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第四話 検討会

 分隊長を除く第三小隊第三分隊のメンバーが集められたその小会議室はしわぶき一つない重い静寂に沈んでいた。そっと顔を窺うがどのメンバーも疲労の色が濃い。眉間に皺を寄せ瞼を固く閉じたアダン。天井をじっと見つめ腕を組むヴェル。膝に両肘をつき両手で顔を覆うデイブ。俯き加減で視線をきょろきょろ揺らすキム。全員、今日の訓練の意味を考えているのだろう。そしてそれが今後どの様な形で自身に返ってくるのかも。かくゆう私も貧乏揺すりが止まらない。五人全員が極度の重圧に晒されていたのだった。

 小会議室の扉が開く。分隊長・リックが重い足取りで入室してきた。リックの頬は固く引き締められ目付きは普段以上に険しい。いつもなら険しいながらも分隊員への配慮を欠かさない分隊長だが、今はそんな余裕は無いようだ。

 私達は席を立ち直立の姿勢で分隊長を迎える。そのまま扉を閉め今日の訓練の反省と検討に入るかと思われた分隊長は、なぜか扉の向こうへ顔を向け、ひとつ頷いた。それに応えるように姿を現したのは、小型の端末を脇に抱えた一人の小柄な女性だった。私よりも背は低いようだ。

「失礼します」

 入室の際発したその女性の声はとても若々しいものだった。分隊長に案内され、私達の正面まで歩むその動作もキビキビして弾むかのようだ。しかし、よく見ると四肢や体幹の動きには無駄が無くシャープで、見た目の年齢以上の経験を積んでいるのでは、と疑いを起させる。不思議なひとだ、と思いながら二人が正面に立つのを待った。

「彼女は情報部所属の連絡員・ポポフ君だ。本日をもそうだが、迎撃隊へのアドヴァーサリ訓練内容についてのアドバイザーを勤めてもらった」

 小会議室の空気が動揺した、と感じたのは気のせいでは無いだろう。それは、こんな若い女性がアドバイザー? という疑いや戸惑いと、情報部が何かを掴んだからだったからだったのかという納得と、何をどのようにアドバイスしたのかという興味が交じったものだった。私自身がそういう心の揺れを覚えていたから他の分隊員も多分そうだろうと思う。

「まず、本日皆さんが体験された敵対行動をとるあの機体の機動性能ですが、ルス側が現在開発中の機動宇宙服について情報部が入手した資料を元に想定された動きを再現したものです」

 簡単な挨拶をした後、席に着いた私達にポポフ女史は、階級を告げられなかったので女史と呼ぶ事にするが、開口一番そう告げたのだ。背筋になにか恐しいものが這い寄る時の様な身震いが私を襲う。私以外の隊員達もそうだったのだろう、微かな、だが隠しようのない騒めきが起る。今の装備では対処不能の捕縛行動、いやもう戦闘と言ってしまおう、それが今後常態化するという。いや、たったの一度でもあれをくらえば、今の装備ではコロニー襲撃を防く事はできないのだ。恐怖や無力感に打ちのめされたとしても仕方が無い。

 だが、本当にそうなるのか? 情報部の資料とやらが間違ってるとは思わないが、あんな機動に耐えられる者が居るのか? いや、今日のあの動きを見せつけられれば、出きない事では無いのは確かか。しかし……とぐるぐる巡る思考に囚われる。

「ひとつ、質問よろしいでしょうか」

 声を上げたのはアダンだった。彼に目を遣ると、片目の瞼をピクピクさせながらもポポフ女史に視線を固定していた。彼女は「どうぞ」と続ける。

「今日のあの動きは、あまりにも不規則で大きく鋭いものでした。それはプラズマの偏向だけではとても得られないものです。しかも偏向推力だけでは考えられない前後への加減速まで行っています。どうやったらそんな事ができるのか。そんな兵器が、本当に開発されているのか……。いえ、実際今日自身で体感したからには開発はされているのでしょうが操縦適正を持つ人員数を考えると、現実的には……」

 不可能じゃないか、という言葉をアダンは飲み込んんだようだ。私もアダンの言う事に内心頷く。そんな現実はあって欲しくないという願望が彼の言葉を支持したがっていた。

 そんなアダンの発言にポポフ女史は、若干眉を下げ口の端を少しだけ上げる。

「その疑念はもっともです。ですので、何故あのような機動を想定したのか、その根拠となる資料を元に説明いたします」

 そう言って先程まで抱えていた、今は膝の上に置いてあるスレートタイプの端末を起動させる。端末に幾度か指を踊らせると、彼女の背後の壁面の一部がディスプレイに変わった。これはブリーフィングでの説明や、任務後の行動分析・検討に使用するための小会議室の標準装備のディスプレイだった。

 そこに一つの概念図が表示される。それは大まかに言って人型の機械装置だった。左前方からの図と右後方からの図が並んで描かれいた。一部が透視図となっていて、人が装着する事が想定されていた。腕部にも脚部にも装着者の腕や脚が実際に挿入されていて、それに沿うように複数の複雑に連結された支持棒が走っている。おそらくパワーアシスト用の構造材・骨格にあたるのだろう。頭部はバイザーなど無く、各種のセンサーの塊だ。肉眼での運用は考えられていない。腰部には三種、合計五個のリングを内蔵した、逆トルクを発生させる事で姿勢を安定させる反動制御装置が装備されている。

 そう、それは、もしかして等と言う迄もなく、HMPSSそのものだったのだ。全体的な意匠は異るが、それ以外は瓜二つだった。しかし……

「これは、情報部が入手した資料に含まれる設計図や仕様書を元に作成した、かの国軍の新兵器の概念図になります。一瞥して分かる通り、我が迎撃隊の運用するHMPSSとその構成が酷似しています。殆ど同じと言っていいでしょう。今迄の襲撃で拿捕を逃れた宇宙艇もある事ですから、この様に真似をされる事は想定の範囲内ですし、同種の物を設計しようとすれば細部はともかく大枠では同じような物なるでしょう。ですが、お気付きの通り最大の相違点が一つあります」

 惟一最大の違いはエンジンの配置だ。背面装着式のそのエンジン部は両肩と腰の左右へと拡張されていた。宇宙服への影響が出ない様に、右肩なら前後と上、右向きのノズルを持つ様に、全部で16個追加されたそのノズルの目的は明らかだ。姿勢を維持したままでの方向転換、だ。それだけではない。素早い姿勢制御も可能になるだろう。これがあれば反動制御装置が要らないのでは、と思わせてしまう。あくまでエンジン出力次第でわあるのだが。

「この拡張されたエンジンの推力はどの位でしょうか。例えば速度ゼロから背面のエンジンで加速した後、前方を向いている四つのノズルで速度ゼロまで減速した場合の時間比はどの位になるのでしょう」

 ヴェルの質問だった。確かにそれも気になる性能だ。

「使用素材やそれぞれの拡張エンジンの構造と使用できる燃料搭載量、これは寸法から算定されたものですが、そこからの推定ですが今の質問のケースですと加速1に対し減速4の時間比になります。背面で一秒加速したら前向きに四秒です。これは後方を向いている拡張エンジンを加速に使用しなかった場合の数字になります。また拡張エンジンは、設計図や仕様書からどれも同じ推力を持つと断定して良いと考えます」

 ポポフ女史の回頭を聞いたヴェルは、いや彼以外の私を含めた分隊員も、あきらかに顔色を悪くした。姿勢を維持したまま現実的な時間でコロニーに接近するその兵器を想像したからだろう。私は確実にそれが実現した光景を想像してしまった。

「……拡張部分の姿勢制御への応用はどうなってるでしょう。特にヨー、ピッチ、ロールについてですが……」

 擦れたような声は、私のものだ。

「不可能では無いでしょう。ただ次の理由から多用はされないと想定されます。まず、該当エンジンは、出力調整は効きますが、それでも出力が大き過ぎます。大雑把な調整には使用できますが、繊細さが要求される姿勢制御には不向きです。今言われた回転に関する姿勢制御は繊細で高精度な変更が要求されるので、大部分の目的のために拡張部分が使用される事は無いでしょう。もう一つ、それこそ出力の問題なのですが、それ程の急激な回転制御に、人間の三半規管が耐えられるとは思えないという理由により多用される事は無いと思います。フィギュアスケートの五回転ジャンプや、スピンなんて目じゃない程の急激な回転を真面に喰らいますから」

「ありがとうございます」と言う声に安堵の色が交じるのを抑えきれるものではなかった。だからといって状況は一つも改善している訳では無いのだが。相変わらず彼我の宇宙服の性能差は比べるのも烏滸がましい程だったし、それに対応する為の戦術も何も思い浮ばなかったからだ。

 その後も幾つかの質問が出たが、最後を締め括ったのはキムの一言だった。

「我々迎撃兵は、現有戦力で対抗できると思われますか? 正直な意見を頂ければ有り難いです」

 ポポフ女史は若干視線を落す。

「現有戦力では、不可能です。それが情報部ならびに参謀本部・技術部の出した結論です」

 さもありなん、と思う。そもそもHMPSSの運用思想は相手宇宙艇のピストン輸送を阻止する事にある。兵力の大量投入を防ぐと言っても良いだろう。だから宇宙艇との追い掛けっこは得意だが、艇から放出された宇宙服・機動兵器については既存の、機動性の無いものしか想定されていない。その機動兵器がHMPSS並どころかそれ以上の働きを見せるとなると、全く太刀打ちできないのだ。それが今ここに居る分隊員達が感じている、そして全ての迎撃兵達が感じたであろう恐怖と無力感の源泉だ。自分は役立たずになってしまった、それが皆の思いだろう。

「そんなに悲観する事でも無いですよ。皆さんが今日相手にされたあの機体、敵機動兵器をかなり正確にシミュレートした筈です。それは情報部の一員として自信を持って言えます。ならば、あの機体はどこから調達したと思いますか?」

 そうだ。悲観的な話題ばかりだったから、つい忘れ勝ちになるが、あの機体は一体、どこからどうやってあの場に現れたというのか。

「ちなみに、ですが、今見せて頂いた資料を元に製造したコピー品とか一点物とか言う訳ではないんですよね?」

 デイブの遠慮勝ちな質問がとぶ。それに答えるポポフ女史の顔には一点の曇りもなかった。

「勿論、違います。エウロパ条約機構軍上層部も、計画の中心となるグラショウ月面基地司令も、そしてHMPSS開発の主軸となる開発企業も、こんにちある事を想定して開発計画を進めてきました。今日皆さんに体験して頂いたあの機体は、エウロパ条約機構軍宇宙軍迎撃隊が今後運用する事になる機動兵器の量産前最終試作機となります。皆さん、対抗手段は既にあります。あとは皆さんが慣熟され、それに適した戦術身に付ける事が重要課題です。今回のアドヴァーサリ訓練はそれを自覚して頂く為に実施されました」

 そういう事だったのか。だとすると……

「あの、未舗装の、砂利道どころか岩や倒木だらけの、凸凹というも烏滸がましい道なき道をフルスロットルで疾走する、無茶苦茶な機動訓練、が始まる、という認識で、間違いない、でしょうか……」

 その酷く擦れた声は誰の声かと思ったら、途切れ途切れの自分の声だった事に漸く気づいた私に、ポポフ女史は我が意を得たりとばかりの眩しい笑顔を向けてきたのだ。

「はい、まさにその通りです。先程、あの機動に対する適正を疑問視された方も居ましたが、問題ありません。皆さん、必ず身に付けられます。何故なら、今日皆さんのお相手をしたのが私だからです。こんなちんちくりんな私でも出きたんですから、皆さんなら全く問題無いはずですよ」

 はぁっ? 情報部の連絡員があの動きをしたって……どういう事だ? 今日一番の爆弾発言に、私の思考は一切停止してしまった。そんなこちらの事情に斟酌する事はくポポフ女史は言葉を続ける。

「今お見せしたルスの機動兵器については今後、あちらのコードネーム・ウラジコスモスで呼ぶ事としますね。今日はこの後、ウラジコスモス初見の皆さんの対応記録を分析・検討していきましょう」

「その前に、一つよろしいかポポフ君」

 分隊長の、一言が小会議室に響いく。ポポフ女史が分隊長へと顔を向け、頷く。

「ウラジコスモスとこちら新型機動の現在の開発状況を教えて欲しい」

 そうですね、それを先に説明すべきでした。と答えたポポフ女史は再び私達へ向き直る。

「まずウラジコスモスは開発の最終段階を終え、量産に向けたラインを構築中との情報を得ています。運用に耐えられそうな機体は量産試作型を含め、四機と推定されます。ラインが完成し、コロニー制圧に必要とされる量産機96機が揃うのに早くて四ヶ月はかかる見通しです。生産だけではなく、整備や治具の準備、それぞれの習熟に費される時間が、おそらくそれ位だろうというのが理由です。対して我が方の新型HMPSS、型番011は量産試作を終えたばかりですが、その性能試験についてはここ数日のアドヴァーサリ訓練で実証されたと言えます。そして生産については既存ラインの幾つかのを部分改修する事で対応可能な事、整備・治具等に関しても極端に大きな変更が無い事もあって、大きな問題さえ見付からなければ、三ヶ月後には現在の迎撃隊の隊員皆さんに新型機が配備されます。また、運用に耐えられる機体は現時点で七機確保できます。つまり一分隊プラス一機用意できるという事です。したがって分隊単位であれば、毎日でわありませんが、四ヶ月の訓練期間が設けられる、という事です。これで宜しいでしょうか。リック分隊長」

 最後の言葉を分隊長に向けたポポフ女史のその説明は、どれ位の時間を訓練に費せるのか、という彼の言外の意図をがっちり掴んだものだった。分隊長自身は既に聞いてはいたのだろうが、それをポポフ女史の口から私達に聞かせる事で私達の彼女への信頼醸成の一助にしようという、分隊長の気配りに感謝した。

「ちなみに、訓練の教官というか指導役というのは……」

「私です。訓練時のみではありますが、隊長を含め分隊員は私の指示に従って頂く事になりますが宜しいでしょうか、リック分隊長」

「年齢・階級関係無く、エキスパートの意見には耳を傾ける様にしているので、全く問題無い」

 キムの、ある意味失礼な、だが現場の人間としては絶対外せない質問にポポフ女史は秒の間も置かずに即答する。だけでなく、訓練中は自分が最上位の立場に立つ事を皆にしらしめるそのやり方に舌を巻いく。これで訓練中は何があっても彼女の指示に従わなければならなくなったのだ。そしてそれは、たとえ分隊長であっても、仲間内の甘えは一切許されないという事を僅かな遣り取りで示したのだ。

 見た目より老練なそのやり口に、私はどんな経歴を辿ったらそんな事ができるのだろうという、諦めと憧れを同時に抱いたのだった。


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