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第28話:新大陸の薫風、黄金の砂丘(パノラマ)

 ガレオス港を出て三日。巨大な外洋帆船は、潮風に乗ってついに新大陸の玄関口、港町アミールへと接岸した。

 船を下りたアルトとセラフィナを待っていたのは、教国や帝国とも違う、乾いた熱風とスパイスの強烈な香りだった。


「アルト様、見てください! あんなに大きな背中の動物……!」


 セラフィナが指差したのは、大きなコブを持つラクダたちの群れだった。二人は、砂漠の古都ナジャを目指すため、馬に代わる相棒として二頭のラクダを借り受ける。


「馬よりも視点が高いね。……なんだか、本当に遠くまできたんだなって実感するよ」


 アルトはラクダの背に揺られながら、隣を行くセラフィナを見つめた。強い日差しを避けるために薄いヴェールを纏った彼女の姿は、いつにも増して神秘的で、目が合うたびにアルトは慌てて前を向く。リンゴの本当の意味を知ってから、彼は自分の「視線」のやり場に困るようになっていた。


「……静かだね。風の音と、ラクダさんの足音しか聞こえない」


 アルトがラクダの背で呟いた、その時だった。  ピリピリとした、大地の「震動」をアルトの直感が捉える。


「……セラフィナさん、来る! 砂の下だ!」


 ――ズシャァァァァァッ!!


 二人の前方、黄金の砂丘を突き破って、巨大な外殻に覆われた砂漠の暴君『サンドワーム』が姿を現した。その裂け目のような口には、無数の鋭い牙が渦巻いている。


「キャァァァッ! 何、あの大きさ……!」

「……くっ、戦うには足場が悪すぎる! セラフィナさん、ラクダの首をしっかり抱えて! ……走れッ!!」

 

アルトの叫びに、これまでおっとり歩いていたラクダたちが、信じられないほどの爆発力で砂を蹴った。  「グォォォォォ!」というラクダの奇妙な咆哮と共に、視界が激しく上下する。

 サンドワームは砂の中を泳ぐように、猛スピードで二人を追ってくる。

 ラクダの背は、まるで荒波に揉まれる小舟のようだ。アルトは自分のラクダを操りながら、セラフィナのラクダが遅れないよう必死に目を配る。


「アルト様! 迫ってきます……!」

「……ちくしょう、砂が深くて拳に力が入らない! ……セラフィナさん、舌を噛まないように気をつけて!」


 アルトは咄嗟に【水鏡】を、攻撃を防ぐためではなく、「ラクダの足元に一時的な『水の道』を作る」ために展開した。砂が水で固まり、ラクダの脚が沈まなくなる。


 ――バシャァァァッ!


 水の道を得たラクダたちは、さらに加速。サンドワームの巨大な口が、セラフィナのラクダの尻尾をかすめる――間一髪!


「……ふぅ、ふぅ。……はぁ、はぁ。……巻いた、かな」

 

 数キロを全速力で駆け抜け、ワームの気配が消えた頃。

 二人はラクダの首にしがみついたまま、真っ白な顔で息を切らせていた。

 アルトの外套は砂まみれ、セラフィナのヴェールはずり落ち、髪はボサボサ。


「……アルト様、ラクダさんって……あんなに速いんですね……」

「……うん。……僕、フェーズを上げるより、ラクダの首を絞めないようにするのに必死だったよ……」


 命からがら逃げ延びた二人。

 砂漠の厳しさと、相棒ラクダの頼もしさを身をもって知った、ドタバタの一幕だった。

 だが、砂漠の旅は甘くはない。

 昼間の灼熱が嘘のように、陽が沈むと同時に温度は急降下し、骨まで凍てつくような冷気が二人を襲った。

  小さな天幕を張り、焚き火を囲む二人。しかし、吹き付ける夜風を遮るには布一枚ではあまりに心もとない。


「……セラフィナさん、震えてる。無理しちゃダメだ。もっとこっちに」


 アルトは、ガタガタと肩を震わせるセラフィナを、自分の外套コートの中へと招き入れた。

 これまでは旅の仲間として、凍死を防ぐために当たり前に行っていた「暖め合い」。しかし、今のアルトには、腕の中に収まったセラフィナの体の柔らかさと、微かな髪の香りが、どんな強敵との戦いよりも彼を動揺させた。


「……すみません、アルト様。……冷えますね」


 セラフィナが、アルトの胸にそっと顔を埋める。

 アルトの心臓が、まるで第4フェーズを発動させた時のような速さで跳ねた。


「(……まずい。心臓の音が彼女に聞こえてるんじゃないか?)」


 アルトは必死に冷静さを保とうと、意識的に【炎華】をごく微弱に発動させた。本来は戦うための熱を、今は彼女を優しく包み込む「毛布」代わりにするために。


「アルト様……温かい。……あなたの鼓動、すごく速いです。……もしかして、無理をさせていますか?」


 上目遣いで覗き込むセラフィナ。その距離は、吐息が触れそうなほど近い。


「……いや、無理なんてしてないよ。ただ……。君を絶対に守らなきゃって思うと、なんだか落ち着かなくて」


 不器用なアルトの言葉に、セラフィナは一瞬驚いたように目を丸くし、それから幸せそうに目を細めて彼の腕をぎゅっと掴んだ。


「……約束しましたものね。一生、隣にいるって。……私も、同じ気持ちです」


 満天の星空の下、静寂に包まれた黄金の砂漠。

 アルトは、自分の拳が何のためにあるのか、その答えをもう一つ見つけた気がした。

 この温もりを、この隣にいる少女を、枯れゆく世界から守り抜く。

 二人の心は、極寒の夜の中で、かつてないほど強く結びついていた。


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