検証の途中で思い出したこと
検証は、次の日。
朝食の後片付けを早々と済ませた僕は、ペーパードリップで淹れたコーヒーを飲みながら、まず目視から始めた。
手のひらにアイマスクをのせ、あらゆる方向から、五分ほど眺めた後、人差し指で、やわらかな生地をそっと押してみた。
ちなみに、僕はその時点で、機内でもらったアイマスクは最新式の映像機器だと信じ切っていた。しかし、映像が見られるとは思っていなかった。
でもそれは、取扱説明書の有無とは関係ない。
理屈から言って、僕の部屋で見ることができないのは明白だったからだ。
アイマスク型映像機器は、映像端子もなければ、音声端子もないコードレス方式。
僕の部屋には、映像再生装置がない上に、映像を電波で飛ばす装置もない。これを機外に持ち出した時点で、只のアイマスクになってしまったというわけだ。
しかし、アイマスク本体に、再生システムが組み込まれているとなれば、話は別。電源をオンにしさえすれば、映るはず。
可能性は低いが、試してみる価値はある。
しかしどこをどう探しても、スイッチらしきものは見当たらなかった。
いつもの僕なら、このあたりで、諦める。
だがコーヒーを飲み終え、冷蔵庫にコーラを取りに行こうとしたところで、ふと思った。
アイマスクのどこかに埋め込まれているマイクロチップのようなものが、何かの拍子に変形したのかもしれない。
衝撃とも呼べないような、ちょっとしたショックで使えなくなるということは、商品としての耐久性に欠けると言っても良い。
最近の航空会社は、過度のサービス合戦を繰り広げているように見える。このままの状態で航空会社に持って行こうか。
(これは、初期不良じゃないでしょうか)
と言うだけで、新品と交換してくれるかもしれない。そしてそのとき、取扱説明書も一緒にもらえば、問題は一挙に解決する。
だが、この件が、機密事項だったとすると、話がややこしくなりそうだ。
当然、あの低い声の担当者が出てくる。あいつと顔をつきあわせての交渉になる可能性がある。
顔が見えない電話でも、あんなふうだった。たぶん僕を犯人扱いする。痛くない腹をさぐりにくる。
うちの社員が、自発的に差し出したのは本当でしょうか。
お客様の方から、強要するようなことを言われたのではございませんか。
もちろん、僕は突っぱねる。
そんなことは、言っていません。してもいません。
だが、航空会社にそれは通用しない。言った言わないの世界では、彼らの方が完全に上。専門の弁護士を雇っているのは、こんなときのため。彼らにとって、白を黒に変えるぐらい何てことはない。最悪の場合、警察に通報される。
そんな面倒なことになるぐらいなら、無かったことにして忘れようか。
と思った時、僕の脳裏に、機内で見た映像が浮かんできた。
「あれっ?」思わず声が出た。「どうして今まで気づかなかったんだろう」
映画のストーリーは、僕が小学三年の時に書いた作文そっくりだった。
「作文のことで、話がある。職員室にきてくれ」
担任がそう言ったのは、二学期が始まって二週間ほどした頃だった。
作文という言葉に、僕の顔がほころんだ。
あの夢が、何かの賞に選ばれたんだ。そう確信した。
夏休みの終わり頃になって、僕は毎晩同じ夢を見るようになった。
燃えさかる炎の中、赤子を抱いて死を覚悟する母親。
カミナリ嫌いの男。カミナリは、幸せを運ぶ福の神だと信じている娘。
仏壇の中で、7年間過ごす男。
空から聞こえてくる老人の声。
作文の題材に困っていた僕は、その夢を使うことにした。
原稿用紙、八枚。小学生では考えつかないようなストーリーだったし、僕自身が、こんなに面白い物語はないと思ったほどの出来映えだった。
夕日が射し込む放課後の職員室には、数人の教師がいた。
僕たちの学校では、教師が「入っていいぞ」と言うまでは、職員室に入ってはいけない規則になっていた。
「失礼します」
嬉しさもあって、大きな声で言った。
しかしどういうわけか、誰も僕の方に顔を向けなかった。
しばらくすると、すぐ近くにいた学年主任が、僕の視線を避けるようにして、そそくさと職員室から出て行った。
当時の僕には、場の空気を感じ取る能力なんてなかった。
僕がいることに、誰も気づいていないんだ。そう思っただけだった。
担任の机は、職員室の真ん中辺りにあった。少し背伸びして見ると、きちっと七三に分けた頭が見えた。捜し物でもするように、引き出しの中を覗き込んでいるようだった。
「失礼します」
再び呼びかけると、担任はこっちを見た。そして他の教師に遠慮するような小さな声で「突っ立っていないで、こっちに来い」と手招きした。
パイプ椅子に腰掛けた僕の前に、担任は原稿用紙を置いた。
間違いなく僕のものだった。
(すごいな、お前。よくもこんな物語を考えついたもんだな)
そんなセリフが出てくるとばかり思っていた
だが、担任はなかなか口を開かなかった。小さな咳払いを繰り返すだけだった。
僕を喜ばせるために、わざとそうしているのだろうか。まさか、県知事賞ということはないよな。
しかし、担任の口から出てきたのは、耳を疑いたくなる言葉だった。




