第47話:氷界の災害
魔導飛空艇『シームルグ』は、アイズバルクの空を滑るように進んでいた。展望窓の向こうに広がるのは、昨日アルトが目にした「氷漬けの村」の惨劇を覆い隠そうとするような、どこまでも残酷で、どこまでも無垢な白銀の世界だ。
「……やっぱり、何もなさそうだけどな」
アルトが呟きながら、白一色の地平線をなぞるように見回す。だが、その瞳には微かな「違和感」が引っかかっていた。
「ん? あれ? なんだ……?」
「何かありましたか、アルト様?」
背後から覗き込むセラフィナに、アルトは窓の一点を指さして応える。
「いや、あそこに今……何か動かなかったかな、って」
セラフィナは目を凝らした。しかし、そこには風に舞う雪煙以外、何も見えない。
「……ほら、そこ! また動いた!」
「……ええっ? 私には何も……」
アルトが声を弾ませるたびに、セラフィナは必死に視線を動かすが、白すぎる世界が彼女の感覚を惑わせる。自分だけがその正体を捉えられないことに、彼女は少しだけ面白くなさそうに頬を膨らませ、不満げな表情を浮かべた。
「……なにか、蛇みたいなのがいるね。雪の下を這っているわ」
低く鋭い声が響いた。シャミラだ。元帝国の掃除屋である彼女の目は、雪原に溶け込む僅かな色彩の揺らぎを見逃さなかった。
「そうそう! なんか長いヤツだよな!」
アルトとシャミラが顔を見合わせて頷き合う中、セラフィナは「えっ、蛇……?」と、なおも窓の外を必死に探している。共通の話題から外されてしまった彼女の顔には、隠しきれない不機嫌さが滲み出ていた。
アルトは二人のやり取りに気づく余裕もないほど、その「動く違和感」を注視していた。
「……なんかさ、あの蛇みたいなのが動いた後に、猛吹雪になってないか?」
アルトが決定的な手がかりに気づく。
「もしかして、昨日の猛吹雪もアレが原因だったんじゃないかな。もし、その影響で村の人たちも一瞬で凍ってしまったのなら……辻褄が合うけど……」
自分で推測しながらも、そのスケールの大きさにだんだんと自信がなくなっていくアルト。だが、シャミラが冷徹にそれを肯定した。
「たぶん、その目論見で合っていると思うわ。あいつこそがこの大陸を『停止』させている元凶……あるいはその眷属。まずはあの蛇を止めなきゃならないわね」
「しかも、これほど広範囲に影響を出しているとなれば、ただの魔獣じゃないわ」
二人の深刻な対話の傍らで、いまだに「蛇」を見つけられないセラフィナは、ついに窓から離れて腕を組んだ。
「ほんと、同じ色で見えないし……! わかるように、いっそのこと氷を全部溶かしてしまいたいものですね!」
その捨て台詞のような不満に、アルトの脳細胞が火花を散らした。
「……それだ! それだよ、セラフィナ!!」
「えっ、ええっ!?」
唐突に詰め寄られ、セラフィナが目を丸くする。アルトは懐から、エドワードとの死闘の末に本来の輝きを取り戻した火のオーパーツ『プロメテウス・トーチ』を取り出した。
「これと、僕の【炎華】の力で氷を溶かせば、ヤツがまた氷漬けにしようとして姿を現すはずだ! 囮になって、あいつを釣り出す!」
「飛空艇は上空でホバリングさせておこう。二人は危ないから、上で見ていて!」
アルトは素早くシームルグを自動操縦モードへ切り替え、異変の真上で固定した。
「じゃっ、行ってくる!」
アルトがハッチに手をかける。
「あ、アルト様、お待ちください! お一人でなんて……」
セラフィナの制止も聞かず、アルトはハッチを蹴り開けた。
ゴォォォォォォ!
一瞬にして、アイズバルクの殺人的な冷気が船内になだれ込む。
「あわわわわ……っさっむ!!」
防寒着を羽織ってはいたが、それでも体の芯まで凍りつく寒さだ。だがアルトは笑って手を挙げると、ホワイトアウト寸前の空へと身を躍らせた。
「……ったく、相変わらずの馬鹿モンクね。下手したら下で一戦交えることになるわよ」
シャミラが苦笑しながら、セラフィナと共に強風に抗ってハッチを閉める。二人は窓に張り付き、豆粒ほどに小さくなったアルトの背中を、祈るような思いで見守った。
落下する猛烈な風の中で、アルトは風のオーパーツ『アネモス・ベロウ』を解放した。
「【風脚】!」
足元に圧縮された空気のクッションを作り出し、落下の衝撃を殺す。
ドサッ!!
派手に雪を巻き上げ、アルトはアイズバルクの凍土へと降り立った。
「よし……! さあ、庭師の仕事の時間だ」
アルトは立ち上がると、右手に『プロメテウス・トーチ』を、左手に『アネモス・ベロウ』を構えた。
「【炎華】……全開ッ!」
アルトの魔力が火のオーパーツと共鳴し、彼の周囲に一輪の巨大な「火の花」を咲かせる。さらにその熱量を、左手のアネモス・ベロウが放つ暴風によって強制的に加速させた。
火と風が混ざり合い、アルトを中心に、荒れ狂う『灼熱の竜巻』が形成される。
「食らえ! 氷界の大地を、僕が耕してやる!」
アルトが円を描くように両腕を振るうと、超高温の熱風が放射状に放たれた。
ジュゥゥゥゥッ!!
悲鳴のような蒸気が立ち上り、数千年も凍りついていたアイズバルクの氷層が、瞬く間に溶け出し、黒々とした「土」がその顔を覗かせる。
中心に立つアルトは、汗を流しながら笑っていた。
「見てるか、蛇野郎! 君の嫌いな『温もり』を、たっぷり届けてやるぞ!」
漆黒の土が広がり、アイズバルクの「冬」が局所的に拒絶されたその瞬間。
アルトの足元の地面が、まるで巨大な生き物の背中のように、グワリと大きく盛り上がった。




