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第2話:市場の再会と、十日後の約束

「……いない。どこにも、あのお方の影すらありませんわ」


 宿場町カーム・ブルームその活気溢れる市場の片隅で、聖女セラフィナ・ルミエル・オルディアンは深いため息をついた。

 あの日、街道で黒死竜を粉砕し、伝説の『虹色リンゴ』を贈って去った青年――アルト。

 セラフィナは教国の情報網をフル稼働させて彼を追ったが、その足取りは完全に途絶えていた。


「聖女様、もう諦めましょう。街道からこの街まで、馬車でも三日はかかります。あの日からまだ数日、徒歩の人間がこの街に現れるはずがありません」


 護衛の騎士が困惑気味に告げる。だが、セラフィナの「神聖眼」は信じていた。あの太陽のようなオーラを纏った御方が、ただの旅人であるはずがないと。


「いいえ。あの方はきっと、この街のどこかに『命の結晶』を届けに来ているはずです。

 ……見てなさい、あの方の感じる場所を必ず突き止めてみせますわ!」


 変装のローブを深く被り、彼女は市場のさらに奥へと足を踏み入れた。


 数時間後。彼女はある一軒の八百屋の前で足を止めた。

 店先には、なんの変哲もないはずの『レタス』が並んでいる。しかし、セラフィナの目には、その葉の一枚一枚から溢れ出す、清浄な黄金の魔力が見えていた。


「店主さん。この……この神々しいレタスを卸しているのは、どなたですの!?」

「げっ、妙な客だな。こいつか?十日に一度くらい、山奥からひょっこり現れる若い兄ちゃんだよ。名前はアルトっつったかな。今日もそろそろ来る頃だが……」


 セラフィナの心臓が跳ねた。その時だ。


「おじさーん!お待たせ!今日のレタスは朝露たっぷりの自信作だよ!」


 市場の喧騒を突き抜けるような、爽やかで呑気な声。

 大きな籠を背負い、汗を拭いながら現れたのは、あの日夢にまで見たスリムな好青年――アルト・ランドウォーカーその人だった。


「あ……」

「お、お兄ちゃん!噂をすれば……」


 アルトが籠を下ろそうとした瞬間、目の前のローブの女性と視線がぶつかった。

 セラフィナはローブを脱ぎ捨て、宝石のような瞳を潤ませて彼を見つめる。


「見つけましたわ……アルト様!やっと、やっとお会いできました!」

「えっ?あ、あの時のリンゴのお姉さん!?なんで八百屋に……?」


 再会の喜びに震えるセラフィナは、彼の正体を、その住まいを詳しく聞き出そうと一歩踏み出した。しかし、アルトは店先の古びた時計を一瞥するなり、顔色を変えた。


「うわっ、やばい!お姉さん、ごめん!あそこの種屋、午後三時ちょうどに閉まっちゃうんだ!今日中にカブの種を買わないと、植え付けに間に合わない!」


「えっ?た、種……?」

「じゃ、おじさん、代金は次で!失礼します!」


 アルトは脱兎のごとき勢いで駆け出した。

 慌てたセラフィナは、遠ざかる彼の背中に向かって必死に叫ぶ。


「お、お待ちください!次にこの街へいらっしゃるのは、いつですの!?」

「十日後!またこの店にレタスを届けに来るよ!じゃあね!」


 突風のような速さで、アルトの背中が人混みの向こうへ消えていく。

 残されたセラフィナは、呆然としながらも「十日後」という言葉を反芻した。


(十日後……。巡礼の旅程では、明朝にはここを発ち、帝都ルミナス・ヴァルヘイムへ戻らなくてはなりません。ですが、帝都からこのカーム・ブルームまでは、最速の馬車を飛ばせば片道二日の距離。……間に合いますわ!)


 彼女の心は、すでに十日後の再会へと飛んでいた。


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