第36話:散りゆく光、死地への開墾
巨神兵器『アネモス』の甲板は、ゼクスが放つ紫黒の魔導振動によって、立っていることさえ困難な処刑場と化していた。
「無駄だと言っている! 脆い人間同士で傷を舐め合って何になる!」
ゼクスが義腕を振り上げると、空間そのものを圧縮したような衝撃波が放たれる。アルトは【金剛地核】で耐えるが、生身の肉体は悲鳴を上げ、足元の鉄板がひしゃげていく。
「……シャミラさん、今です! 【聖域の福音】! さらに――【瞬光の加護】ッ!!」
セラフィナが杖を掲げ、シャミラにすべての強化魔法を集中させた。
アルトには効かないはずの聖なる光が、シャミラの褐色の肌に吸い込まれ、彼女の身体を白銀のオーラが包み込む。
「……っ、体が軽い……! 聖女様、最高の気分よ! ……あんたはアルトを守りなさい。あいつの眼球、私が抉り出してやるわ!」
シャミラが赤い閃光となって跳ねた。セラフィナのバフによって常軌を逸した速度を得た彼女は、ゼクスの「疑似フェーズ」の隙間を縫い、折れかけの双剣で機械義体の関節を正確に削り取っていく。
「小癄な! ――【疑似奥義:鋼鉄・神罰光輪】!!」
だが、ゼクスの背後から展開された浮遊砲台が、全方位へ熱線を放射した。
「……させない! 【水鏡】、展開ッ!!」
アルトが咄嗟に割り込み、シャミラとセラフィナを庇う。だが、バフを受けられないアルトにとって、この連続攻撃はあまりに過酷だった。
バリィィィンッ!
水の盾が砕け、熱線がアルトの左肩を貫く。
「……がはっ……!!」
「アルト様!!」 「アルト!!」
アルトが膝をつき、どす黒い血を吐き出す。
金剛地核の黄金のオーラが、風前の灯火のように揺らぎ、消えていく。
「……ハハハ、終わりだ。一人はバフを受けられぬ欠陥品、一人はバフがなければ何もできぬ羽虫……。まとめて塵に還れ!」
ゼクスがアネモスの最大出力を解放しようとする。
アルトの視界はかすみ、握りしめた拳にはもはや感覚がなかった。
「……ごめん、二人とも。……僕が、もっと……完璧な庭師だったら……」
絶望が周囲を支配しようとしたその時、アルトの両手を、温かい四つの手が包み込んだ。
右からはセラフィナの、祈るような柔らかな手。
左からはシャミラの、震えながらも力強く握る手。
「アルト様……私たちの命は、最初からあなたに預けています。……最後まで、共に」
「……バカ言わないでよ。あんたが諦めたら、私が誰に借りを返せばいいのよ! ……立って、アルト。……あんたなら、できるでしょ!」
二人のマナが、アルトの「世界樹の種」へと流れ込む。
それは魔力による強化ではない。彼女たちの「命」そのものを燃料とした、魂の共鳴。
アルトの瞳に、見たこともない透明な「白」の光が宿った。
「……そうだね。……まだ、最後の一仕事が残ってた」
アルトは、二人を背後に隠すようにゆっくりと立ち上がる。
それは、禁忌と呼ばれし第4の門――【嵐神疾風】が、今まさに開かれようとする瞬間だった。




