第二章 聖女候補、王都へ行く
領主の屋敷から使者が来たのは、それから三日後だった。
さらに一週間後、王都からも使者が訪れた。ミーシャの淹れるお茶について調べたいという。
最初は、教会もお茶の効果についてあまり期待していなかった。ミーシャのお茶は、教会のハーブ園で摘んだ茶葉を摘んで淹れただけだ。魔法を使っているわけでもなければ、祈りによって病を治しているわけでもない。
しかし、王都からやってきた神官たちは、彼女の淹れたお茶を飲んだあと、口々に驚きの声を上げた。
「なんと、確かに心が安らぐ……」
「この香りからはまるで聖堂に満ちているのと似た聖気を感じる」
「これほど清らかな魔力を感じる茶葉には会ったことがない」
ミーシャは困惑した。彼らの前に出したのは、いつもどおりのカモミールティーだったからだ。
彼らは一口飲んだだけで、ミーシャを取り囲んだ。
「少女よ。そなたは、いつから神の声を聞いているのだ?」
「えっ、聞いていません」
「では、いつから神の祝福を感じている?」
「……朝、畑に水をあげるときでしょうか?」
「やはり!」
神官たちは顔を見合わせた。
「茶葉を通じて神の御心を感じ取っているのだ!」
そんなの知らない。
ただ、乾燥しすぎると葉が傷むから、毎朝畑の様子を見ているだけだ。
しかし、ミーシャの言葉に耳を貸す者はいなかった。
彼女は王都へ招かれることになってしまった。大教会で、聖女としての資質を調べるのだという。
「ミーシャ、怖い?」
出発の前夜、ニナが尋ねた。
「少しね」
「帰ってくる?」
「もちろんよ」
ミーシャはニナの頭を撫でた。
「帰ってきたら、またお茶をいれてあげる。今度は、あなたの好きな甘い香りのするお茶にしましょう」
「約束だよ!」
「約束」
小指を絡める。
その指切りが、ミーシャにとってはなによりも大切だった。 またここに戻らないといけない理由ができた。
翌朝、彼女はモリーカとともに旅立った。
王都は、ミーシャが想像していたよりもずっと大きかった。
石畳の街路。高くそびえる塔。魔法で動く荷車。貴族たちが暮らす白亜の屋敷。そして、街の中心にそびえる大教会。
大教会は、王城に匹敵するほどの壮麗な建物だった。
白い尖塔が空に伸び、色鮮やかなステンドグラスが陽光を受けて輝いている。
そこへ足を踏み入れた瞬間、ミーシャは自分がすごく場違いな場所にいると思った。
磨き上げられた床。金糸で刺繍された祭服。香油の匂い。案内される先々で、神官たちは彼女に深々と頭を下げた。
「聖女候補ミーシャ様」
「ようこそ、我らが聖女様」
「あなた様をお迎えできたこと、神に感謝いたします」
ミーシャは、そのたびに首を振った。
「わたしは聖女ではありません」
けれど、その声を誰も聞いてくれなかった。
調査の結果、ミーシャの周囲では、ごく微弱ながら特殊な魔力反応があるということだった。
それが茶葉に生命力を活性化させる性質を持たせているのではと言われた。
ミーシャが育てた茶葉が人を元気にしていると結論付けられた。
確かに、飲んだ人の緊張を和らげたり、疲労感を軽くしたりする作用はある。
ただし、その力は決して強いものではない。
奇跡のように重い病を治すことも、失われた手足を元に戻すこともできない。
ミーシャ自身も、魔力を意識して使っているわけではない。ただ、お茶を淹れる時にその人のことを想って注ぐ。それだけだった。
それでも、大教会は宣言した。彼女こそ、長らく現れていなかった聖女の再来である、と。
そして、聖女認定の式典が開かれることになった。式典には王族も出席するという。
ミーシャは白い衣装を着せられ、金色の刺繍が施されたヴェールをかぶせられた。鏡の中の自分は、まるで別人だった。
「お美しいですわ、ミーシャ様」
侍女の一人が感嘆の声を上げた。
ミーシャは笑おうとした。けれど、どうしても口元がうまく動かなかった。
こんなの私じゃない。 こんな服、全然似合ってない。
誰かが「聖女にふさわしい」と考え、用意したものだ。
そのとき、部屋の扉が開いた。
「失礼する」
入ってきたのは、金色の髪をした青年だった。端正な顔立ちに、青い瞳。仕立てのよい軍服を着こなし、胸元には王家の紋章が輝いている。
第一王子、エリオット。
ミーシャは慌てて頭を下げた。
「で、殿下!」
「そんなに緊張しなくていい。今日は君に会いに来たんだ」
エリオットは、穏やかな笑みを浮かべた。
「君のお茶の噂は聞いている。母も、君の淹れたお茶を飲んでから、夜によく眠れるようになったそうだ」
「それは、光栄です」
「ありがとう。君のような人がこの国に現れてくれたことを、心強く思う」
その言葉に、ミーシャは少しだけホッとした。
この人は、少なくとも自分を化け物を見るような目では見ていない。
しかし、エリオットは続けた。
「君が聖女として認められれば、王家としても君を支えていきたい。ゆくゆくは、私の伴侶として迎えることになるだろう」
「……えっ?」
ミーシャの頭が真っ白になった。
「は、伴侶?」
「そうだ」
「殿下の?」
「私の」
「……わたくしが?」
「君が」
確認を重ねるたびに、逃げ道が塞がっていく。ミーシャは震える指で、ドレスの裾を握った。
この国では、王家と聖女が結びつくことは、政治的にも宗教的にも大きな意味を持つらしい。
王家は聖女の身の安全を保障し、その代わり、聖女は王家に神の祝福をもたらす。そんな理屈が、神官たちの口から次々と語られた。
そして、式典の最後。
大教会の大司教は、集まった貴族や神官たちを前に、声高らかに宣言した。
「聖女ミーシャ様と、第一王子エリオット殿下の婚約を、ここに発表いたします!」
割れんばかりの拍手が響いた。
歓声が上がった。
人々が、二人の未来を祝福した。ミーシャひとり、置いてけぼりにして。
彼女は、拍手の音に包まれながら、心の中で呟いた。
――わたし、まだお返事もしていないのに。




