第九話 安息
慌てない。まずは落ち着け。新たな指示はまだ出てない。ならば作戦は継続だ。
視界に映るマーカを確認する。手前には6+6の橙、そのすぐ奥に緑が3、大分離れて36の橙と24の緑が混在。更に向こうにケルンコロニーのスターサイド。それぞれの位置は機動の度に忙しなく入れ替わるが、それ以外は無い。とすると、背後に出現した事になるが……正直、今は確認する暇が無い。少くとも目の前の橙12は行動不能にしておかなければ確認する余裕はできないだろう。第一・第五小隊の到着とどちらが早いだろうか。
アラート、横飛び、照準、捻り、ジャンプ。手前の六機もそれぞれに私と同じような機動をしていた。ただ、これは直ぐに気付いた事だが、私が敵機を照準に捉え続ける回数より、敵によるアラートはかなり少い。こちらの機動性が優れているのか、それとも相手の練度が低いのか。分析は後でその時間がとれたらその時にするとして、これは数で負けているこちらの数少ない優位性の一つだろう。これをどう活かすべきか……
私は手前の一機を照準に捉えたままそちらへ軽く前へ走り出す。肩甲骨と臀部、四基のエンジンが間欠的に数度炎を噴く。向かった先の敵は、慌てて私との距離を空けようとしたようだ。肩と腰の後のバッテンの先からこちらへと白い塊が噴き出した。と同時に何かの弾体を放出したようだ。弾体の軌道が視界に重ねられた。よし、相手の弾薬を一つ消費させてやった。続いて跳び上がり、身を屈め走って停止し、バックステップを踏み、左へ跳び。しかしレーザーは相手に当てた踊らせながら敵のレーザーと弾体を躱す。
アラートが鳴り下へ逃げる。逃げた先でもアラートが。複数の敵から同時に狙われたようだ。咄嗟に右へ跳ぶ。前へ上へ左へ左へ止めて前へ。それでも私はレーザーを標的に当てたままだ。左腕のスタン弾をそっと放出する。まだ弾体尾部の燃料は点火しない。右右上右。弾から離れた後点火させる。照準は相手を捉えたままだ。
その弾体の軌道は、レーザーを当てられたままの相手からはどう見えただろう。何も無い虚空から突如として現れたロケットの噴射炎に何を感じただろう。狙いを定め喰らいつくように煌めかせる幾筋ものアポジモーターの炎に恐怖を感じただろうか。相手は今迄にも増してバッテンの先のエンジンから光の塊を放出する。弾の燃料にも限りがあるから、命中する前に使い切らせてしまえば相手の勝ちだ。私としては当てる事だけが狙いではないので、結果が分かるまでもう少し様子を見よう。
そうしている内の視界内の二つのマーカが淡い橙に変化していた。多分ヴェルとキムが行動不能にしたのだろう。私を的にしようとしていた敵に違いない。その隙をヴェルとキムが見逃さなかったのだ。打ち合わせも無くとった私の咄嗟の行動に、二人は上手く合わせてくれたようだ。
さて私が放ったスタン弾はというと、どうやら命中し損ねた様だ。宙域の外へ弾をどかしてもレーザーを照射し続ける。先程のようにいきなりスタン弾に襲われる事を警戒してか、相手の光のプラズマ塊は四方八方へとばら撒かれていた。まだか。もう少し追い詰めないといけないだろうか。
それ程時を置かずに、欲っしていて光景がやってきた。その敵はレーザー照射から避け私から見て下へ回避しようと、両肩のエンジンを噴かした。噴き出された二つのプラズマ塊の方向は、しかし僅かながらもズレていた。私の口角が薄く持ち上がるのを、自分では止められなかった。その敵の下への機動は、多分彼自身──彼女かもしれないが──からすれば予想外のものだっただろう。意図していない捻れが加わてしまったからだ。相手の身体が頭頂を軸にゆっくりと回転しはじめていた。そのような事態への対応訓練はどの様なものになるのだろうか。少なくとも目の前の相手はその訓練が十分に足りているとは思えない程慌てふためいたものだった。肩と腰から突き出たエンジンをやたらに噴かしていたのだ。姿勢を安定させようとはしたのだろうが、その手段を間違えている。今使うのはそれではない。時間がかかってもいいから、通常の姿勢制御で行うべきなのだ。
そう、今敵の機体に起ったのは、以前イサワ技師の危惧した拡張エンジンを支える部材の脆化・劣化だった。もう少しかかるかも、あるいは脆化も劣化も生じなかったかもしれない。そこは賭けだったが、この賭けに私は勝ったようだ。
阿呆のように踊り散らすその敵は、一瞬身体を仰け反らせ、静止した。いや、それまでの無茶苦茶なプラズマエンジンの使用で、どこを軸にしているのか分からない複雑な回転をしているようだが、それ以外の自発的な動きは止ったという事だ。そいつに割り当てられたマーカも淡い橙に変化していた。ヴェルかキムがスタン弾を命中させたのだろう。それを機に私は、今や三つに減った手前の橙マーカから距離をとった。
しばらく膠着状態が続いた。双方ともに小まめに位置は変えるが本気の動きはしないし、レーザー照射はついでの様にするだけでこれも本気では狙わない。
やけにのんびりしてると思われるだろうか。確かにそう思われても仕方が無いところでわある。だが、ちょっとだけ言い訳させて欲しい。
燃料も酸素も、宇宙服の冷却やレーザー、CO用の電力も宇宙服内に無限に積める訳では無いのだ。私たちから見ればコロニーへ帰還するための最低限のものは残さなければならないし、ここから更に遠くの宙域──敵宇宙艇周辺とか──が戦場になるなら尚更無駄遣いはできない。だから今は無駄な機動や攻撃は控えている。それがこの膠着状態の根本原因だった。
だが、それも何時迄もは続かない。こちらにしてみれば、第一・第五が到着するまでの間の事だし、向こうからすれば第二陣の宇宙艇から出撃した宇宙兵達が到達するまでの事だ。どちらが先か。いやどちらにしても、真っ先に遭遇するのは4-3の連中だろう。もう第一陣には辿り着いただろうか。損害はでただろうか。何艇かでも航行不能にできただろうか。
視界のマーカを確認する。私の右には二つの緑。手前には濃い橙が3、淡い橙が3。その奥に濃い橙が4、淡いのが2。その向こうに三つの緑。色は濃い。分隊長達三名に被害は無いようだ。残り七機。12対6だった戦力差を考えれば出来過ぎと言ってもいいだろう。
分隊長からの連絡が入ったのは確認を終えた時だった。
『第三分隊、4-3の支援に向う。現状敵第二陣は48機のウラジコスモス型を投入。内6機が第一陣宇宙艇の援護に回った。ヴェル、キムは直行。サラは二人の後衛。残りは目の前の七機を牽制しながら三人を追う』
分隊長から指示が届く。諒承のサインを送りヴェルとキムの間に移動し、敵三機に威嚇用レーザー照射を行う。ヴェルとキムの背部メインプラズマエンジンからの噴流が私の視界の左右に長く伸びていくのが見えた。敵はそれを避けるように動く。私もバックステップを踏み二人に遅れながらも後退していった。
手前の三機は元々こちらを向いていたため、ヴェルとキムを全速で追い掛けてきてきた。私とその三機の距離は見る見る差を詰められる。私はレーザーで牽制しながら一度身体を捻る。腰の反動制御リングが全身を180度回転させた所で背部メインエンジンを噴かし全力で加速。直ぐに止めまた身体を180度回転させる。橙の三機は私を狙うより、先行する二人を追う事にしたのか、その間アラートは一度も鳴らなかった。あるいは彼等の後に続く四機にその役割を譲ったのかもしれない。三機との距離が拡がる事は無かった。私はそれでも三機にレーザーを当て続ける。執拗に、何度でも繰り返し当て続ける。追い越される迄、いや追い越されても当て続けるだろう。敵に無駄な動きをさせ続ければ、またプラズマエンジンの支持部材を痛めさせる事が出来るかもしれない。
何故ここまでエンジン支持部に拘るのか。それは手持ちのスタン弾が四発しか無いからだ。先程二つ使ってしまったので残りは二つ。この二つは、4-3の支援までとって置きたい。その分レーザー用の電力を消費する訳だが、後の事はその時考えよう。最悪接近戦を挑んで直接弾を当ててもいいだろう。右腕には新装備が装着されているが、これはできれば使いたくない。電撃で気絶などという可愛らしいものでは済まないからだ。頼むからこれを使わせないでくれ……
幾度目かの三機へのレーザー照射の時に確認した敵味方の配置では、橙3の次に二つの緑、そして橙4の後ろに緑が一つだった。橙4は割とバラけているので、最後尾の緑の牽制が効いているらしい。更にその向こうには橙と緑の混った群れがあり、その奥にコロニーが見えた。どのマーカももうかなりコロニーからは離れてしまったようだ。第一・第五のマーカは、橙緑混合の群に近付きつつあるようだ。そして、それは急に現れたのだ。群とコロニーの間に。八つの赤いマーカが。
『敵第三陣、出現。コロニー防衛隊出動せよ』
ぞっとした、どころの話ではない。今コロニー内には非番待機中の第二小隊十八名がやっと出撃準備を終えたところだろう。敵第三陣が全て今迄の宇宙服兵によるものだとしても、四十八対十八では到底手が回らない。そこへ更に最悪な連絡が届く。
『敵第二陣八艇、離脱』
まずい。第四陣が来る。それはもう確実だ。敵は今回、第一陣八艇と96機のウラジコスモスを全て見せ駒として使ってきたのだ。足止めされていたのは私たちの方だった。このままでは補給帰投も叶わず、ここで棺桶に閉じ込められる結末しかなくなってしまう。
どうする、どうする、指示はまだか、早く次の指示を。
私は一番近い三機に追い越されようとしていた。この角度ではもうレーザーの連動範囲外だ。その内の一機から細長い一筋の光が放射されたのが横目に捉えられた。それはレーザーでは、勿論無い。レーザーはこの真空の宙域では余程の事が無い限り見えない。その光の色はプラズマエンジンの噴く、それそのものだった。完全電離した電子が再び陽子に捕獲される時に発生する光、そのものだった。
何度も言ったかもしれないが、もう一度だけ言おう。プラズマエンジンの噴流は、その初期速度が異常に速い。安全空域が設けられる程の速度だ。それだけの速度が無いとこの宇宙服に必要な推進力を得られないからだ。そして噴流は太陽風以上の影響をそれに晒される物に及ぼすのだ。それこそ、放射線障害を人体に与えられる程に。コロニーの様な磁場による防護手段を持たない宇宙服は、一応特殊素材によって対応しているからといって、気軽にその噴流に晒していい訳がないのだ。
それを、あの敵は。私に先行する二人の内のどちらかに放ったに違いないのだ。左手の指が勝手に動いていた。ポポフ女史やイサワ技師に内緒で専属オペレーターに依頼したカスタマイズを発動させていたのだ。身体を捻り、後ろを振り向く。右半身前面二つと左半身背面の二つのエンジンが瞬間的に噴き出し、直ぐ様それぞれ反対側のエンジンが同じだけプラズマを噴いた。腰の反動制御がクルクル回り回転軸を安定させる。180度回頭は一瞬で終了する。軽い目まいが襲ってくるが、気合で堪える。
私を追い越した三機からヴェルとキムに向う三つの細い光条とその反対側に向う幾分太め光条が、目まいの残る私の視界に拡がっていた。それも少しずつ角度を変えながら何度も、何度も。光条の幾つかが緑のマーカに集中し、淡い緑に変えさせた。振り返ってからそこまで二秒足らずの出来事だった。あれはヴェルだろうか、キムだろうか。内蔵COは大丈夫だろうか。回路や記憶素子を掠めただけでCOは機能不全に陥いるだろう。生命維持装置は? 酸素の供給は?
仲間が確実に被爆した事に、私の腹の底から何かドロドロした熱い塊が吹き上がってきた。その塊は私の口を動かしていた。
「先に手を出したのはそちらだ……お前らが今何をしたのか、その身を以って思い知らせてやる……」
言葉が口から紡ぎ出される間に左手は新装備の安全装置を解除してゆき、光学照準を起動させ、右手を射撃モードへ移行させていた。新装備専用の光学照準レティクルが視界に現れると、右腕の肘から先を前方橙の一つの、少しだけ左側に合わせる。更に新装備の無反動化機構を停止し、三軸の反動制御装置と連動させる。腰溜めにした右手がトリガーを引き絞る。少しだけ長く引き絞ったままにした右手が放つ、右腕新装備から薙刀の刃の形をしたアーク状のプラズマが狙いを付けたマーカへ迫る。その着弾を確認せず次の標的へとレティクルを併せ、再度トリガーを引く。三機目に狙いを付け、もう一度。
三度目のトリガーの後、最初の二つの橙は淡いマーカに変わっていた。そしてたった今三つめも淡い橙に変わった。リミッターを解除した姿勢制御で瞬間的に振り返った私は、更に後続の橙四つに、分隊の仲間が軸線に来ないよう位置取りを調整しながらレティクルを合わせ、引き金を絞る。一機だけ、勘の鋭い奴が居たのか狙いを躱されるが、問題ない。そいつは分隊長達に沈黙させられてしまったのだから。
そう、右腕の新装備は敵が使ったのと同じものだった。超高速のプラズマを噴射し、電子回路を狂わせ、相手を被爆させるプラズマ銃。ビームと呼ぶには収束性は良くない。だが秒速千キロメートルに近いそのプラズマ噴流は容易に宇宙服を貫く。装着者の被爆は、言わば余録だ。だが、その余録は決して無視してよいものではない。だから非常時以外は使うまいと思っていたのだが……
『サラ。即時合流可能か?』
分隊長に問題無しのサインを送る。正直なところ、リミッター解除した姿勢制御は大飯喰らいで、身体への負担も大きい。特に目の回りようといったら……
分隊長ら三人に合流した私は、ヴェルかキムか分からない淡い緑を追い越し、第二陣42機相手にプラズマ銃を打ち放して遣り過し、4-3に追い付いた。
4-3はほぼ壊滅状態だった。到着した時、活動可能だったのは新型011一機と旧型009一機のみ。旧型一機はウラジコスモスの前では無力と言ってもいい。実質緑1に対し橙6の絶望的状況だったのだ。それでも宇宙艇四艇は行動不能になっていた。残る四艇は既に離脱していたのだが、4-3は良くやったと言うべきだろう。
私は橙6を殲滅しようとリミッター解除姿勢制御とプラズマ銃を駆使したのだが……
矢張り無理が祟ったのだろう、プラズマ銃と姿勢制御エンジンの燃料枯渇から敵のプラズマ銃を避け損ない、直撃を受けてしまい……
「直撃……直撃……。メインCO機能停止。SAFERモードへ移行……」
脳内に響くそのアナウンスを最後に、意識が途絶えたのだった。直前に思ったのは。
──出来る限りの事は遣り尽したよな……
それだけだった。
ピー、ピー、ピー、ピー
壊れたメインCOに代って働き出した補助COの無愛想で耳障りなビープ音が、薄れゆく意識を最後まで慰めてくれた安息の歌となったのは御愛嬌だと思って欲しい




