第7話:農家の反撃、精霊の囁き
帝国大闘技場。
バルカスの剛剣が唸りを上げ、イザベラの術式が幾重にも重なる。
連撃に次ぐ連撃。アルトは防戦一方に見えたが、その動きは次第に、澱みのない流水のように滑らかになっていた。
「どうした、若造! 逃げてばかりでは、不敬の罪は消えんぞ!」
バルカスが咆哮し、大剣を横薙ぎに振り抜く。
アルトはそれを跳んで回避するが、その着地地点を狙い、イザベラが最高位の禁呪を完成させていた。
「逃げ場はないわ。……焼き尽くしなさい、『深紅の煉獄』!」
闘技場の空気が一瞬で沸騰し、巨大な火柱がアルトを呑み込もうとする。観客の貴族たちが「決まった!」と確信し、セラフィナが悲鳴を上げかけた、その時だった。
「……火の精霊さん、ちょっと熱すぎるよ。少し静かにしてて」
アルトが静かに手をかざすと、彼の体から淡い黄金の光――神聖属性のオーラが溢れ出した。
すると、荒れ狂っていた火柱が、まるで親に叱られた子供のようにシュンと勢いを失い、アルトを避けるようにして霧散した。
「なっ……!? 私の禁呪が、干渉もされずに消えたというの……!?」
絶句するイザベラ。アルトは精霊たちと心を通わせることで、魔法の「根源」に直接語りかけ、無効化してしまったのだ。
「悪いけど、ここからはこっちの番です」
アルトが地面を一歩、踏みしめる。 バルカスが咄嗟に大剣を構え、防御の体勢に入るが、アルトの動きは重戦車のようでありながら、羽毛のように軽やかだった。
「せいやっ!」
放たれたのは、正拳突き。
バルカスは大剣の腹でそれを受け止める。だが、次の瞬間、大剣越しに伝わってきたのは、山が崩れるような圧倒的な「質量」の衝撃だった。
「ぐっ……お、重い……! 腕の骨が軋むだと!?」
バルカスは数メートル後退し、膝を突きそうになる。
アルトは追撃せず、魔法を再構築しようとするイザベラの杖の先を、指先でコンと叩いた。
「詠唱のテンポが、さっきより乱れてますよ。……はい、おしまいです」
アルトが軽く足払いをかけると、精霊の加護を受けた風が吹き抜け、イザベラの均衡を崩す。
バルカスの喉元には、いつの間にかアルトの手刀が添えられていた。
静まり返る闘意場。 帝国最強の二人が、一介の農夫を前にして「詰み」を認めるしかなかった。
「……我らの、負けだ。完敗だよ、アルト殿」
バルカスが剣を収め、潔く頭を下げた。観客席の貴族たちは、何が起きたのか理解できず、ただ口を開けて呆然とするばかりだった。




