第32話:三人の約束、眠れる庭師の目覚め
古都ナジャを救った「奇跡の雨」は、乾いた大地に微かな緑の予感をもたらした。しかし、その代償としてアルトは深い眠りに落ちたまま、三日が経過していた。
王宮の一室。セラフィナは、アルトの冷たくなった手を握り、何度も「水鏡」の反動を和らげるための癒やしの魔法をかけ続けていた。
「……アルト様。あなたはいつも、自分の体のことなんて二の次ですね」
その時、部屋の扉が静かに開いた。入ってきたのは、旅支度を整え、顔を伏せたシャミラだった。
「……聖女様。私、行くわ。あいつがこんなになったのは、私が弱かったせいよ。私がもっと早く砂龍を仕留めていれば、あいつは……」
シャミラの声は震えていた。最強の隠密として育てられた彼女にとって、「誰かが自分のために傷つく」という事態は、耐え難い恐怖だった。
「逃げるのですか、シャミラさん?」
セラフィナの声は、穏やかだが厳しかった。
「逃げるんじゃないわ! 私は、あいつに相応しい強さを手に入れて……!」
「アルト様が目覚めた時、隣にあなたがいない。それが彼にとってどれほど悲しいことか、分からないのですか? ……彼は、あなたを『道具』ではなく、守るべき『仲間』だと信じた。だからこそ、命を削ってまで雨を降らせたのです」
セラフィナは立ち上がり、シャミラに歩み寄ると、その震える手を優しく包み込んだ。
「私一人では、アルト様を支えきれません。……私にはない鋭さを、あなたは持っている。だから、一緒に行きましょう。アルト様が耕す未来を、共に守るために」
「……っ。……あんた、本当にお人好しね。……あいつにそっくりだわ」
シャミラの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。その瞬間だった。
「……う……ん。……雨は、止んだかな……」
かすれた、しかし聞き慣れた声。
ベッドの上のアルトが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「アルト様!」
「ちょっと、バカモンク! 生きてるの!?」
二人が同時に駆け寄る。アルトは焦点の合わない目で二人を交互に見ると、困ったように、けれど幸せそうに笑った。
「……よかった。二人とも、無事だね。……セラフィナさん、シャミラさん。……僕、夢を見てたんだ。……
砂漠が全部花壇になって、三人でリンゴを食べてる夢」
その言葉に、セラフィナは微笑み、シャミラは真っ赤になって顔を背けた。
「リンゴは、私が剥きます。でも、シャミラさんの薬酒も……今回は特別に許可しましょう」
「なっ、何よ許可って! 当然よ、私の特製なんだから!」
数日ぶりの賑やかな空気。 アルトはまだ身体を動かすことはできなかったが、自分の右手に重なる二人の手の温もりに、確かな「生きる意味」を感じていた。
「……行こう。身体が治ったら。……イグドラシル様を救って、世界中を、君たちが笑っていられる庭にするんだ」
砂漠に降った雨は、アルトの心にも、そして二人の少女の心にも、決して枯れない恋と絆の芽を咲かせていた。




