第一話 迎撃任務
通称棺桶。そう呼ばれる装置の中に、今私は囚われていた。
HMPSS009。それがこの装置の正式名称だけれど、一度でもこれを使用した事がある者は誰もそんな名前では呼ばない。隊長クラスであっても、公式の場は別として、その事情は変わらない。なぜ棺桶なのかというと……
とその前に簡単に自己紹介しておこう。
私はサラ・ジェーン。職業はエウロパ条約機構軍宇宙軍の一兵卒。以上、というのも簡単すぎるのでもう少し詳しくいうと、ラグランジュ4にあるケルン・コロニー駐屯地にある部隊に属する最下級の兵士で、普段の任務はコロニー周辺のデブリ掃除。この辺りは重力ポテンシャル的な平衡点になるので、色々なものが溜りやすい。それらがコロニーや宇宙艇に悪さをしないように定期的に掃除する、というのが表向きの話。実際のところは、周辺宙域の哨戒、所属不明の領宙侵犯者への対応が本当の任務。デブリ掃除はあくまでついで、だ。所属不明とは言っているが、ラグランジュ5のルス条約機構軍であるのは誰でも知っている事で、政治的配慮というやつだ。そして今現在、私はその所属不明の侵犯者への緊急対応のため棺桶の中で待機しているのだが……
少しばかりこの棺桶の機能を説明すると、外見的には少しデカい宇宙服。ただ背中には毎秒重力加速度の3倍以上の推力を発生するプラズマエンジンを背負い、太陽風程度の高速粒子から身を守るだけの装甲を纏い、そんな重装備を動かす為のパワーアシスト骨格が内蔵された、人力だけでは1ミリも動かすことができない宇宙服。じゃあどうやって動くのかというと、宇宙服内にびっしりと敷き詰められた受信センサーと装着者に埋め込まれた筋電流や神経電流の変異を送信するチップが連携して、装着者の動きを宇宙服の動作に反映させるのだ。そして視覚に関しては逆の働きをする。哨戒や緊急対応中は宇宙服に搭載された高密度高容量のバッテリーで駆動するのだが、せいぜい1万秒程度、3時間くらいしか保たない。任務のためにバッテリーは温存しておきたい。では、待機中はどうするのか。外部電源に頼るのだ。それも宇宙服の最低限の機能を維持する程度の電力を供給するためだけだ。その最低限に、視覚反映も、動作反映も含まれてはいない。つまり、待機中は真っ暗闇の中1ミリたりとも身体を動かすことはできない、という事だ。これが棺桶の由来だ。
棺桶のほうがまだましかも知れない、そう思ったあなたは多分まともな神経の持ち主だ。実際の棺桶に閉じ込められた事はないが、この棺桶は不自由度の点で比較すべきものは無いと思う。彼岸と此岸、どちら寄りかといえば、確実に彼岸寄りだと思う。
ビー、ビー
そろそろ出撃のようだ。説明し足りない所もあるが、それは後程時間のある時にしよう。
『所属不明機、コロニー近傍に出現を確認。待機中の迎撃隊は直ちに発進せよ』
『第三小隊、西側の所属不明機を拿捕する』
コロニーの進行方向、地球の北側から見て反時計回りの方向、を東、逆を西と呼ぶのは慣習だ。ラグランジュ4コロニーの軌道を西回りに辿れば月に到達する、と言えば分かる人には分かってもらえるだろうか。どうやら私は西側へ出向くようだ。
『第三分隊、第一第二分隊の捕縛任務支援後、所属不明機の拿捕に向う』
そして宇宙艇の拿捕が今回の任務。捕縛任務支援については、その時になったら説明しよう。あるいは実況になるかもしれないが。拿捕任務はさらにその後で。
『第一第二分隊、加速器の衝撃に備え……3、2、1、発進』
『第三分隊、加速器の衝撃に備え……』
やっと視界が回復した。外部電源が外された棺桶は──ここからは宇宙服と呼ぼう──宇宙服は自身の電源により本来の機能を回復したのだ。この視界も色々な機能を持っているのだけれど、それも後で説明(実況)する事があるだろう。今はそんな時間は無い。
『3、2、1、発進』
私の宇宙服を載せた架台が、電磁加速装置によって加速される。徐々に加速、なんて親切な扱いはされない。いきなり最大加速度で動き出した架台に乗った宇宙服の装着者は、背面全体をハンマーで叩かれたような衝撃に晒されるのだ。この衝撃に耐えられない者は部隊に存在しない。それがここに配属されるための資格の一つだからだ。その加速の凄まじさは、真正面の一点を除いて視界に映る全ての光景が流れ溶けて見える、と言えば想像できるだろうか。あるいは、フォーミュラ1ドライバーが長いストレートを駆る時の視界の、さらに数倍凄いやつ、で分かってくれる人もいるかもしれない。
加速される事数秒。
背中を押し付ける力から開放され、視界は瞬く事もない、流れもしない星空で満たされた。加速器の暴力から開放されたのだ。私はバカでかいグローブの中の左手の指を、あるパターンで動かす。即座に視界の一部が背後の光景に切り替わった。そこには今私を放出した加速器の出口が、そしてそれが設置されているケルン・コロニーが物凄い勢いで縮小していく様が映し出されていた。それを確認した私は、左手指を別のパターンで動かし消す。この間、グローブの指は全く動いてはいない。グローブとは言いながら実際には義手のようなもので、実際の手はグローブの手甲部分に収まっている。連動を指示しない限りグローブの手指が動くことは無い。装着者の思考を捉える装置が開発されたら考えるだけで良いので楽になる、という同僚も居る。だが私は、訓練で鍛えられた反射で操作できる今のやり方の方が性にあってる。まあ、その辺は人それぞれだ。
『第三分隊、姿勢制御。ヨー・プラス60、ピッチ・プラス10、ロール・0』
指を動かし視界に方位スケールを表示させ、身体を右に捻る。と、その動きを読み取った宇宙服が、腰を取り巻くリングを反時計方向に動かし、その反動で宇宙服全体が私の動きをトレースするように姿勢を変える。スケールで方向を確認し、指示通り60の位置で宇宙服の姿勢が停止するよう身体を動かすとリングの動きが緩やかになり、停止した。真正面には半月状の月が見えた。スケールはプラス60ぴったりだ。次に仰け反るようにする。今度は腰の左右に装着されたリングが前転する様に回り出し宇宙服全体は逆向きに動き出す。それも指示通りプラス10で停止させ、完了の報告を分隊長へ送信した。
『第三分隊、コロニーからの距離5000でプラズマエンジンを最大推力で点火する。点火5秒前』
点火シーケンスを指で入力する。視界には燃料のプラズマ化システムの状態、プラズマ加速室の状態、放熱システムの状態、流量計、加速計などの情報が映し出される。この段階で異常が見付かれば離脱を宣言しなければいけないが、今回は全て問題無かった。
『……3、2、1、点火』
宇宙服に点火を指示した私は直後再び背中を叩き付けられた。背後の様子はもう何度も体験したから視界には映さない。そこには、数キロメートルに及ぶ長大なプラズマの噴流があるだけだ。最初はその長大な光の柱に神々しさと畏怖を覚えたが、今では只のルーチンでしか無い。どんな偉大な物でも度を過ぎれば慣れてしまうのだ。奇跡はまれだから価値がある。
この点火がコロニーから距離をおいて行われるのは、プラズマ噴流が太陽風並の影響力を持つからだ。コロニー自体は地球と同じような磁場を発生させ、太陽風の影響を防いではいるが、だからといってそれに甘える訳にはいかない。
勿論プラズマ噴流の影響はコロニーだけに及ぶ筈がない。同時に出撃した他の兵にも及ぶのだ。宇宙服には相応の対策が施されてはいるが、それだって万全では無い。コロニーのような磁場による遮蔽が無い分その影響は深刻だ。だから位置取りには気を遣う。そのため第一・第二分隊が先に出撃したのだし、コロニーの正面および東側へ向う他の分隊へプラズマ噴流が直撃しないよう噴射方向(ヨー、ピッチ)が設定されているのだ。
『第三分隊、プラズマエンジン停止5秒前……3、2、1、停止。続けて姿勢制御。ヨー・マイナス28』
私の身体に染み込んだ反射がプラズマエンジンを停止させた。確認後、身体を左に捻る。60度の角度でプラズマエンジンを噴かした宇宙服はカーブを描きながら西方向へ旋回した。だがエンジンを停止した時点での進行方向と身体の向きは、当然ながらずれている。その身体の向きを進行方向へと修正するのが最後の姿勢制御指示だ。
姿勢制御を終えた私の目には光学レンズとアンテナが捉えた光景が、内蔵コンピュータによって解析された敵味方識別マーカーと合成されて映し出されていた。先行する第一・第二部隊を示す緑色のマーカーが十二。橙色のマーカー二十四は識別不明の宇宙服。そして識別不明の宇宙艇を示す赤色のマーカーが四。いつも通りの規模に少しだけ安堵する。
『第三分隊、第一・第二分隊の捕縛支援開始』
所属不明の宇宙服達を捕縛するため第一・第二分隊の連中は減速を開始し、彼等の速度に合わせなければならない。この棺桶、失礼、宇宙服でどうやってやるかというと、相手に背を向けてプラズマエンジンを噴かすのだ。彼等の背後に回ってから減速すればいいじゃない。と、最初の頃は私も思った。だが、それだと追い越し減速し、また相手に近付くために加速しまた減速し……燃料を余計に使う。それに対し宇宙服の搭載する燃料は100キロ。時間にして一万秒程度しかない。だから、最初から危険を承知で相手に背を向ける。その間の援護が捕縛支援で、これから私が行う任務となる。
具体的には肩に載っかるレーザーの照準を橙色のマーカーに合わせるだけだ。レーザー自体は比較的低照度のもので、同じ場所を何分も晒されなければ少し温度が上る程度の出力に過ぎない。これには威嚇の意味もあるが、単なる脅しと無視すると痛い目にあう。何故ならレーザーの反射光を追尾する有線式スタン弾──電撃タイプ──が彼等を襲うからだ。だから相手は宇宙服の一部が不自然に温められたら、回避行動に移らないといけないのだ。
割り当てられた橙色のマーカに向けて、私は十秒単位でレーザーを照射していく。当てられた方は数秒で温度変化に気付き回避行動に移っていった。第一・第二分隊が減速を終えた頃、私を含む第三分隊は彼等とすれ違うように追い越していく。捕縛支援はこれで終了。これからが第三部隊の本番。
『第三分隊、宇宙艇の拿捕に向う。キムは警戒、サラは援護。他は一人一艇捕獲せよ』
了解のサインを送り、赤色のマーカと合流する軌道を表示させる。マーカ横に表示される彼我の距離が刻一刻と変動していた。識別不明の宇宙艇は既に離脱加速を開始していたようだ。合流軌道に乗せるように、身体を左に捻り、状態を屈め、背中のエンジンを噴かす。全身を打つ衝撃に耐えながら、右上に見える赤いマーカと予想合流点へと続く白線を見据える。赤いマーカとの距離が少しずつ縮まっていく。
宇宙艇のエンジンの方が推力は大きい。がその分重い。軽い分こちらが速く動けそうだけど、宇宙服程度の大きさに積める燃料は高がしれている。その分噴射速度を高めて推力を稼いではいるが、まあとんとん、といった所だろう。若干こちらが速いかなという程度か。ただこちらは宇宙艇よりは長い時間加速できるので最終的には追い付く。だからといって時間的な余裕は、実はそれ程無い。
相手の宇宙艇は、こちらのコロニーから一定の相対速度を稼いだ時点でラグランジュ5へ空間転移してしまうからだ。逃してしまえば、あちらで補給を受けた宇宙艇が、第三陣とか第四陣となってまた襲撃してくる訳で。それを繰り返されたら、人員的にも精神的にもアウトだから、今ここで宇宙艇は全て拿捕しなくちゃならない。
という訳で。目の前の、マーカに頼らなくても視認できる距離に近付いてきた宇宙艇への最短軌道を辿りつつ、次の指示を待っていた。
『キム。速度差0で宇宙艇を追走。他の者は右から順に一人一艇で拿捕に向かえ』
警戒任務のキムとはここで暫しのお別れ。彼女は運が良ければ後で会える。悪ければ……この宇宙服が本当の棺桶になるだけだ。
『サラ。宇宙艇の貨物室扉を狙える位置で併走。急げ』
基本、迎撃要員を出すとしても、船外作業員を出すには貨物室の扉を開けざるをえないから。宇宙艇はこちらにとって都合良く横一列に並んでいた。ただし、その方向は私から見て左下から右上に並んでた。上体を少し左に倒す。腹の前後のリングが回転し、停止し、私の視野に移る宇宙艇は横一列に並んだ。少しだけ上体を仰け反らせ、貨物室扉の上へと宇宙服を進める。プラズマエンジンによる減速は必要ない。ここまでで、速度差はほとんど0になっているからだ。最終的な位置合わせには両肩と腰の後ろから四方に突き出た窒素ガスによる姿勢制御スラスターで十分間に合う。コロニーとの相対速度を確認すると未だ少しの余裕はありそうだ。
私は位置に着いた事を報告すると、四艇を巡回する様にレーザーの照準ルーチンを定めた。そしてスタン弾の発射器を真下に向けるよう構える。宇宙艇の加速はまだ止まってはいない。だから、プラズマエンジンの出力は宇宙艇と併走するよう調整する。右肩のレーザー照準器はその向きを私の真下に変えていた。
分隊長を含めた四名の分隊員が、一人一艇接近していくのが私の視野下方に映る。彼等の接近に油断は無く、丁寧に素早く貨物室扉に取り付いた。そしてグローブのマニピュレータを器用に動かし、外部から貨物室扉を開くためのノッチを操作した。私は貨物室内に順番にレーザー照射を繰り返す。船外作業員は出てこないか。出てきたら瞬時にスタン弾発射器の引き金を引ける様、神経を張り詰めた。貨物室扉が完全に開ききる前、第三分隊の隊員達は貨物室内へと突入し、エンジンへとつなが燃料パイプを閉鎖したようだ。船外作業員が出てくる気配は無かった。
隊員達は更に貨物室の船首側へ向う。減圧室と貨物室を隔てる扉を封鎖するためだ。コテの様なものを扉と壁の境目に当て引き金を引く。このコテ部分は微細かつ適切な高周波で振動する。するとどうなるか。コテを当てられた部分の金属原子は液体の様に振舞い出し、扉と壁の材料が混りあうようになる。適切な時間コテを当てると、その部分はもはや扉と壁の区別はなくなる。数カ所にコテを当てれば封鎖が完了するという訳だ。もちろん、船体を破壊するつもりであれば脱出は可能だけれど、そうする意味は無い。
一応の封鎖を確認した私はほっと一息付くと同時に若干の違和感を覚える。楽すぎる。もう少し抵抗があってもおかしく無い。いつもはもっと時間ギリギリの攻防がある筈なのだ。それが、今回は時間的に少し余裕がある。何か変。しかし、今の私の任務は援護であって何か意見を言う事では無い。それに、それ位の事は分隊長はお見通しだろうから、今この時私が指摘する事では無い。そう考え、私は援護の態勢を崩さず次の指示を待つ。
『第三分隊、現状維持。ただし、サラはキムと連携し警戒に当れ』
分隊長の指示に了解の返事を返し、下に向けていた注意を前方に変える。と同時に、前方半球に索敵用電波を打ち反応を待った。細かい塵の反応はあるが、それ以外は静かなものだ。
第二陣の出現に備え、定期的に電波を打つ。それは次なる指示が下るまで続いたのた。
『第三小隊、所属不明の宇宙艇を曳航する隊が到着し次第、帰還行動に移れ』
視界の一部を背後のセンサーが捉えた映像に切り替え、そこに曳航艇が存在するのを確認した私は少しだけ気を緩めた。数分後、曳航艇が拿捕した宇宙艇とランデブーしたのを認める。一時間の警戒任務はそのランデブーによって解除された。私はコロニーへの帰還軌道を宇宙服内蔵コンピュータに解析させながら、反転行動をとる。視界には帰還軌道が白線で表示されていた。白線の乗せるようにプラズマエンジンを噴射させる。微妙に姿勢を変えながら白線をトレースする。帰還軌道の半ば前でもう一度宇宙服を反転させる。減速しながらコロニーのスターサイド外周部を目指すためだ。コロニーから数キロの距離でプラズマエンジンを停止。白線はぴったりと捉えている。速度も問題無い。窒素ガスによる姿勢制御で外周に設置されたアレスティング・ワイヤーへと位置を合わせる。弧を描いていた外周部が次第に真っ直ぐに近付いてきた。踵に仕込まれたアレスティング・フックを展開し衝撃に備える姿勢をとる。外周部が一直線になり視界の下半分を占めた時、フックがワイヤーを掴んだ。途端に上体が前のめりになる。膝を曲げ上体を折り曲げた態勢は今や土下座に似た様でコロニー外壁と向い合っていた。だが外壁に接触する事は無い。そうならないようワイヤー自体が繰り出されるよう制御されているからだ。やがてワイヤーの繰り出しは鈍り、外壁との相対速度が0になると、私はフックを解除した。ワイヤーが回収されていくのを確認した私は、窒素ガスのスラスターを使って外壁の沿って進み、コロニー内部へと続く扉を開け、帰還したのだった。




