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第38話:共鳴する三器、新たなる「土」の鼓動

 天空の回廊を揺るがしたゼクスとの死闘から、数日が経過した。

 アルトがようやく意識を取り戻したのは、砂漠の王ハキムが「世界の恩人」のために用意した、ナジャ離宮の最上階にある一室だった。開け放たれた窓から差し込む砂漠の黄金色の陽光が、清潔な白いシーツを眩しく照らし、遠くからはバザールの賑わいが微かな風に乗って届いていた。


「……ん、ここは……」


 微かな呟きと共に、アルトの重い瞼がゆっくりと開く。


「……あ、アルト様! よかった、本当に……本当によかったです……!」


 真っ先に視界に飛び込んできたのは、ひどく疲れ果てた、けれど安堵に震えるセラフィナの顔だった。彼女はベッドの脇で、祈るようにアルトの右手を握りしめていた。その手は少し冷たく、彼女がいかに長い間、眠り続ける彼を見守っていたかを物語っていた。


「……あんた、今度あんな無茶したら、寝てる間にその大事な『身体』ごと、薪にして燃やしてやるんだからね」


 窓の外を見つめ、背を向けていたシャミラがぶっきらぼうに言い放つ。だが、その肩は微かに震え、強気な口調とは裏腹に、彼女の指先が窓枠を白くなるほど強く握りしめているのをアルトは見逃さなかった。

 アルトは、激戦の代償として包帯に包まれたボロボロの右腕をそっとさすりながら、二人に弱々しくも温かい微笑みを向けた。 「……ごめん。心配させたね。……でも、これで3つ目が、手に入ったんだね」

 アルトの視線の先、円卓の上には、三つの至宝が鎮座していた。

 純白の輝きを放つ【聖】のステラ・コンポスト。

 清冽な滴を纏う【水】のルナ・カナル。

 そして、ゼクスから奪還した、荒ぶる大気の旋律を宿す【風】のアネモス・ベロウ。

 その時、奇跡が起きた。

 アルトが手を触れるまでもなく、三つのオーパーツが呼応するように激しく震え始めたのだ。青、白、緑――三色の光が螺旋を描いて立ち上り、部屋の空気を神聖な魔力で満たしていく。


「……光ってる。まるで、お互いの存在をずっと探していたみたいだ」

 アルトが感嘆の声を漏らす中、光は空中に立体的な魔導地図を投影した。光の粒子が収束し、指し示したのは、ここから遥か北の果て。地図上では真っ白な空白地帯として描かれている「氷界大陸アイズバルク」だった。


「アイズバルク……。北の果て、絶望の白銀に閉ざされた絶対零度の大陸ね」


 シャミラが地図を覗き込み、眉間に皺を寄せる。その場所は、現代では命の鼓動を一切拒絶する「死の世界」として恐れられている。


「でも、おかしいわ。古文書によれば、あの地はかつて大陸で最も豊かな収穫を誇る『黄金の大陸』だったと言われているの。それが数百年前、突如として氷に閉ざされた……」


 セラフィナが記憶を辿るように呟く。アルトはその言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……土だ。そこに、最後の土属性のオーパーツが眠っているんだ」


 アルトの確信に満ちた言葉に、二人は息を呑んだ。「氷や水」のイメージが強い極北の地に、なぜ「土」なのか。


「土属性のオーパーツは、地脈に熱を送り、命を育む養分を地表へ届ける心臓の役割を果たす。それが何らかの理由で停止したから、地熱は失われ、大地は死に、氷に支配されたんだ。……僕たちの手で、その土を再び耕さなきゃいけない」

「聖、水、風……。これだけでは、まだ世界樹様を完全に癒やすには足りない。土の栄養がなければ、どんなに良い水も光も、根には届かないんだ。……行こう。アイズバルクへ。土の鼓動を取り戻すために」


 アルトは痛む身体を支え、ゆっくりとベッドから立ち上がった。かつて帝国のスラムで泥にまみれていた少年は、今、世界を再生させる「救世の庭師」としての深い覚悟を宿していた。

 ________________________________________

 

一方、その頃。

 軍事帝国ガラルディアの最深部。天を突く魔導塔の玉座に、一人の男が座していた。

 彼の前には、天空の回廊で敗れ去ったゼクスの「残骸」が、もはや価値のないスクラップとして転がっている。


「……ゼクスめ、所詮は旧時代の遺物か。私の期待には及ばなかったな」


 冷淡な声の主は、帝国の第一皇子エドワード。彼は、ゼクスの死を悲しむどころか、データ収集の道具として使い潰したことに満足しているようだった。エドワードの右手には、禍々しい紅蓮の輝きを放つ最強にして最悪のオーパーツ――火を司る『プロメテウス・トーチ』が握られていた。


「さあ、庭師の小僧。三つの欠片を集めたか。……だが、粋がっているのも今のうちだ」

 

エドワードは立ち上がり、重厚な城の窓際へと歩み寄った。その視線は、遥か北――アルトの故郷があり、世界樹がそびえ立つ北の森の方角を見据えている。


「貴様が遠く北の果てで泥を捏ねている間、大切な何かが奪われても何も文句は言えまい。守るべき場所が灰になった後で、その欠片を持って泣きつくがいい。せいぜい、今は気楽に旅を楽しんでいるがいい……」

「ふははははっ! ははははははッ!!」

 

憎しみのこもった高笑いが、冷たい石造りの部屋に反響する。  エドワードの歪んだ笑みの先、北の空には不気味な暗雲が立ち込め始めていた。アルトたちがアイズバルクへと舵を切ったその裏で、帝国の魔の手はすでに、彼らが最も大切にしている「聖域」へと伸びようとしていた。


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