第1話:街への買い出しは、時速百キロで
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第1話:街への買い出しは、時速百キロで
プロローグから十数年。
アルト・ランドウォーカーは見事な「スリムな好青年」へと成長していた。
神聖属性の影響か、その肌は抜けるように白く、無駄な脂肪が一切ない引き締まった体躯。しかし、本人は鏡を見る暇があれば土を見るタイプだった。
「よし、今日の収穫はこれくらいか」
アルトは、一人で数ヘクタールの畑を耕し終え、額の汗を拭った。普通の農夫なら数百人で一か月かかる作業を、彼は朝飯前の運動感覚で終わらせてしまう。
無限のスタミナと、神聖オーラによる超怪力。彼にとって、巨大な岩を放り投げるのは「小石をどかす」のと同義だった。
「さて……そろそろ新しい種が欲しいな。あっちの街まで買い出しに行こう」
村から最寄りの街までは、険しい山を三つ超える。馬車でも片道三日はかかる難所だ。
だが、アルトは軽く膝を屈伸させると、地面を蹴った。
「――おっと、あんまり飛ばすと服が摩擦で燃えちゃうからな。今日はこれくらいで」
ドォン!!
衝撃はと共に、アルトの姿がかき消える。
時速数百キロを超える猛スピード。神聖オーラを纏った彼の体は、空気抵抗すら切り裂き、険しい山道を平地のように駆け抜けていく。
その頃。
街へと続く街道では、悲鳴と怒号が響き渡っていた。
「聖女様をお守りしろ!この『黒死竜』を食い止めるのだ!」
教国の至宝、聖女セラフィナの巡礼列が、突如として現れた厄災に襲われていた。
護衛の騎士たちが次々と吹き飛ばされ、漆黒の鱗を持つ巨竜が、鋭い爪をセラフィナへと振り下ろそうとした、その時――。
「あーっ!危ないですよ、そこ!」
突風と共に、一人の青年がドラゴンの懐へと滑り込んだ。
アルトである。彼は「道が塞がっていて通れない」ことに困惑し、ついでのように拳を突き出した。
「ちょっと、どいててください!」
ズガァァァァン!!
放たれたのは、農作業で鍛え上げられた腰の入った正拳突き。
拳に宿った高密度の神聖オーラがドラゴンの硬い鱗を紙細工のように粉砕し、巨体を山ごと消し飛ばした。
「……え?」
死を覚悟し、瞳を閉じていたセラフィナが目を開ける。
そこには、黄金の残光を背負い、涼しい顔で立つアルトの姿があった。
セラフィナの「神聖眼」には、彼の全身から溢れ出す、太陽よりも眩しい聖なる輝きが見えていた。
(このお方は……神の使い……? それとも、再臨した聖者様……?)
あまりの神々しさに言葉を失う彼女に、アルトはハッとして懐を探った。
「あ、すみません、驚かせちゃって。お近づきの印にこれ、どうぞ。おやつに食べると元気が出ますよ」
差し出されたのは、七色に煌めく『虹色リンゴ』。
この世界において、一生に一度のプロポーズにのみ使われる、伝説の求婚果実である。
「あ、ありがとうございます……っ! わ、私、セラフィナと申します! 貴方様のお名前を……!」
顔を真っ赤にし、震える手でリンゴを受け取る聖女。
だが、アルトはすでに街の方角を見つめていた。
「あ、アルトです! すみません、種屋が閉まっちゃうんで! じゃ、お気をつけて!」
返事を聞く間もなく、アルトは再び爆速で走り去っていった。
残されたのは、呆然とする騎士たちと、胸の前で大切にリンゴを抱きしめる、恋に落ちた(と勘違いした)聖女だけだった。
「アルト様……。私を救い、その場で求婚してくださるなんて……。なんて情熱的なお方かしら……!」
一方、そんなこととは露知らず。
アルトは時速数百キロで走りながら、呑気に考えていた。
(よし、まずはジャガイモの種芋を多めに買おう。あと、自分へのご褒美に新しいクワも新調しちゃおうかな!)
彼の「スローライフ」は、ここから音を立てて崩れ去っていくことになる。




