直感?
僕は時々、夢と現実の区別がつかなくなる。それは素直に認める。自覚しているからだ。
しかし、Pが言っていた漫画チックな指摘。
お前の脳で、地殻変動が起きている。お前の脳には、お前の知らないやつが、何人も住んでいる。
あれは彼独特の言い回し。話を面白くするため。ある種のジョーク。そんなふうに受け止めていた。厳密に言えば、完全否定。
だが、事態が変わった。
「水くさいな。お前」
その日の夜、そう切り出すと、Pは怪訝そうな声で「何だよ、急に」と言った。
「これが電話じゃなかったら、お前の頭をゴツンとやっていたよ」
「できることなら、肩の方がいいな。ここんとこ運転続きで、右肩がちょっと凝っているんだ」
こう返されると、笑うしかない。僕はコーラを一口飲んでから言った、
「生まれつきなのか?」
思った通り、それだけで通じた。
「オッ、ついに、はっきりとした自覚症状が現れたみたいだな。話が長くなりそうだから、こっちからかけ直すよ」
電話が切れて、数秒後に僕の携帯が鳴った。
「で、どんなことが起きたんだ」
Pは開口一番、そう言った。
このまま質問に答えても良いが、その前に、やはり訊いておかなければならない。
「いつからなんだ、超能力に目覚めたのは。やっぱり滝修行か?」
「この前も言っただろう。俺にそんなものはない。あるとしたら、観察力と想像力かな」
それなら俺にもある。でも、その二つだけで、他人の頭の中が覗けるわけがないだろう。
と言おうとしてやめた。彼が二度続けて、違うと言ったら、違うのだ。でも種明かしだけでも聞いてみたい。
「じゃあ、どうして分かったんだ。俺の頭の中が」
「お前の近くにいれば、誰だって分かるさ。お前は、絶対にポーカーゲームをやっちゃいけない人間の見本だもんな」
確かに僕は、昔から喜怒哀楽が顔に出ると言われていた。それにPは、人一倍勘がするどい。想像力に長けている。
これ以上、この件に関して話を続けても、何も出てこない。本題に入ることにした。
「お前が言っていた通りだった。これから先、どうすればいいんだろう」
昨夜から今朝にかけて、僕の脳内で起きた出来事を、そんな風に締めくくると、Pは、羨ましそうな声で「くそー、俺も現場にいたかったなぁ」と言った。
最初の閃光が光った瞬間から、三つ目の文字が消えるまでの間に、僕がどのような言葉を口走り、どのような仕種をしたか。表情はどうだったか、目つきがどう変わっていったか、そのあたりを、じっくり観察してみたかった、と何度も言った。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
僕のような幻覚症状に苦しむ患者を救ってくれる病院を、教えて欲しかったのだ。
だが、僕の願いは叶えられなかった。
Pは突き放すような口調で「病院なんて必要ないさ」の後に「「その現象が、俺のいないところで起きたと言うことは、俺には関係ないってことだろうよ」と、言っただけだった。
「直感かぁ」
電話を切った後、ソファに寝転んだ僕は、天井を見上げて言ってみた。
「直感ねぇ」
コーラを飲みながら、つぶやいてみた。
しかし、何も思い浮かばなかった。何も感じなかった。
やっぱり、あの文字は錯覚。知らない間にウトウトして、夢でも見ていたのだろう。たぶん、疲労の蓄積。今夜は、ぬるめのシャワーを浴びて寝よう。
体を起こし、ソファから下りようとした僕の目に止まったものがあった。
パソコンデスクに置いたままになっていたアイマスクだ。
そういえば、あの取扱説明書はまだこない。航空会社からの連絡は、いつになるのだろう。
つぶやいたわけではない。誰かに問いかけたわけでもない。なのに、なぜか、僕の口が勝手に動いた。
「他人を当てにするな。自分で検証しろ」




