第46話:氷界の沈黙、凍てつく村の惨劇
世界樹イグドラシルの麓で再起を誓ったアルトたちは、次なる目的地へと向かっていた。魔導飛空艇『シームルグ』の窓の外に広がるのは、見渡す限りの白銀――北の果てに位置する「氷界大陸アイズバルク」である。
「……ここが、かつて実りの大地と呼ばれた場所なんですか?」
セラフィナが思わず吐息を漏らす。眼下に広がるのは、荒れ狂う吹雪と、命の鼓動を一切拒絶するような絶対零度の光景。ハキム王から授かった古文書によれば、この地は数千年前、大陸で最も豊かな収穫を誇る「黄金の大陸」であったという。
だが、現実は過酷だった。シームルグの窓には凍てつく雪が容赦なくへばりつき、あまりの猛吹雪に機体は悲鳴を上げ、激しく揺れる。
「ダメだ、視界が死んでる……! 一旦、高度を下げて着陸するぞ!」
アルトは操縦桿を必死に握り、なんとか平地へと機体を接地させた。
防寒着を羽織り、外の様子を確認しようとしたアルトだったが、扉を開けた瞬間に絶句した。そこは銀世界などではなく、上下左右の感覚すら奪う「ホワイトアウト」の世界。
「うっ……さっむ!!」
体の芯まで凍りつく冷気に、ガタガタと震えながら急ぎ足で船内へ戻る。
「これ危ない……天気が落ち着くまで、この中にいよう」
3人は燃料を温存するため、魔導ヒーターを切って防寒着に身を縮めた。暗い船内、温め合った体温だけが頼りだった。
「……土のオーパーツが止まったから、こんな寒さになったんだよね。でも、一体誰が……」
ガラルディア帝国の魔の手はまだ届いていないはずの地。この大陸を死に追いやった「何者か」の影に、3人は言い知れぬ不安を覚えながら、長い夜を明かした。
翌朝。嘘のように吹雪が止み、辺りには透き通るような銀世界が広がっていた。遠くの方に、建物のような影が確認できる。
「様子を見てくるよ。二人はここで待ってて!」
アルトは力強く雪面を蹴ると、雪煙をあげて駆け出した。第5フェーズを経た彼の脚力は、深い雪をもろともしない。
「毎回毎回、やることが元気よね……」
呆れ顔のシャミラに、セラフィナが「それがアルト様ですから」と微笑む。二人はまだ、この平穏が嵐の前の静けさであることを知らなかった。
アルトが辿り着いたのは、フロスト村。
「あの〜、すみません!」
大声で叫ぶが、反応はない。昨日が猛吹雪だったから、皆まだ家の中にいるのだろうか。そう思いながら村を散策していたアルトは、一軒の家のドアが少し開いているのを発見した。
「あ、あそこなら人がいるはず!」
期待を込めて中へ入り、「失礼します」と言いかけたアルトの言葉が凍りついた。
「え……なにこれ……」
そこにいたのは、生活の動作を保ったまま、彫刻のように氷漬けになった人々だった。
焦ったアルトが隣の家、その次の家と確認して回るが、結果は同じ。団欒の最中だった家族も、眠っていた老人も、皆が逃げる間もなく「氷の彫像」へと変えられていた。
アルトは戦慄し、飛空艇へと引き返した。
「アルト様、お疲れ様でした。どうぞ、温かい飲み物です」
セラフィナの差し出したカップを受け取り、アルトは震える声で見てきた光景を話した。二人の表情からスッと色が引いていく。
「間違いなく、ただの天候異常じゃないね。その原因が、土のオーパーツを止めたのか……?」
シャミラの言葉に、セラフィナが沈痛な面持ちで頷く。
「でも、手がかりがない以上、広大なこの大陸のどこを目指せばいいか分かりません」
「……よし、一度上空から見てみよう。昨日見えなかった何かが、見えるかもしれない」
アルトは再び操縦席に座り、シームルグを浮上させた。
高度を上げたシームルグの眼下に、アイズバルクの全貌が広がる。そこで彼らが目にしたのは、村の惨劇をさらに上回る、大陸規模の「異変」の予兆だった。




