第31話:月の水路、乾いた大地に涙を
迷宮から帰還したアルトたちの目に飛び込んできたのは、黒煙に包まれる古都ナジャの姿だった。 地平線の彼方から、ゼクスが送り込んだ巨大な鋼鉄の蛇――『魔導砂龍』が、砂を飲み込み、熱線へと変換して街を焼き払っている。
「……ひどい。ハキム王や、街のみんなが……!」
「ちっ、帝国め! 私たちの街を……! アルト、あんな鉄クズ、あんたの拳でぶち壊しなさいよ!」
シャミラが叫ぶが、砂龍は砂そのものを防壁にしており、近づくことさえ困難だった。さらに、砂龍が放つ熱波により、周囲の水分は一瞬で奪われていく。
「……あれを止めるには、この砂漠全体を一度に冷やすしかない。……セラフィナさん、シャミラさん。さっき手に入れた『ルナ・カナル』を、僕に使わせてほしい」
「アルト様!? でも、それは共鳴させるオーパーツが揃っていない今使うと、あなたのマナが……!」
「……分かってる。でも、今やらなきゃ、耕すべき大地も、みんなの笑顔もなくなっちゃうんだ。……頼むよ」
アルトは二人の制止を振り切り、青白く輝く球体『ルナ・カナル』を掲げた。 彼は深く呼吸を整え、一段階ずつ、自身の魂を燃やしていく。
「【炎華】……ッ!!」
足元の砂が熱でガラス化し、アルトの身体が朱色に染まる。
「……くっ、ああああ! 【水鏡】!!」
炎から一転、凍てつくような冷気が吹き荒れ、砂龍の熱波を押し返す。肉体は熱膨張と急冷の繰り返しに悲鳴を上げ、血管が浮き上がる。アルトはそのまま『ルナ・カナル』に全マナを叩き込んだ。
「――目覚めてくれ、星の水源! 『月の水路』、単体起動!!」
キィィィィィンッ!
アルトの全身からマナが文字通り「噴出」し、空へ向かって青い光の柱が昇った。
一瞬の静寂の後、砂漠の空にありえないはずの黒雲が渦巻き、激しい『恵みの雨』が降り注いだ。
「なっ……砂漠に、雨……!?」
シャミラが呆然と空を仰ぐ。
雨は砂龍の熱線を封じ、その機動力を奪った。しかし、代償はあまりに大きかった。
アルトの瞳から光が消えかけ、膝が崩れる。
「……はぁ、はぁ……今だ、シャミラさん……! 龍の首の下……冷却核が、剥き出しに……なってる……!」
「……っ、バカね、あんたは! 本当に、死ぬ気なの!? ……でも、分かったわ。あんたが作った道、私が無駄にしない!」
シャミラが赤い閃光となって砂龍の懐へ飛び込み、双剣で核を粉砕する。 断末魔の爆音と共に、巨大な兵器は砂の山へと還っていった。
戦いが終わった瞬間、アルトの手から『ルナ・カナル』が転げ落ちる。 彼の身体は冷え切り、呼吸は絶え絶えだった。
「アルト様! アルト様!!」
「ちょっと、目を開けなさいよ! ……なんでいつも、自分を勘定に入れないのよ……!」
駆け寄るセラフィナとシャミラ。
アルトは薄れゆく意識の中で、自分の頬に落ちる雨が、空からのものか、彼女たちの涙なのか分からないまま、深い眠りへと落ちていった。




