸で過ごさせるつもりか?」
「いいからシャワーを浴びて! それと着替えはクローゼットの中にあるから」
「ふむ」
不服は無い。ここはお姫様の言うがままにしたほうが得策。
俺はパイロットスーツのファスナーを下げ――。
「ちょっとまって、いきなり脱がないでよ。バカじゃないの!」
いやいやいや、ちゃんとスーツの下には肌着を着てますよ?
「もういい。私が先にシャワーを浴びるから! いっとくけど覗かないでよね!」
「ああ解った。頼まれても覗きません」
クローゼットから適当に服をもっていった姫殿下中尉閣下は、ドズドズ歩いてシャワーへと向かっていった。
「バカッ!」
そういって、シャワールームの扉を閉める。
「やれやれ」
伊織姫子。どう聞いても地上人。日本人だ。
どういったことだろう。彼女も俺と同じように連れてこられたのだろうか。それにしては妙に壁がある気がする。思えば初対面の姫子は俺を地上人と呼びつけていた。自分が地上人であればしない言い方だ。色々聞きたいことがある。
薄い扉二枚をへだてた向こう側、シャワーの流れる音がする。
とりあえず下着姿になった俺は、スーツを洗濯機に放りこんだ。スイッチは入れない。
実家では誰かが水を使っているときに洗濯機を回すと、水の出が悪くなるからと叱られたものだ。
クローゼットにはローブというのか、ガウンというのか、厚手の浴衣のような衣類が大量にストックされていた。姫子は迷わず持っていったようだが、独房に入れられるのには慣れているのだろうか。
下着の上から服を着る。とりあえずこれで姫子に叱られることはあるまい。
女のシャワーは長い。いったい中で何をしているというのか。ここで心配して様子を見に行くというのは死亡フラグだ。俺も子供ではない。死んだ場合の俺を想像して心の中で合掌する。アーメン。
そうして長いシャワーの終わったイオリヒメコが、シャワールームから出てくる。そして彼女は言ったんだ。なんて言ったと思う?
「ちょっと貴方、なんで先に洗濯機に服を入れたのよ! もー最悪よ!」
つまりこういう事である。貴方の汚い服で洗濯機を汚したら私の服が洗えないじゃない。うわー最悪。もう死んでくれない?
全国の年頃の娘をもつお父さんの気持ちが、少しわかったような気がする。全世界のお父さん、強く生きてください。
その後なんやかんやで俺もシャワーを浴び、結局服もまとめて洗濯して、干した。
当然だろ。まとめて洗って、まとめて干したほうが効率的だ。俺はバカじゃない。
「あー腹へった」
俺は床に寝転がる。
ベッドの上ではお姫様が、読書をなさっている。
「なぁイオリ。何読んでるの?」
「戦闘技術教本、第三」
本やビデオは、歴史だの農業だの、戦闘技術だの、どうもお勉強に関することばかりだ。俺は勉強は不得意分野。専門外だ。
「なーイオリ。それ面白い?」
「貴方と話すよりは」
照れ隠し、という風には見えない。マジで嫌われているのだろうか。命も救ったのに? ありえなくない? 心のライフポイントがガリガリ削られるが俺はめげない。心が折れたレーサーは死ぬ。俺はまだ死ぬ訳にはいかない。
「伊織姫子。完全に日本人の名前だよな。誰が名づけた?」
「貴方には関係ないでしょ」
用意してました。といわんばかりにノータイムで返事がくる。
「関係はある。同じ断片室の仲間のことだ」
「私は仲間だと思ってないから」
「命を救ったのに、それはないんじゃない?」
名前を教えてくれたときの表情は可愛かった。心を開いてくれたものと思っていたが、見通しが甘かったらしい。
「それには感謝している。でも私のことは、私の問題だから」
イオリは頑なだ。俺は戦法を変えることにした。
起き上がった俺は、ベッドまで歩くとイオリの許可も取らずに、ベッドの上へと侵入した。
イオリのそばによる。
「ちょ。ちょっと!!」
壁にもたれた姿勢のイオリが本を投げつける。その力は弱い。
軽くかわして、お返しとばかりに顔の横の壁に手を置いた。
「お前の力になりたいんだ。お前のことを教えてほしい」
イオリの黒く美しい瞳に俺の顔が映る。俺の瞳にもイオリが映っているだろうか。
汗とシャワーで流れてしまったのだろう。彼女からシトラスの香りはしない。代わりに石鹸とトリートメントのいい匂いがした。
「おーい飯もってきたぞー」
白一色の壁。その一部が透明となり、扉となった。
入ってきたマリリンが「わーお」と声を出したその瞬間。
イオリ中尉閣下大元帥超魔王の右ストレートが、俺の顔面にめり込んでいた。
「ぐほぁぁ!! こいつは世界を狙えるぜ」
それが気絶する前に俺が言った言葉だという。




