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第30話:双鏡の迷宮、偽りの影と真実の拳

 地下深く、「双鏡の大迷宮」の中層。

 突如、鏡の壁が生き物のようにうねり、三人の中を引き裂いた。


「アルト様!?」 「っ、おい田舎モンク! どっか行きなさいよ!」

 

 セラフィナの叫びとシャミラの罵声が遠ざかる。アルトが鏡の壁を叩くが、そこにはただ無機質な自分の顔が映るだけだった。

 一方、一人分断されたシャミラの前に現れたのは、出口でも魔物でもなかった。

 鏡の中から這い出してきたのは、かつて彼女を「出来損ない」と罵り、暗殺の道具として育て上げた亡霊たちの幻影。


「シャミラ。貴様は一人だ。誰からも愛されず、砂漠の塵として消えるのがお似合いだ」

「……っ、分かってるわよ! 私は一人で生きていくって決めたの! 誰にも頼らない、誰も信じない……!」


 過去のトラウマを突かれ、シャミラの双剣が震える。幻影の刃が彼女の脇腹を裂き、赤い衣装がさらに深い赤に染まった。  膝をつくシャミラ。冷たい床。彼女の瞳から光が消えかけた、その時だった。


 ――ドォォォォォンッ!!


 迷宮そのものを揺るがすような衝撃。  絶対に壊れないはずの魔導鏡が、内側から凄まじい熱量によって粉砕された。


「――『そこ』にいるんだね、シャミラさん!」


 硝子の破片が舞い散る中、飛び込んできたのは右拳に黄金のオーラを宿したアルトだった。


「……何よ、来ないでって言ったじゃない! これは私の心の試練、部外者が……!」

「部外者じゃない、仲間だよ! ……君が孤独を信じるなら、僕は君を信じる人のために拳を振るう! 君を置いて先になんて行けるわけないだろ!」


 アルトはシャミラの細い肩を抱き寄せ、強引に立ち上がらせた。  その掌から伝わってくる、あまりにも真っ直ぐで、馬鹿げているほど温かい熱。


「……あ、熱い……なによこれ……」


 シャミラの頬が、砂漠の昼間よりも赤く染まる。自分を「道具」ではなく「一人の少女」として助けに来た男の背中。その広さに、彼女の鉄の心が音を立てて溶けていった。

 合流したセラフィナが、銀の杖から癒やしの光を放ち、シャミラの傷を包み込む。


「シャミラさん、しっかりしてください。……アルト様の隣を歩くなら、それくらいでへたばってもらっては困ります」

「……っ! なによ、上から目線で! あんたこそ、足手まといにならないことね!」


 シャミラは毒づきながらも、自分を助けたアルトの背中から視線を外せない。

 三人は最深部で、迷宮の主である「鏡の巨人」と対峙した。巨人は三人の姿を写し取り、その能力を模倣しようと構える。


「アルト様、あの鏡の体……物理的な衝撃をすべて反射してきます!」

「……なら、反射できないくらいの『隙』を作るしかないね。セラフィナさん、光を!」

「はい!」


 セラフィナが杖を掲げ、迷宮全体を飲み込むほどの聖光を放つ。鏡の巨人がその眩い光を反射しようと、全身の鏡面を歪めた――その瞬間、死角から赤い閃光が走った。


「――甘いわよ、デカブツ!」


 シャミラの双剣が、鏡の繋ぎ目である「影」のわずかな隙間に突き立てられる。模倣が追いつかない隠密の速速。巨人の動きが、一瞬だけ止まった。


「アルト、今よ! 叩き込みなさい!」

「……ありがとう、シャミラさん! セラフィナさん!」


 アルトはあえてフェーズを上げない。  彼は深く腰を落とし、これまで何万回と繰り返してきた「クワを打ち込む」動作を拳に乗せた。世界樹の加護が宿る、純粋で、誠実な一撃。


 ――ズドォォォォンッ!!


 フェーズによる爆発力ではなく、一点に集中された圧倒的な質量が、鏡の巨人を内側から粉砕した。  砕け散る鏡の奥から、青白く輝くオーパーツ『ルナ・カナル(月の水路)』が姿を現す。


「……やったね。二人のおかげだよ」


 アルトは拳を下ろし、額の汗を拭って微笑んだ。

 奥義やフェーズに頼らず、仲間と力を合わせて掴み取った勝利。

 シャミラはその笑顔を直視できず、顔を赤らめて「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「……べ、別に。あんたの拳がまともだっただけよ。……借りは、これで返したからね」


 そう言いながらも、シャミラの視線は優しくアルトを追っていた。  セラフィナはそれを見逃さず、さりげなくアルトの腕に自分の腕を絡める。


「ええ、素晴らしい連携でした。……さあ、アルト様。街へ戻って、ハキム王に報告しましょう?」


 挟まれたアルトは、急に温度が上がったような空気感に首を傾げながらも、三人で迷宮を後にした。


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