第30話
朝、鎧戸の隙間から差し込む光が、部屋の板敷きを薄く照らし出していた。
ライゼンは自分の背負い袋の紐を締め終えると、床の上に置かれていた四つ折りの厚い油布を取り上げた。麻紐の結び目を解き、畳み直した布をそのままエントの前へ差し出した。
エントは床の上に置いた自分の背負い袋の口を大きく広げた。
袋の底には、昨夜のうちに買い足した堅パンの包みと、水筒、予備の麻布が詰められている。エントは受け取った油布の両端を揃え、袋の一番上、天蓋のすぐ下へと滑り込ませた。革紐を左右に引いて口を絞り、天蓋の牛革を被せて真鍮の金具を二つ留める。
袋を両手で持ち上げ、背負い紐に腕を通した。
よいしょ、と小さく息を吐きながら立ち上がる。袋の底はエントの腰骨の少し上で止まり、下へ垂れ下がることはなかった。胸元の細い革紐を引き、飴色に変色した肩紐の位置を左右均等に合わせる。
「……背負えました」
エントが軽く跳ねて、荷の揺れを確かめた。
ライゼンは長剣を腰に帯び、部屋の板戸を開けた。
土間の帳場へ下り、机の上に番号の刻まれた木札を二つ置いた。禿頭の主人は帳面から顔を上げず、木札を引き出しに落としただけだった。二人はそのまま宿を出た。
◇
大通りを川湊の方角へ歩き、ギルドの建物に入った。
朝の鐘が鳴り終わった直後の大広間は、仕事を求める冒険者や人足でごった返していた。
ライゼンは受託窓口へ進み出る。
カウンターの奥で、革の指当てをつけた男が羊皮紙の束を揃えているところだった。
「道を訊きたい」
ライゼンが言うと、男が顔を上げた。
「どこへ行く気だ」
「ここから先の町だ」
男はカウンターの上に手を広げ、指先で板を叩いた。
「川沿いにそのまま南へ下るなら、四日か五日で港町に出る。川船の荷揚げで栄えている大きな町だ。街道も平坦で歩きやすい。西へ折れるなら、街道沿いに宿場を三つ越えて、七日か八日で城のある大きな町に着く。どちらにも支部長がいる立派な支部があるぜ」
「分かった」
ライゼンが短く答えると、男は「気をつけて行きな」とだけ言って次の書類に目を落とした。
窓口を離れ、広間の出口へ向かおうとしたとき、掲示板の前にいた男が振り返った。
擦り切れた鎖帷子を着たブルーノだった。
その隣には、新しく削り直した短槍を持ったフェリクスと、背中に長弓を背負ったヨルクが並んでいた。
ブルーノの視線が、ライゼンの肩の荷と、その後ろで真新しい背負い袋を背負っているエントの姿に落ちた。太い眉がわずかに上がる。
「お、ライゼン。……荷を背負ってるな。もう行くのか」
「ああ」
「そうかい」
ブルーノは腕を組み、鼻を鳴らした。
「次の坑道警備も一緒にやるかと思ってたんだがな。まあ、手練れの旅烏を引き止めても始まらんか」
フェリクスが短槍の石突きで床を軽く小突き、笑った。
「前衛が抜けちまうのは惜しいがな。またどこかの町で会ったら一杯奢れよ」
ブルーノが大柄な体をかがめ、エントの背中の袋を爪先で軽く小突いた。
「小僧、背負い袋に負けんなよ」
エントは背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「はい! ありがとうございました!」
ヨルクが無言で短く顎を引く。ライゼンは三人に短く頷き、土間を横切って正面の樫の扉を押した。
◇
南門を抜けると、川面を渡る冷たい風が正面から吹き抜けてきた。
門を出てしばらく進んだところで、道が二つに分かれていた。
左手へ続く道は、巨大な川の堤防に沿って南へ下っていた。深い轍が幾重にも刻まれ、川船を引く人足や、魚樽を積んだ荷馬車が次々に行き交っている。
右手へ折れる道は、緩やかな草地の丘を縫って西へ伸びていた。白土に小石が敷き詰められた乾いた街道で、遠く霞む山並みの手前へと真っ直ぐ続いている。
ライゼンは分かれ道の手前で足を止めた。
振り返り、エントを見た。
「どっちへ行く」
エントが目を丸くし、抱えていた胸紐の端から指を離した。
「え……俺が決めていいんですか?」
「選べ」
エントは二つの道を交互に見つめた。
川沿いに下る泥の道を見やり、それから西へ伸びる白い街道の先へ視線を据えた。
「……城のある町へ行きたいです」
「なぜだ」
「大きな城がある町なんて、見たことがないですから」
エントはそう言って、前を向いた。
「行くぞ」
ライゼンは踵を返し、西へ折れる街道へ踏み出した。
エントが背負い袋を一度揺らし、その背中を追って小走りに駆け寄ってきた。
二人の靴音が乾いた小石を踏みならし、秋の冷たい日差しの中、西へ続く道へと吸い込まれていった。
これにて1章「分かれ道」が終わりになります。
次からは第2章に入っていきます!まだまだ始まったばかりなのでよろしくお願いします!
お話は書き溜めが切れるまではここまでと同じく毎日16:00の更新になります。




