第35話:激突の雲海、鋼のフェーズ
『天空の回廊』の頂上へと続く、わずかな休息地。
アルトは荒い息を吐きながら、岩壁に背を預けていた。バルカス戦、シャミラを守るために無理やり展開した【金剛地核】の代償は重く、彼の筋肉は至る所で断裂し、指先一つ動かすのも億劫なほどの疲労が彼を支配していた。
「……アルト様、無理をしないで。今、恩恵を強めます」
セラフィナが銀の杖を掲げ、アルトの胸元に手を添える。
本来、聖女である彼女の魔法は、戦士に超人的な力を与える「加護」として機能する。しかし、世界樹の精霊に愛され、自身の体内に強大な神聖属性を宿すアルトの肉体は、外部からの魔力を「異物」として弾いてしまう性質があった。
だが、回復魔法だけは別だった。
セラフィナが放つ柔らかな光は、アルトの中にある「世界樹の種」を刺激し、彼がもともと持つ自己再生能力を爆発的に引き上げる。
「……はぁ……、ありがとう、セラフィナさん。……身体の奥が、温かくなってきた」
「加護を与えられない分、私はあなたの命を繋ぎ止めることしかできません。……でも、これなら……イグドラシル様の恩恵を、あなたの隅々まで届けられます」
セラフィナの献身的な治療により、アルトの傷が急速に塞がっていく。その様子を少し離れた場所で、シャミラが複雑な表情で見守っていた。
「……ふん、お熱いことね。でも、あんたが動けないと、あの『鋼鉄の化け物』には勝てないわよ」
シャミラが指差す先――。雲海の向こうから、第3のオーパーツを動力源とした巨神兵器『アネモス』が、不気味な紫色の光を放ちながら浮上してきた。
巨神の頭部には、変わり果てた姿のゼクスが立っていた。
右半身を魔導回路剥き出しの機械義体へと改造した彼は、狂気に満ちた瞳でアルトを見下ろす。
「待っていたぞ、アルト殿。……いや、我が『最高傑作』への生贄よ」
「……ゼクス。君は、自分の体まで……」
「科学に犠牲は付き物だ。……見せてやろう、君の『フェーズ』を解析し、我が魔導技術で再現した――【疑似・第3フェーズ:鋼鉄地殻】をな!」
ゼクスの機械の体から、アルトの『金剛地核』に似た、しかしどす黒い重圧が放たれる。巨神兵器アネモスがゼクスの意思と同期し、無数の魔導レーザーをアルトたちへ掃射した。
「……みんな、下がってて! セラフィナさんの治療のおかげで、まだ戦える! 【炎華】……【水鏡】ッ!!」
アルトは即座に二段階を上げ、水の壁でレーザーを防ぐが、ゼクスの放つ「疑似フェーズ」の衝撃波に壁が次々と砕かれる。
「無駄だ! 生身の肉体には限界があるが、私の機械には限界などない!」
ゼクスの義手から放たれた不可視の衝撃が、アルトの脇腹を直撃した。
回復したばかりの肉体に、再び激痛が走る。
「……っ、がはっ……! ……まだだ……まだ、終わらせない!」
アルトは口から溢れる血を拭い、再び「三段階目」の門へ手をかける。
セラフィナが繋いでくれた命を燃やし、鋼の虚像へと立ち向かう死闘が幕を開けた。




