第34話:嵐の回廊、断ち切るべき因縁
小型飛行艇が辿り着いたのは、雲海を突き抜けた先にそびえ立つ、垂直の絶壁に刻まれた細い石道――『天空の回廊』だった。
そこは、地上とは比較にならないほどの暴風が絶え間なく吹き荒れ、一歩足を踏み外せば雲の底へと飲み込まれる死の道だった。
「……っ、風が強すぎて、目も開けられない……!」
セラフィナが杖を突き立て、風除けの結界を張るが、その魔力さえも嵐に削り取られていく。
「あんたたち、私の影に隠れなさい! ここは風の『目』を読まないと死ぬわよ!」
シャミラが鋭い身のこなしで先行する。だが、その時。崖の上から、風を切り裂くような冷たい声が響いた。
「相変わらず、鼠のように風を這うのが得意だな。シャミラ」
石道の先に立っていたのは、帝国直属の暗殺部隊『黒風』の隊長であり、かつてシャミラに暗殺術を叩き込んだ元上官、バルカスだった。
「バルカス……! なんであんたがここに……!」
「ゼクス様から、オーパーツの回収と『裏切り者』の処分を任されてな。……シャミラ、お前には失望した。そんなナヨナヨした男に絆されるとは」
バルカスが風の魔導具を起動させ、局所的な巨大竜巻を発生させる。シャミラの足場が奪われ、その身のこなしが封じられていく。それを見たセラフィナが、銀の杖を力強く突き出した。
「シャミラさん、合わせてください! 【瞬光の加護】! さらに――【烈風の刃】ッ!!」
セラフィナの杖から放たれた幾条もの光がシャミラを包み込む。本来アルトには弾かれてしまう強化魔法だが、シャミラには劇的な効果をもたらした。
シャミラの脚力は数倍に跳ね上がり、さらに彼女の双剣には、バルカスの風を切り裂くための「聖なる風の刃」が纏わされた。
「……すごい、力が溢れてくる……! これならいけるわ!」
シャミラは赤い閃光と化し、暴風の中を文字通り「飛んだ」。セラフィナのバフによって強化された彼女のスピードは、バルカスの動体視力をも上回る。
「何だと!? 聖女の加護だと……!? ぐあぁぁっ!」
シャミラの神速の一撃が、バルカスの胸元を切り裂いた。
逆上したバルカスが、魔導具を暴走させ、回廊ごと吹き飛ばさんとする極大の竜巻を発生させる。
「……みんな、下がって。……僕が『土台』を作る」
アルトが二人の前に立ち、深く息を吸い込む。
「【炎華】……【水鏡】ッ!!」
急激なマナの昇華に肉体が悲鳴を上げるが、アルトは止まらない。
「……ぐ、あああああ! 【金剛地核】!!」
ドォォォォンッ!!
アルトの全身から放たれた黄金の重圧が、周囲の暴風を物理的に押し潰し、三人を取り巻く空間を「不動の領域」へと変えた。
「シャミラさん、今だ! 僕の重圧で、あいつの風の盾を押し留めているよ!」
「最高のパスね、アルト! ……これで、終わりよバルカス! 奥義――【紅蓮・旋風斬】!!」
セラフィナの魔力強化を極限まで受けたシャミラが、アルトが作った「無風の道」を駆け抜ける。 バルカスの魔導具は、シャミラの聖なる一撃によって粉々に粉砕され、彼はそのまま雲海へと消えていった。
「……はぁ、はぁ。……やったわ。……あんたたち、意外とやるじゃない」
シャミラは照れ隠しに鼻を鳴らすが、その視線には二人への確かな信頼が宿っていた。アルトは金剛地核を解除し、膝をつく。そこへセラフィナが駆け寄り、慈愛に満ちた手で彼の肩に触れた。
「アルト様、お疲れ様です。……さあ、頂上まであと少し。三人で、あの大空を掴みに行きましょう」




