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第4話:不敬な農夫と、空を裂く一撃

 約束の十日後。宿場町カーム・ブルームの八百屋の店先には、かつてない異様な緊張感が漂っていた。


「お待たせ! おじさん、今日のレタスもいい出来……あ、お姉さん、本当に来てくれたんだ!」


 大きな籠を背負い、いつものように爽やかな笑顔で現れたアルト。だが、彼を迎えたのはセラフィナの笑顔だけではなかった。


「……貴様か。セラフィナをたぶらかした不届きな農夫というのは」


 黄金の鎧を纏い、馬上で傲慢にアルトを見下ろす男――第一皇子エドワード・ヴァルフレア。

 アルトは首を傾げた。


「えっと……どなたですか? 馬で店先に乗り入れたら、他のお客さんの邪魔ですよ」

「なっ……!? 貴様、この紋章が見えぬのか! 帝国第一皇子であるぞ! 控えよ、平伏せ!」


 周囲の騎士たちが一斉に槍を突き出し、街の人々は恐怖で膝をつく。しかし、前世が現代人であり、今世も山奥で育ったアルトには「王族への礼儀」という概念が欠落していた。


「あ、どうも。アルトです。……お姉さん、この人知り合い? 早く行かないとレタスが――」

「黙れ! 身分をわきまえぬ下衆め、その不敬、万死に値す――」


 エドワードが聖剣に手をかけた、その時だった。


 ――キィィィアアアアア!!


 鼓膜を突き刺すような咆哮が降り注ぐ。雲を割って五体の下級竜型魔獣『ワイバーン』が、市場目掛けて急降下してきた。


「わ、ワイバーンだ! 逃げろぉ!!」


 パニックに陥る市場。エドワードが「騎士団、迎撃態勢!」と叫ぶよりも早く、アルトが動いた。


「あ、危ない……! おじさん、お店の中に隠れてて!」


 アルトは地面を軽く蹴ると、爆音と共に垂直に数十メートルも跳躍した。


「な……!? 魔法も使わずにあの高さまで!?」


 驚愕するエドワード。アルトは空中で先頭の二体を、神聖オーラを纏わせた右拳の裏拳と回し蹴りで一瞬にして肉片へと変えた。

 残るは三体。

 仲間を瞬殺されたワイバーンたちは、怒り狂ってターゲットをアルト一点に絞る。三方向から、死を招く鋭い爪と牙がアルトに襲いかかる。


「街で暴れちゃ、ダメだってば!」


 アルトは空中で身を翻すと、まず一体の頭を踏み台にしてさらに高く舞い上がった。

 そのまま、落下速度を乗せた踵落としで二体目の背骨を粉砕。

 最後の一体が背後から食らいつこうとした瞬間、アルトは空中で体を捻り、手近なワイバーンの尾を掴んで振り回すと、三体目へと叩きつけた。

 

――ドォォォォン!!


 まるで巨大なハンマーがぶつかったような音が響き、三体のワイバーンは地上に降り立つことなく、空中で完全に沈黙した。


「……信じられん。素手で……ワイバーンの群れを……」


 エドワードが呆然と立ち尽くす中、アルトはふわりと何事もなかったかのように着地した。

 だが、安堵したのも束の間。エドワードが顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。


「貴様ぁ! 私の指揮を無視して勝手な真似を! おまけに皇子の前で一度も跪かぬとは、もはや言い逃れはできんぞ!」

「えっ、でもみんなを守らなきゃって……」

「問答無用だ! このワイバーン討伐の件、陛下へ直接報告してもらう。……おい、この男を逃がさぬよう囲め!」


 アルトは周囲を屈強な騎士たちに囲まれ、セラフィナからも「アルト様、陛下への謁見は避けて通れませんわ。私がしっかりお守りしますから!」と、逃げ道を塞がれるような微笑みを向けられた。


「えぇ……。畑、ジャガイモの芽かきをしなきゃいけないのに……」


 泣く泣く、最高級の馬車へと押し込まれるアルト。

 こうして、一介の農夫アルト・ランドウォーカーは、不敬罪の疑いと救国の英雄という矛盾した肩書きを背負い、軍事帝国ガラルディアの帝都ルミナス・ヴァルヘイムへと連行されることになったのである。


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