第40話:積年の怨嗟、鋼鉄の報復
帝都ルミナス・ヴァルヘイム。第一皇子エドワードの執務室の机には、数年前の「屈辱の記録」が広げられていた。
そこには、帝国スラム街の死の土地で泥にまみれて働いていた当時のアルトの肖像と、彼を連れ去った聖女セラフィナの公式記録が、憎悪を象徴するように軍刀で無残に切り裂かれていた。
「……あの日、あの時だ。あの薄汚い庭師の小僧が、私の面目を潰し、未来の皇子妃を奪ったのは」
エドワードは軍刀の柄を、指が白くなるほど強く握りしめた。
かつて帝国は教国を政治的に支配するため、聖女セラフィナをエドワードの妻として迎える計画を進めていた。しかし、出向で訪れていたセラフィナは、グスタフ皇帝が「使い捨ての開墾道具」として酷使していたアルトの才能を見抜き、彼を連れて教国へ帰還してしまったのだ。
その際、グスタフは「帝国への反逆だ! 全面戦争になるぞ!」と教国を脅したが、実際には戦端を開かなかった。それは教国を恐れたからではない。アルトという「特異体質」の価値を再評価し、最も残酷な形で彼らを利用する機を待っていたからだ。
「エドワードよ、あの日の屈辱を忘れてはおるまいな」
執務室に、重厚な足音と共に皇帝グスタフが現れる。
「……忘れるはずがありません。父上があの小僧をスラムで飼い殺していれば、今頃セラフィナは私の足元に傅いていたはずだ」
「フン、あの時は奴がこれほどの『鍵』になるとは思わなんだ。……だが、今や状況は変わった。ただ殺すだけでは足りぬ。教国に宣戦布告するよりも先に、奴らが最も守りたかったものを、我が魔導科学の餌食にしてやるのだ」
グスタフがホログラムを展開する。そこに映し出されたのは、アルトの故郷にある世界樹イグドラシルの根元、そして彼が丹精込めて作り上げた「あの畑」だった。
「あの小僧は、教国に渡ってからも故郷の土を想い、祈り続けていた。皮肉なものだ。奴が土に込めた深い慈しみと神聖属性が、今や世界樹を『帝国仕様』に焼き換えるための、最高級の着火剤となっているのだからな」
数年前、グスタフがアルトをスラムの死地に送ったのは、彼が「神聖属性を土に定着させる」という奇跡に近い才能を持っていたからだった。グスタフはアルトの故郷に目をつけ、その才能が最も成熟するタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。
「全面戦争などという非効率なことはせん。……アルトと聖女には、自分たちが守ろうとした故郷が、自分たちの力(属性)のせいで焼き尽くされる絶望を見せてやる。それが、私と貴公から奴らへの『仕返し』だ」
グスタフの合図で、執務室の奥にある隠し扉が開いた。そこには、エドワードが「ゼクスの後継者」として調整を続けてきた、感情を持たぬ人造人間が静かに立っていた。
「紹介しよう。ゼクスが遺した戦闘解析データと、我が帝国の魔導技術の結晶――エレナだ。彼女にはゼクスの脳内データが一部転送されており、アルトの戦術を完璧に学習している」
「……個体識別:エレナ。……エドワード皇子への権限移行、完了。……命令を待機します」
エレナの瞳には光がなく、その声は機械のように平坦だった。
エドワードは満足げに彼女の肩を掴み、その耳元で冷酷に囁く。
「行け、エレナ。アルトの故郷を特定し、奴が育てた『聖域の土』を奪え。抵抗する者はすべて塵にしろ。……庭師に、本当の『収穫』というものを教えてやるのだ」
「……了解。……ターゲット:アルトの故郷。……殲滅作戦、開始します」
ガラルディア帝国の最強兵器・エレナが、ついに放たれた。
エドワードの「嫉妬」とグスタフの「野望」を背負った飛行艦隊が、ルミナス・ヴァルヘイムの空を黒く染めながら、地図にない「聖域」へと進軍を開始した。




