第七話 緊急ミーティング
シミュレーター訓練を始めてから四週間、アドヴァーサリ訓練からだと八週間が過ぎた。今日は午後からシミュレーターの予定だったが、その前、1300時から迎撃隊第三小隊に緊急のミーティングが入ったと通達されていた。こういった突然の予定変更はままある事だった。つい最近の例で言えば、所属不明敵性宇宙艇の不審行動に関する情報が得られた時にも緊急でミーティングが開かれた。そこで不審行動──コロニー襲撃──の規模、警戒期間などの情報が通達・共有された訳だ。今回も多分そうだろう。
今は1220時。午前の通常訓練を熟した後、分隊の皆より少し遅れて食堂に入った私は昼食をプレートに盛り付けていく。最近は、特にこの四週間は栄養バランスに気をつけるようにしている。肉類は大好物なのだが少し控えめにし、パンやパスタ、ライスを多めにとる。あくまで多め、沢山じゃない。もちろんサラダ類もきっちりとる。チーズが無ければミルクを。まあ、軍の賄い自体、バランスを重視したメニューなのだが、更に自分に合わせて量を調整している訳だ。その為に週に一度、医療部で検査してもらっている位だ。医療部には手間を掛けさせてしまうが、こうして食事に気を付けるようになってからは身体の調子がいい。シミュレーターの成績も少しずつ良くなってきていた。
プレートを持って空いている席を探すと、第三分隊仲間が集まっている一画が目に止まったので、席の合間をすり抜けながら彼等の下へと進んでゆく。近付くにつれ、周囲のガヤガヤとした会話の合間から仲間の会話が聞こえてくるようになった。
「やっぱり蹴ると同時に身体を横へ倒すと、安定感とか跳んでいく方向の正確性がかなり増しますよね」
デイブが確認するように話していた。ああ、あの事か。思い当る節のある話に頷きながら彼の隣が空いているのを確認した私は「ここ、座らせてもらうよ」と背後から声を掛けた。
「ああ、サラか。どうぞ」
振り向いたデイブは声の主が私だと確認すると短く了解し、また会話に戻る。私はプレートを席の上へ載せ椅子に座った。
「あれで動き出しの衝撃は、まあ相変わらずですが、心構えができるしその分余裕ができて姿勢を安定させ易くなりました。そして、これが大事なんですが、蹴りの力が横へ、斜め上では無く、真横へ向くようになるんです」
同じ席の仲間たちも「そうだな」と相槌を打ったり無言で頷いたりしている。
「最初は、真横、真横って意識して蹴ってみたり、脚を広げるようにしてみたりしたんですけど……」
デイブの正面に座るキムが言いかけると、その隣りのヴェルが続ける。
「俺も試したけど、それはしっくりこなかった。しゃがむ様にしてから踏み出してみたり、蹴ると同時に浮き上がらないよう下向きにスラスター噴かしてみたりしたけど、身体を傾けるのが今の所一番しっくりくるな」
「そうなんですよ」
彼等の食事の進み具合を見て、私は暫くは会話を拾いながら黙々とナイフとフォークと動かす事に専念する。
料理を咀嚼しながら、彼等の経験談に自分のそれを重ね合わせていく。私も色々試してみたが、身体を進む方向に傾げながら蹴り出すのが一番単純でいて上下動の少ない動作だった。止まる時は進行方向とは逆に身体を倒し踏み足を出す。その他の、足を水平に動かす事に拘った思い付く限りのどの動きよりも、身体を倒す、というのが単純で効果的だったのだ。同時にその単純な動きが衝撃への備えとなる事に気付くと「これだ! これが、少くとも私に合うやり方だ!」、と内心で小躍りしたのだ。表情筋は一筋も動かさなかったが。あとで仲間に聞いてみると、やはり何人かは同じ感触を得ていたようだ。そして衝撃は相変らずきついが耐えられなくもない、というのも同じだった。
そう、備えができた事で衝撃への過剰な反応──力の入れ過ぎや余分な緊張──が少くなり、加減速による疲労が明らかに少くなったのだ。疲労が減れば当然、一回のシミュレーションの時間が増え、試行回数が増え、動きが無意識のレベルに昇格されていく。そうなれば更に複雑な行動のシミュレートができるようになり……という事で今では左右に加え前後の不規則移動もクリアしつつあり、上下方向も順調にレベルを上げていってる所だった。
「休憩時間にゆっくりとした運動をする事にしたのも、大きな効果の一つだな」
そうアダンが付け加えた。彼は既に食事を終えたらしく口元に近付けたカップから立ち上る湯気を見詰めていた。
「あれは、スポーツ選手のトレーニングメニューを参考にしたのでしたか」
ヴェルが思い出したように、アダンの発言に説明を加える。彼も丁度食事を終えたようだった。私は少しだけ食事を早めながら、でも早食いにならないようきっちり咀嚼しながら、彼等の話を聞く。
「確かダッシュを数分、大き目の動作でゆっくり走るのを数分、交互に繰り返すんですよね」
と言うキムのプレートも残り僅か。デイブは今急いで掻き込んでいる最中だ。しっかり噛まなきゃだめだろうと思いながら私もナイフとフォークを忙しなく動かす。
「ああ、理屈は何遍聞いても良く分からんが、そういうトレーニングをすると長く動けるようになるらしい。だったら通常訓練やシミュレーター訓練にそれを取り入れてみたらどうかと思ってやってみたんだが、思いの他上手くいったようだ」
緩急を付けた運動と乳酸のサイクルとやらが関係するらしい身体の仕組みが、運動時間を伸ばすらしい。らしいばかりで申し訳ない、が詳しい理屈はその内だれかが説明してくれるのを期待しよう。ただ、本当にこの方法を取り入れたお陰で、シミュレーター時間時間が一分に、1セットだったものが5セットにまで伸びたのは確かだ。
私は今次の課題を考えているところだった。瞬発的な運動と緩急を共なった運動、あるいは同等の効果のある運動、がシミュレーター内で行なえないか、と。それができれば、あの変則的な機動はもっと長く行えるようになる筈だ。
「話は変わりますけど、1300からのミーティングについて何か聞いてますでしょうか」
キムのやや不安そうな声に分隊員は沈黙した。私とデイブは、もう終わりそうではあるが、料理を咀嚼するのに忙しくて口を開くどころではなかったが。
私が料理を平らげ、ミルクで口直しするまでその沈黙は続いた。人の減った食堂内はざわめきも少なく私たちの沈黙は心無しか重さを増した。
「……まあ、皆同じ事を考えていると思うが……」
アダンがゆっくりと口を開く。まあ、そうだろうと思う。どう考えたって思い付くのはルスの機動宇宙服・ウラジコスモスの事だろう。最新の生産状況になるのか、そこから推測される配備・訓練状況なのか、あるいは次の襲撃時期についてなのか。そして私たちの今の訓練ペースでその襲撃に間に合うのか。いや最後のは、間に合わせなければいけないのでそれに合わせた新しい訓練内容・スケジュールが告げられるのか、と言い換えよう。その内のどれであったとしても…
「それは、今考えても仕方が無いと思う。もうあと十分で1300時だし、そろそろ会議室へ行こう」
と私は席を立ちながらプレートを持ち分隊員を見る。アダンが腕時計を見た。
「確かに時間だな」
彼の言葉を合図に分隊の皆が席を立つ。私たちはそれぞれにプレートを返却し食堂から会議室へと続く廊下を黙々と歩いた。皆はさっきのキムの質問について考えを巡らせているのだろうか。自分達の準備は間に合うのか、間に合わせる為に更にハードな内容の訓練が課されるのではないか、といったところか。だが、私はまったく気にしていなかった。
間に合うかどうかを心配するのは上の仕事であり、間に合うように訓練内容を考えるのもまた上の仕事だから、私が悩む余地など無い。私がやる可き事は、上が提示したオーダーを可能な限り早くクリアする事だけだ。それが達成されないときリスクは当然、上が負うものだ。
こう事を言うとお気楽な奴だとか責任感が無い奴だとか言われるので公言はしない。が、私は、当たり前だが自分お気楽だとも無責任だとも思わない。ただ私の果すべき責任範囲は、上が要求する任務を、たとえそれが無茶に思えるものだったとしても全力を尽して実行する事だと思っているだけだ。上はそれが遂行可能だと信頼して命令するのだし、それに応えるよう努める。任務遂行が失敗に終わった時の責任を取るのは当然上だ。なぜなら、それは上が私たちの実力を見誤ったからだし、その実力を私たちに身に付けさせる為の訓練メニュー作成を失敗したからだ。そこに私たちが積極的に関与する隙は無い。
ちょっと余計な事を語った感が無いでもないが、要するに先に待ち受ける心配よりも私は私が今できる最善の事を考えていたから無言だったのだ。私が考えていたのは、より俊敏に、より長く作戦を遂行するためには、どうすればよいのかという事だけだった。
廊下を歩き、会議室に入り、思い思いの席に着き、小隊長と迎撃隊隊長が入室するまで私はそれだけを考えていた。二人の上官の入室に即座に席を立ち直立不動の姿勢をとる。
「休め。座ってよし」
迎撃隊長が正面に立ちそう指示すると、第三小隊の三分隊十八名は揃った動きで一斉に席に着いた。私は背筋をピンと伸ばし迎撃隊長の口元に視線を合わせる。
「これからL5ルスの新装備、ウラジコスモスの配備状況とそれに基づく次の襲撃予想について説明する。先に言っておく。状況は未だ流動的ではあるが、八週間前の予想から一、二週前倒しになる可能性がでてきた。第三小隊長、詳細な説明を」
はっ、と歯切れの良い返事をした小隊長が迎撃隊長と入れ替わりに正面に立ち、私たちに向き直った。
「情報部のその後の調査により、L5の幾つかの工業コロニーへの資材の流通量を確認したところ……」
話を端折るとこういう事らしい。
地球からL5への流通だけではなく、L5の他のコロニーから工業コロニーへの様々な物資の流通が増大しているようだ。
そのため、ウラジコスモスの製造ラインの確立が予想より早く整備された可能性がある。
その影響は全てのスケジュールの前倒しとして現れ、その期間の見積は一乃至二週間になる。
アドヴァーサリ訓練の時点で十八週前後の襲撃と見積もられた予想が十六週前後にまで縮まる可能性がでてきた。
既にあれから八週間経過しているので、残る猶予は八週間を切っている。
だから、今日から訓練内容もそれに即したものへ変更する。具体的には可動可能な七機の新型で分隊毎の実地訓練に変更される。
皆、死力を尽して頑張れよ。
という事だった。
共食い製造での期間短縮。こんな事になるとは思ってはいなかったが有り得ない事ではないな、というのが正直な感想だ。逆に次の襲撃に失敗したら、いや例え成功したとしてもL5のコロニー群は一定期間以上かなり厳しい状況に置かれる可能性が高い。日常生活に使われる筈の資材が徴発されたという事は物資の欠乏に直結するからだ。二週間の短縮を果したという事は、それなりの物資が徴発された事だろう。それがどの位の期間に相当するのか、そして地球からの補給で今現在どれくらい補填され、完全回復する迄あとどれ位の期間が必要なのか。
私は自分の心配より、そっちのほうが心配になってしまった。自分の事は、とにかく全力を尽すしかないので気にしない。
「最後に一つ。この期間短縮により新型HMPSSの製造が必要数を揃えられなくなる見通しだ。従って一週間後の成績により成績の下の者は現行型HMPSSを使用し、宇宙艇拿捕の任務にあたってもらう。後三週間あればここに居る全員が新型運用に必要な技能を修得していただろう事に疑いは無い。だから現行型を割り当てられたからといって諸君らの評価が下る訳ではない事を付け足しておく。以上、何か質問は」
しわぶき一つしない沈黙が会議室内を埋めた。やがて私の前方で一つの手が上がる。
「第三分隊長。発言を許可する」
「新型HMPSSのフィッティングはどれ位で完了するでしょうか」
たしかに、それによって新型機を使用した訓練にかけられる期間が変わってくる。慣熟に掛けられる時間の多寡は迎撃の成功率に直結するからだ。
「諸君らのシミュレーター訓練時のデータおよび各担当整備士・オペレーターの協力により、カスタマイズおよびフィッティングの内容はほぼ固められている。選抜が終わり次第作業に入り選抜から一週間で専用機での実地訓練に入れる」
第二分隊長が続けて挙手した。
「兵装と補給はどうなってるでしょうか」
たしかに、それも重要だ。十分な補給が無ければ例え単体での性能がどれだけ優れていようと、ピストン輸送による波状攻撃を防ぎきれるものではない。
「兵装は現行のレーザー追尾型電撃系スタンと、もう一つ新規兵装が追加される。これはある種の銃器に相当すると考えて欲しい。また補給物資については新型一機に対し四回は再出撃可能な量だ」
どう考えれば良いのだろう。四回の補給でコロニーを迎撃から守る事ができるかどうか、判断がつかない。まあ、その補給量で全力を尽す事だけに集中しよう。
それより銃器型の新装備とは、反動はどうするのだろう。無反動の仕組みは取り入れてはいるだろうが、習熟にどれだけ時間がかかるだろうか。実際に使用するかどうかはそれ次第という事か。
他に質問もなく、最後に迎撃隊長の簡単な訓示を以って緊急ミーティングは終了した。ここで、第一分隊は出撃室へ、第二第三分隊はシミュレーターのある訓練室へと別行動をとる事になったのだが訓練室内にはポポフ女史はおらず、代わりにイサワ技師が私たちを迎えたのだった。
「ポポフさんは今、第三小隊第一分隊の教官を勤めていますので、今日は私が代理をさせていただきます。と言っても私に彼女のような指導はできませんので、皆さんには疲れない程度、身体を馴らす程度にシミュレーターを使って下さい。第一分隊の次は第二分隊の皆さんに、次に第三分隊をポポフさんが指導しますので、先に第二分隊の方からシミュレーター訓練をお願いします」
そう言う事であれば、と第二分隊が終了するまで時間を有効活用するため、訓練室の外周やあるいは外の廊下を使って、緩急をつけた走り込みを行う事にしたのだった。ダッシュの時は全力で走るが精々10秒まで。あとは全身を使ってゆったり数分走る。また全力で走って、今度は歩く。それを何回か繰り返しては休憩を入れ水分を補給してはまた走り……
そして2時間程過ぎた頃、呼び出しによって第二分隊が出撃室へ向うと私たちは交代でシミュレーターを使った訓練を始めた。自分の番が来た時は、食堂から会議室へ向う時考えていた事、より長時間、俊敏に動き続けるための方法を摸索した。といっても宇宙服の中で出きる動きなど殆ど無い。腕は動かせない。それは最初に言われた事だ。では脚は? 蹴り足の反対はどうだろう。膝を曲げる。腿を上げる。あとは? 首は……無理だろう。呼吸は? 腹で呼吸をしてみたら?
第三分隊に呼び出しがかかったのは何度かの試行錯誤をした後だった。全員で出撃室へ向かう。
出撃室に居たポポフ女史は、もう既に二度の訓練を熟したとは思えない程、普段通りの佇まいを見せていた。やはり彼女は化け物だ。そんな考えが過ったのを見抜いたのか、彼女は私を見てニッコリと笑う。恐しい笑みだ。
「これから皆さんには新型を装着して訓練を行なってもらいます。ハッチは一番左が私、あとは順に分隊長、アダン、ヴェル、キム、デイブ、サラので使用して下さい。新型それぞれに合わせて調整済みです。ここまでで質問は?……無いようなので、今日のメニューを伝えます。出撃後私を頂点とした六角錐を作って下さい。分隊長は私の後方上、アダンは分隊長の右下、あとはヴェル、キム、デイブ、サラの順です。その後帰投するまで私の動きについてきて下さい。以上です。いいですね?」
女史はそう私たちに告げたのだ。ニッコリと微笑んだままで。その様は笑顔の地獄の案内人のようにも、死者を導く戦乙女のようにも見えたのだった。




