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第二話 私の立ち位置

「結局第二陣、来なかったわね」

 ケルン・コロニーの駐屯地へ帰投し、兵舎の食堂で休憩を入れていた私に背後から声が掛けられる。その声は先程まで共に警戒任務に当たっていたキム・アラヤのものだった。

 これまでは然程時間を置くことなく第二陣の襲撃があった。第一陣迎撃にあたった隊はその場で警戒待機し次の襲撃を阻止・拿捕……できればいいが、大抵は最初の襲撃に対応するため色々消耗しているので、コロニーからの第二波が来るまでの足止めが主任務となる。第二波と交代したら急いで帰還、再出撃に向けて消耗品の補給を行い第三陣あるいは第四陣を迎撃するための待機に入る。だが、それが今日は無かった。

「そうだな。あちらに何かトラブルでもあったのかもな」

 そんな訳は無い。宇宙兵の一人ふたり、宇宙艇の一艇程度のトラブルはあるかもしれないが、他は戦力として生きているのだからそれを投入しない筈が無い。そう考えているので自分の言葉ながらとても素気なかった。

 もっと真面目に考えてと叱られるかと思ったキムの次の言葉は、だが別の意味でのお叱りだった。

「もう。いつも言ってるでしょう。女性らしい言葉遣いをしなさいって。いくら男所帯の組織だからって、それに合わせる必要はないでしょう。せっかく綺麗な顔立ちをしてるんだからもったいないわよ。まあ絶世のとまでは言わないけど……」

 最後の一言は余計だよ、キム。

 そう言うキムは、まあこういう組織だから短髪なのは仕方ないとしても、それなりに手入れを怠っていないだろう艶々の髪に任務が終わったからだろう自然に見えるメイクが施された顔、薄く紅がひかれた唇と自分が女性である事を主張していた。

 ひるがえって私はというと。洗い晒しのぼさぼさの髪に化粧気の無い顔、乱雑な言葉遣い。女性という言葉の一欠片もない出で立ちだ。まあ、それなりの凹凸はあるので、男に見間違われる事は無いだろうが女性として扱われる事は、まず無いだろうと自覚している。

「ほっといてくれ。それより今回の迎撃だが、むこうさん、やけに無抵抗だったと思わないか? いつもなら、もっとこう、何らかのあがきがあったと思うんだが今回はそれも無かったよな?」

 キムの説教が長くなってはたまらないとばかりに前に話を元に戻すべく、今回の違和感を述べてみた。そう今回の襲撃は異例な事が多かったのだ。第二陣が無かった事もそうだし、宇宙艇からの反撃が一切無かった事もそうだった。第一・第二分隊の連中にも聞いてみたが、彼等が捕縛した宇宙兵も本格的な抵抗はしなかったようだ。妙に静かな襲撃だった。

「そうなのよ。あたしも第一のジェーンとかオルガに聞いてみたけれど、今回の所属不明の船外活動者はやけに大人しかったと言ってたわ。まるで襲撃を装ったべつの何かみたい」

 キムの眉根にしわがよる。女性らしさが台無しだぞ、と茶々を入れたくなったが何とか堪える。彼女のお小言は一旦開放されると無限とも思える時間続くから、それは成る可く避けたい。

「今回は目的が違うんじゃないのか? コロニー襲撃はあくまで見せ掛けで、何か違う事をしていた、とか? ま、その辺は分隊長も小隊長も分かってるとは思うけどな」

 そして、下っ端の私がいくら考えたってどうこうできる問題じゃない、という逃げ道を提示する事で会話を打ち切ろうとした。実際のところ意見を求められてる訳じゃないから、自分の考えを言う必要も無いのだ。軍とはそういう所だ。考えるのは上に立つ者の仕事で、私のような下っ端は上の考えを忠実に実行するだけだ。良し悪しを自分で考えれば、その責任は自分で背負わないといけない。私にはその信念も覚悟も、無い。上の命令で行なった事で断罪されたら、まあ不運だったな、泥舟に突き合わされてご苦労さん、と自嘲するしかない。それが、軍に入るときに決めた、私の唯一の覚悟だった。

「もう。だからといって考えるのを止めたら、ただの戦闘機械と何が違うと言うの!? わたし達は経験者として常にその経験とそれに基く考えを組織にフィードバックすべきじゃない!?」

 うん、普通の会社組織とかだったらそれもありだ。けど、ここは軍隊組織。上意下達が基本で、求められていない意見を具申する事は反抗と捉えられても仕方が無い。

 まあ、今回の襲撃について個人的な意見としては、情報収集、それもHMPSSのかなり詳細な性能情報の収集が目的かな? と思わないでもない。が、私が考える事くらい上が考えない訳が無いのだ。そうで無かったら泥舟だったか、と諦めるしか無い。だから聞かれない限り私は自分の考えを述べる事は無い。

 けど、それを今キムに言うのも場違いだろう。だから私は宥めるようにキムの肩を叩きながらこう言うしか無かった。

「まあまあ、落ち着いてキム。私だった色々考えない訳じゃない。ただ、それを先入観にしたくはないし、ましてやそれで仲間の足を引っ張るような事はしたく無いんだ。それだけは分かってくれ」

 興奮に若干頬を赤く染めたキムも少しは冷静になったのだろう、私の言い分を少しは聞いてくれたようだ。深呼吸を繰り返し落ち着いてきたキムは、今度は最前までの自分を少し恥じたのだろう。別の意味で頬を赤く染めながら謝罪してきた。それもちょっとした言い訳付きで。

「ごめん……ちょっと興奮しすぎたみたい。でも、サラがあまりにも自分を粗末にしているみたいに感じられて……それが悔しくて……哀しくて、つい……」

 こういう、何て言っていいか分からないが、女性っぽさ? が私は苦手なのだろう。だが、それをストレートに言ってしまうとキムの興奮が再燃してしまうので、彼女を退却させる言葉を、探し探し伝えた。

「私の考える事くらい既に考慮している……という上層部への信頼だと思って欲しい。そういう信頼関係? が、こういう組織には……必要だろう? 今日はもう休んだらいいよ。何なら……明日は非番だから、分隊の連中と……酒盛りに行っても良いし……」

 キムはうんうんと頷き、食堂を出て行った。私の前で激情を晒してしまった事が余程恥しかったようだ。その歩みは異常な程素早かった。

 ふー、と息とついた私はキムの言葉を思いだした。自分を粗末にしている。自分ではそう思わないが、はたからはそう見えるのか。私は自分を粗末にしているとは思ってない。が、自分を第一にしている訳でもない。それがキムには粗末にしているように見えたのだろうか。だが、自分を第一にする理由を私は今迄見付けられなかったのだ。

 私は身体を動かす事が好きだった。だから色んなスポーツをやってみた。だが、そこで分かるのは……私は普通よりはちょっと上手くできるだけで、その道の一番どころか10番以内にも入れない、普通の人なんだという事だった。球技でも格闘技でも、そこそこまではいける。だがレギュラーにはなれない。エレメンタリースクールからハイスクールまで、それは変わらなかった。頭も悪いとは思わない。事実、成績は学年の上位20%以内には居た。けど、トップ10に入る事は一度として無かった。

 私は、ちょっと出来のいい、けど普通の人だったのだ。そんな私を両親はくさす事も無かったが、褒める事も励ます事も、慰める事も無かった。

 そんな挫折とも言えない挫折をハイティーンになるまで繰り返した私は、嗚呼、自分はちょっとだけ優秀な、でもただのモブなんだ、と悟ってしまった。

 自分が主役になる事は決して無い。誰かの物語の端っこにちょっとだけ顔をのぞかせる、ちょっとだけ優秀で、でも名前の出る事はない、ただのモブ。

 ハイスクール卒業後の進路に迷った私は、進学するより自分の好きな、身体の動かせる職業に就こと思った。けど、ぱっと思い付いた建設業も土木業も、今や専用のロボットが労働力の主役であり、私の思ったものとは違っていた。そこで必要とされる能力は身体を動かすよりもロボットをオペレートする事への適正だった。更に言えばそのオペレーションさえ機械学習により最適化されているため、条件付けを的確に熟せる能力が必要なのだった。

 学生課で求人情報を漁っていた私がエウロパ条約機構軍の募集を見付けたのは、偶然だった。何故今迄見過ごしていたのだろう。ここなら思い切り身体を動かせるし、特別な能力も必要ない。あー、それは言い過ぎか。軍が要求する能力を示せばいい、と言い換えよう。それなら私にも出来そうだ。その程度なら特別優れていなくても熟せそうだ、と思った。そう、思ってしまったのだ。天職じゃないかもしれない、けど、私でも出来そうだ、と。だからその場で入隊試験? の申し込みをしてしまったのだ。

 一応、両親には相談という名の報告をした。今迄褒める事も励ます事も、ましてや叱咤する事も無かった両親だ。

「あら、そうなのね」

「好きにしなさい」

 そう言われると思った両親の反応は、しかし外れていた。

「女の子がなんで!」

「進学しても問題無いなんだぞ! というか当然、進学するものだと思ってた!」

 訳が分からない。今迄、私が散々悩んでいた時、無関心だった両親だ。私が決めた事に反対するとは全く思ってなかった。

「あー、そう言われるとは思ってなかったな……」

 困惑気味に答える私に両親は絶句した。その様子に私の方が絶句した。

 なんなの?

 結局、私は私の希望を押し通した。そして筆記試験も、身体能力試験も無事? パスし、入隊してしまったのだ。入隊のため家を出る時に見た両親の涙に、罪悪感を覚えなかったとは言わない。言わないが、だったらどうしたら良かったのか、と問うても答えは見つからなかった。適当に進学し、適当に卒業し、適当に就職し、適当に結婚する。できない事は無いだろう。だが、やりたい人生では無い。という意思を、両親に向けたのが最後だった。以降彼等には会ってない。親不孝で御免、とは思うが、こういう風にしか生きられなくした責任の半分は両親だ、と思う事にしている。でないとやってられないから。

 軍に入ってからは、教練・学習・教練・学習……の無限連鎖だった。けど嫌じゃなかった。キツいことはキツいし教官を呪わなかった事が無いとは言わない。言葉にはしなかったけど、キツいと思わない日は一日として無かったし、クタばれ教官と思わない日も一日として無かった。けど、一番じゃなくてもいい。あいつらが求めるものを満せばそれでいい、と思えば気が楽だった。そうしていれば、多少は優秀な私のことだ、なんとかやっていけるだろう。配属された後も大過無く過せたし。

 あー、つまらない話を長々としてしまっただろうか。申し訳無い。今迄の事は繰り言として聞き流してもらえると有り難い。キムのせいで、ちょっとセンチになったようだ。こんな時は、シャワーでも浴びてさっさと寝るに限る。明日は非番だし、ナイトキャップでも呷って酔い潰れようじゃないか。

 と思って自室に引き上げたが、そしてシャワーを浴び、琥珀色の、度数の高いアルコール飲料をグラスに何杯傾けても、眠けが私を襲う事は無かった。やはりひっかかるのだ。あのやる気の無い襲撃が。あれは見定める者の雰囲気では無かったか? 宇宙兵達は闇雲に反撃するのでは無く、我々の戦術を、そしてHMPSSの性能を見極める行動をとっていたのではないか? 拿捕された宇宙艇だって、その最終速度はバラバラだったのでは無いのか?

 何故? 何故?

 幾つもの疑問が私を酩酊に誘う事を拒んでいた。

 私は中途半端に頭が良い。だから幾つもの疑問を思い浮べる事はできる。けど、その答えを自分から見付ける事ができない。何故なら中途半端だったから。

 クソっ。一兵士として指示に忠実な、それ以外は考える脳味噌が無かったら良かったのに。下手に頭が回るからいらない懊悩に疲弊する。あれは、今の我々には対抗できない兵器のシミュレーション用データの取得が目的だったのでは? 泥の中から浮び上がる想念の泡が一つ、型となって現れる。だからどうした。上は、そんな事くらいお見通しだろうが! じゃなかったら……私は、死ぬだけだ……それでいい。

 更に度数の高い、透明なアルコール飲料を喉に流し込み、無理矢理にでも意識を失わせようとしたが、強固な私の疑念は朝を迎えるまでそれを許さなかったのだった。


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