第45話:不毛の帰郷、庭師の誓い
「ぐ……き、きさまなど、に……ま、負けるわけには……」
炎魔と化したエドワードの口から漏れたのは、血を吐くような呪詛だった。しかし、その声はもはや空気を震わせる力さえ持たない。漆黒と白銀の光に貫かれたその巨躯には、鏡が割れるような無数の亀裂が走り、内側から溢れ出すのは破壊の炎ではなく、浄化の輝きだった。
かつての麗しき皇子の矜持は、一陣の風に煽られた砂のように風化し、天へと昇っていく粒子となって消えていく。後に残されたのは、濁った赤から透き通るような茜色へと生まれ変わった、本来の輝きを宿す『火のオーパーツ』。それは、アルトがその「手」で悪意を削ぎ落とし、純粋な命の種火へと戻した証であった。
勝利の喝采など、どこにもなかった。
アルトが肩を揺らし、ゆっくりと周囲を見渡した時、そこに広がっていたのは、彼が心に描き続けた
「美しい故郷」の無残な残骸だった。
「そんな……。嘘だろ、これじゃ……」
かつて精霊が戯れ、緑の香りが満ちていた村は、今や鉄と硝煙の臭いに支配されていた。家屋は瓦礫の山と化し、崩れた梁の下から助けを求める人々の声が響く。火の手が上がる場所では、煤で顔を汚した村人たちが、割れた桶で必死に消火活動を続けていた。
何よりアルトを打ちのめしたのは、彼が幼い頃、泥にまみれて守り抜いた「一番畑」の姿だった。丹精込めて育て、村の冬を支えるはずだった野菜たちは軍靴に踏みにじられ、魔導汚染によってどす黒く萎れ、生命の脈動を完全に失っていた。 かつて「エデン」と呼ばれた場所は、今や見るに耐えない不毛の地へと変貌していた。
そして――村の象徴であり、アルトの魂の拠り所である世界樹イグドラシル。 その巨躯もまた、無傷ではいられなかった。帝国の「魔導汚染杭」によって根から毒を流し込まれた大樹は、目に見えて衰弱していた。
瑞々しい緑を誇っていた葉先が、不気味な茶色へと変色していく。 カサリ、カサリ。 命の砂時計が落ちるように、一枚、また一枚と枯れた葉が力なく地面へと舞い落ちていく。世界樹が流す「涙」のように、落葉は止まることを知らない。
アルトは、ふらつく足取りで世界樹へと歩み寄った。 見上げるほどに巨大な幹。スラムで絶望していた時も、教国で孤独を感じていた時も、ずっと自分を優しく見守ってくれていた、母のような存在。その温かかった肌(樹皮)に触れると、今は氷のように冷たく、微かに悲鳴のような振動が伝わってきた。
「ごめん……ごめんよ……。僕が、もっと早く戻っていれば……」
アルトは世界樹を抱きしめるようにその幹に触れ、額を押し当てた。
頬を伝う涙が、ひび割れた樹皮に吸い込まれていく。自分が「英雄」として戦っている間、この場所はこれほどまでに苦しんでいた。
だが、アルトはいつまでも泣き続けることはなかった。
彼は深く息を吸い込み、溢れる涙を力強く、何度も拳で拭った。その瞳には、かつてないほど強固な、庭師としての「覚悟」が宿っていた。
「必ず、助けるから! 残りのオーパーツさえ手に入れば、君を……この大地を、元通りにしてみせる!」
アルトの声は、震えながらも確かな力強さを持って響いた。
「それまで、苦しい思いをさせちゃうけど、待っててほしい。必ず、最高の大地に作り変えてみせるから!」




