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第八話 襲撃

 あれから更に七週間経った。情報部や参謀部の予測では来週が本番である確率が最も高いらしいが、予測が外れる事は幾らでもあり得る事だ。だから一週間前の今日から厳戒態勢に入ったのだった。そして今私の所属する第三小隊は、第四小隊と共に出撃室で待機中だった。

 私は出撃室に設置されたモニターで架台に載せられた第一・第二小隊の迎撃隊員達を観察する。そういえば新型HMPSS011の外観をまだ紹介してなかった様だ。それは一見従来の009と同じに見える。ウラジコスモスの様な両肩や腰からの張り出しは無い。つまり背中にデカいバッテンを背負っている訳では無いという事だ。011はもっとコンパクトだ。

 まず背中のプラズマエンジンジョイント下部から反動制御装置の下をぐるりと取り巻くベルト状の構造物があり、斜め下向きのプラズマエンジンが四基固定されている。位置は腰骨と下腹の境に左右一基づつ、臀部と背中の境に左右一基づつだ。この四基とも真下ではなく45度位外に傾けてある。

 次に先程のジョイント丈夫からは両肩をぐるっと回って腹部の反動制御装置の上まで伸びるベルト状の構造物がある。鎖骨の下に左右一基づつ、肩甲骨の上にやはり左右一基づつの計四基の斜め上向きプラズマエンジンが固定されていて、これも45度位外に傾いている。

 更にジョイント部の横から左右の脇腹に沿うベルト状構造物がある。

 肩と腰のベルト部分の計八箇所に飾りの付いた六点式シートベルトと言えば想像しやすいだろうか。ただ、これは軽くて丈夫で柔らかい素材ではなくて、プラズマエンジンの推力に負けない強度を持っている金属素材で出来ているのだが。

 何故こういう配置になったのか以前イサワ技師に聞いたところ──驚いた事に彼女は単なる技師では無かった。HMPSSの開発者の一人だったのだ──ウラジコスモスの様に張り出した位置に配置すれば装着者の安全確保には有利だが、エンジンを支える構造材の強度に不安があるからだ、と答えた。だから単一の構造材ではなく宇宙服全体で推力を受け止める今の配置に落ち着いたという事だった。

 またこの配置だと、上下左右前後どの置から見ても常に四基のエンジンノズル開口部が見える、つまりそれぞれの方向へ四基のエンジンが使用可能になるからだとも言っていた。

 ただ欠点もあり、八基のエンジンどれひとつとして同じ方向を向いていないので、左右に、あるいは上下にといった単純な推進でさえ使用される四基のエンジンの協調動作や偏向推力の制御が複雑になる事と、腕と脚、特に腕の動きが制限される事だ、とも言っていた。エンジン噴射中に下手に腕や脚を動かすと、自分で自分の身体を焼いてしまう可能性がありそうだ。だからシミュレーター訓練の一番最初に腕は脇に付け肘は90度に、と注意された訳だ。

 だが、それらの欠点? があってもこれだけ機動の自由度が上がるのであればお釣りがくるのではないかと私は考える。特に機動兵器同士の戦闘──そうこれはもう捕縛などといった話では無く戦闘なのだ。武器が使用不能の場合は格闘戦だってありうるのだ──ではより自由な機動性を持つようが有利に事を進められるのだら。

 長々と説明してきたが、新型HMPSSの概略を少しでも掴んでもらえただろうか。

「第三小隊。第一小隊と交代し加速器内待機に移れ」

 どうやら棺桶タイムが来たようだ。私は自分専用ハッチへと足早に近付いた。専用整備士とオペレーターに「何時も通り、宜しく頼む」と言葉短かに挨拶する。彼等も新型機の扱いには馴れた様で、すぐ様セットアップの完了を報告してくれた。六点式ベルトのお陰で前機種より若干狭くなった背部の開口部から身体を宇宙服内に潜り込ませた。三重のハッチ閉鎖音が宇宙服を振動させ、空気が抜かれる。棺桶に閉じ込められた私はクレーンに摘み上げられ加速器の空いた発射架台で下され固定される。クレーンは代りに隣の架台の先客を摘み上ハッチの方へと戻っていった筈だ。なにしろ棺桶の中だから推量になってしまうのは許して欲しい。そこからは二時間の棺桶待機。二時間、何事もなければ他の小隊と交代できる。もう一つの棺桶タイム終了の合図だ。あと一つは何か。襲撃があった場合だ。それが私の本当の仕事なのだった。

 迎撃室待機と加速器内待機を何回か繰り返し、その日の任務は終了した。


 その三日後は非番という名の基地内待機だった。特に買い物や何かで発散するようなストレスも無いし、自室で大人しく読書という気分でも無かったので、結局自主トレーニングをする事にした私は、大訓練場の400メートルトラックで走り込みをする事にした。例の緩急走をするためだ。

 トラックには誰も居なかったの好きにやらせてもらう事にする。準備体操でしっかり身体を解し軽い足どりでトラックに入る。その足どりのまま一周する。そして直線部に入るとダッシュ。筋肉に負担を掛けすぎても不味いので80%程度に抑える、が歩幅を狭めたり広げたりしながら走る。脚の回転が軽い。直線部の終わりで歩幅を一定に戻してゆき、速歩程度のスピードに落す。トラックの残りはゆっくりと、ただ脚と腕の筋肉は全体を使うイメージで大きく動かす事に気を付ける。そしてまた最初の直線部でのダッシュ。

 五周くらい同じ事を繰り返してからトラックを外れフィールド内で少し休憩する。始めは立ったままで。しばらくして腰を下す。

 喉は渇いているか? いや、大丈夫。

 もう一回いけるか? ああ、大丈夫。

 脳内会議の後、また立ち上がりトラックに戻る。

 軽い一周の後の最初の直線部で先程とは走り方を変えた。目の前に三角コーンがランダムに置かれていると想像してスキーの回転競技の様に、ただしコーンとコーンの間は一歩で届くように力の入れ方を変えながら走り抜ける。クールダウン走を挟んでそれを五回繰り返す。

 三回目はハードル走で。ただしこれもハードルの高さや間隔はランダムだとイメージして、時にはハードルを潜るように走り、フィールドに戻る。

 喉は渇いているか? いや、大丈夫。

 もう一回いけるか? いや、補給しよう。

 購買へ行こうとトラックを横切ろうとした時、トラックの外からじっと私を見ている女性が居る事に初めて気付いた。

「ポポフ女……教官。何時からそこに?」

「訓練中では無いので、教官ではなく"さん"で呼んでもらえれば」

 柔らかい笑みの中にも凛とした雰囲気を漂わせる女史の佇まいは、若干困ったような様子の覗かせていた。同年代の私──というのは私の早とちりかもしれないが──から教官呼ばわりは流石に照れ臭いのだろうか。

「それより、給水ならこちらをどうぞ」

 私の目の前に差し出されたのは、水筒のカップだった。カップの中には適量の透明な液体が注がれていた。

「少量の砂糖と塩を溶かしレモンで香り付けした水です。程良い冷たさだと思うので遠慮無くどうぞ」

 ありがとうございます、と礼を言い受け取ったカップの中の液体を少し口に含むと、微かな甘みとレモンの香りが口の中に広がった。とび切り冷たい訳ではないその液体を少しずつ喉へ流し込んでゆく。喉を潤したその液体は、身体に溜りつつあった熱を穏かに冷していくようだった。それは身体に負担をかけず、でも十分な補給と冷却を兼ねる優しい水だった。

「ところで、先刻の三種類の直線走。サラさんのオリジナルですか? 少し興味があるのだけれど」

 うっ、と息が止まる。カップの水を飲み干していて良かった。

「……大部分は分隊の、です。すこしだけ私のオリジナルが入ってはいますが……」

 口籠る私にポポフ女史が何故か何故か嬉しそうな声を上げた。

「そうよね! 地面を蹴る時、蹴り足の反対の脚を大きくゆるやかに動かすのはあの分隊では見られなかったから、貴女のオリジナルだと思ったのよ! ねえ、私もやってみていい?」

 私の曖昧な頷きを諒承の意と受けとった彼女は早速トラックへと割り込み、直線部でのランダムな歩幅、横飛び、跳躍を取り入れながら、三周走った。私はそれを見て唖然としてしまった。始めての筈なのに、彼女の動きは私の目指している動きそのものだったからだ。

 女史が戻ってきても、私はまだ唖然としたままだった。

「これ良いわね。軍全体の基礎訓練メニューに取り入れられないか、今度進言してみるわ」

 進言って。それも軍全体って。彼女は一体何者なのだ。もう何度目になるか分からない驚きに呆然とした私は、気付かない内にカップを返していたようだ。受け取った彼女は「じゃあまた」と言い残して大訓練場を出ていったのだが、そうと私が気付いたのは彼女の姿が消えた後だった。


 トラックの一件から更に四日日が過ぎた。今は出撃室待機中で私は相変わらずモニターを眺めていた。襲撃予測日から一日過ぎた今日、出撃室のピリピリとした雰囲気はピークを迎えていた。気持は分からないでもないが、そんなに張り詰めなくてもいいじゃないか、などと私は思ってしまった。そんな事を考える私の方が変なのかもしれない。前回の襲撃の後不安にかられてしまった私が言うのも何だが、あの時は次に相手がどう出てくるのか読めなかった事が大きな理由だ。今は相手の戦力もある程度分かっているし、それへの対応力も、十全かどうかは別にして、それなりに整えられているのだから、もうその時その時で全力で事に当ればいいのだ。

 交代の時間が来て棺桶の住人になって一時間。訓練中のあれこれ、身体の動かし方や、宇宙服のカスタマイズ内容をおさらいしていた時だった。

 ビービー

 どうやら敵、もう面倒だから所属不明機などと誤魔化すのは止めよう。敵が出現したようだ。回復した視界に加速器のレールが映し出された。

『所属不明機、コロニー近傍に出現確認。待機中の迎撃隊は直ちに発進せよ』

『第三小隊、正面の所属不明機を拿捕』

 うん? 正面? 東西からの襲撃は止めたという事か。今迄なら衝突などの不慮の事故を防ぐためか東西に分散させていたのだが。

『第三分隊、正面一時の不明機を拿捕』

 敵の第一陣が全てウラジコスモス型で、今迄通り宇宙艇八艇による襲撃だったなら、最大48機。それを第三・第四小隊からの四分隊24機で迎え打つことになるが……

『総員、加速器の衝撃に備え……』

 今はそんな事を考えている場合ではないか。

『3、2、1、発進』

 歯をくいしばって加速に耐え、流れ溶け判別のつかなくなった加速器内の設備を横目に見ながら、急激に面積を拡げる出口を潜り抜けた先にあったのはスピード感覚を失わせる、瞬かず、動かない一面の星達だった。

『第三分隊、コロニーからの安全距離確保。プラズマエンジン最大推力で点火。3、2、1、点火』

 動かない星群の中、背面をグイグイ押してくるエンジンの推力が本当にその役目を果しているのか確認するには、背後のコロニーの大きさを調べるより他は無い。が今はそんな時間的余裕はなかった。視界には敵のウラジコスモスのプラズマジェットの光柱が幾筋も投影されていたのだ。その一つ一つに橙色のマーカが重ね置かれる。その数36。

 36?

 いや、待て。今その遥か奥に八つの赤いマーカが現れた。敵の宇宙艇だ。そして、また新たなマーカが12、手前の橙の36と奥の赤の八つの間に……色は橙。

『第三分隊、中間にいる12機に対処する』

 あー、今回は外れを引いたかもしれない。うちの分隊は全員新型だから中間12機の抑え役に回されたのだろう。もう一つの分隊が宇宙艇を取り押さえられるように。

『ヴェル、キム、サラは宇宙艇との間で4-3(第四小隊第三分隊)の盾。他三名で奴等を挟む。動け』

 了解のサインを送り、宇宙艇へ向う六っつの緑のマーカの位置を見るともなく確認した。左上方だ。

 私は右脚で踏切り、イメージ上のハードルを飛び越えた。腰ベルトのエンジン四基が瞬間的にプラズマジェットを噴き出し、身体が頭頂へと打ち出される。左脚で着地。そのままハードルを潜り抜けるように左脚を折り曲げる。肩ベルトのエンジン四基から炎柱が立ち上り、一つ前の機動を正確に止める。

 左へ横飛び。上体を左へ傾ける事は既に動作の一部と化している。左脚が軽く折り曲げられる。右半身四基のエンジンが火を噴き、右から叩きつけてくる。左脚を鋭く蹴り出す。右脚は軽く折り曲がり、上体は右に傾いでいた。左半身四基のエンジンが焔を上げ、横飛びは狙いの距離で完成した。

 今では殆ど意識する事もなくなった一連の動作で、味方分隊と橙マーカ12の間に私は身を滑り込ませる事に成功したのだった。

 身体を捻り、12個の橙マーカに向き合うと背部のエンジンに最大加速を指示。敵との相対速度が見る見る減少していく。六つの橙マーカから光柱が、私の反対側に立ち上るのを見て背部のエンジンをカットした。向こうから近付いてきてくれるのなら、好都合というもの。レーザー発振器をその内の一つに当てるとしよう。ちなみにこのレーザー発振器は肩以外にも脇腹に二つ、下腹部に一つ装備され連動している。丁度、六点式ベルトの脇腹と腰の上にある。これらは追加八基のエンジン稼働中に生じる死角を補うために新設されたのだ。

 レーザーを当てられた敵機のマーカに橙のリングが重ね合わされる。リングの中心の十字がレーザーの照準でその直径は自動補正の範囲を表している。砂時計型の通常マーカの最も()()()た所が敵機の位置だ。マーカの大きさは敵までの距離。今は十字と()()()が一致している。ここ迄は今迄通りだ。

 ()()()が束の間、十字を外れる。自動追尾が働き照準は再び()()()と一致した。普通の宇宙服での機動では大抵こうなる。

 だが今その()()()は自動照準の補正範囲を大きく外しはじめた。その度に敵マーカからは四方八方に光の塊が飛び出す。ウラジコスモスの追加エンジンによる機動だった。その縦横無尽ぶりは中々のものだったが、ポポフ女史のあの機動には及ばないようだ。

 照準が追尾を諦める前に、私は()()()を追い始めた。僅かに身体を捻り、屈め、伸ばし、また捻る。意識的な動作ではない。あの変則横飛びと考え方は一緒だ。新しいパターンに反応する。何度も何度も繰り返し、反射として身体に浸透させる。その反復を今また繰り返しているにすぎない。

 常に自動照準の補正範囲内に捕えられるようになった所で、左腕に装着した電撃スタン弾を一つ放出した。不燃性のガスによって左腕から切り離されたスタン弾は、腕からある程度離れた所で尾部から燃焼の炎を噴き出し、敵への軌道を辿り始める。途切れ途切れながらも返ってくる照準レーザーの反射波を捉えながら、弾体内の自己発火燃料を短く噴かし弾は敵へ喰らいつくかの様にその軌道を修正していった。

『ロックオン! ロックオン』

 スタン弾が敵に到達する前に、敵のレーザー照準に私を捉えられた事を告げる警告が響いた。方向を確かめるより前に、身体が自然に動きだす。一歩前に大きく、着地とともに片足ジャンプ、右に跳んで更にジャンプ。それら回避の動きに照準を追尾する動作も折り込む。それが、更に回避の動きに複雑さを加えていき……

 正直、以前の様に、自分がどちらを向いていてどの方向がエンジン噴射の安全空域か一々チェックしていたとしたら、今の機動で私は身体と視界の絶え間無い揺動によりあっという間に空間失調に囚われ溺れてしまっただろう。いま溺れていないのは、あるがままを受け入れなる可く意思を介在させずに反射に任せているからだ。

 残念ながら、先程放出したスタン弾は敵へは当らなかった様だ。最後の指令を弾に送り、戦場を離脱させる。ただし、L4宙域は外れないように、だ。これは後日、もし今回の戦闘後に今迄の日常があればだが、哨戒任務の一環としてのデブリ回収の対象とするためだ。ちなみに破壊兵器が使用されないのも、不要なデブリを発生させないためなのだが、これは余談だっただろうか。

 それはともかく、現状戦力で敵を完全に捕獲できるとは私も思ってはいない。これは、迎撃室待機にあった第一・第五小隊と、非番待機中の第二小隊がやって来る迄の時間稼ぎだ。だから、敵を行動不能にできれば最善だが、奴等をここで足止めできればそれでいい。

 それだけでいい筈だった。

『敵第二陣、出現』

 その報が届く迄は。


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