第27話:夕暮れの果実、覚悟の証明
ガレオスの街が夕焼けに染まり、港の灯台に火が灯る頃。
二人は、街外れにある見晴らしの良い丘に座っていた。
セラフィナは、鞄から一つ、大切に持っていた赤いリンゴを取り出した。
「アルト様……。私、あなたにずっと言わなければならないことがありました」
彼女の声は少し震えていた。 アルトは不思議そうに彼女を見つめる。
「リンゴのこと? いつも僕にくれる、あの美味しいリンゴ……」
「はい。……私の村……いえ、教国の古い古いしきたりでは、女性が男性にリンゴを差し出し、それを男性が受け取って食べることは……」
セラフィナは恥ずかしさのあまり、俯いてしまった。
しかし、彼女は逃げずに、銀の杖をぎゅっと握りしめて続けた。
「それは、**『生涯、あなたの隣にいます。あなたの運命を、私のものとして受け入れます』**という、愛の誓い(プロポーズ)と同じ意味なんです」
風が吹き抜け、アルトの思考が止まる。
今まで何度も、彼女から手渡されたリンゴ。
それを、自分は「美味しいから」と笑って受け取ってきた。
それはつまり、彼女の献身的な愛を、無意識のうちにすべて受け入れていたということだった。
「……セラフィナさん。……僕は、そんな大切な意味を知らずに……」
「いいんです、アルト様が優しいから、私が甘えていただけです。でも……」
セラフィナは顔を上げ、潤んだ瞳でアルトを真っ直ぐに見つめた。
「もう一度、お聞きします。……私は、これからもあなたの隣にいていいのでしょうか。庭師としてのあなたも、世界を救う拳士としてのあなたも……すべて支えたい。……これが、私の本当の願いです」
アルトは、自分の大きな掌を見つめた。
これまで「土を耕す」ことだけを考えていた拳。
だが今、この拳で守るべきものが、大地だけでなく、目の前の少女であるとはっきりと悟った。
「……セラフィナさん。僕は、不器用な庭師だ。……でも、君が差し出してくれたリンゴの意味、今、本当の意味で分かったよ」
アルトはセラフィナの持っていたリンゴを、今まで以上に大切そうに受け取った。
「君が隣にいてくれるから、僕は拳を振るえる。……約束するよ。どんなに激しい戦いが待っていても、君のいる場所は、僕が一番綺麗な花壇にする。……だから、これからも一緒にいてください」
アルトがリンゴを一口、力強くかじる。
それは単なる食事ではない。
いつか来るかもしれない「第4フェーズ」の、その先の運命までも共に背負うという、一人の男としての**『覚悟』**の瞬間だった。
「……アルト様、顔が赤いです。やっぱり、無理をさせたでしょうか」
セラフィナが心配そうに覗き込む。アルトは慌てて視線を逸らした。
今まで何度も見てきた彼女の笑顔。なのに、リンゴの意味を知った今、その唇の動きや、自分を見つめる瞳の輝きから目が離せなくなっている。
「……いや。……なんだろう。胸の奥が、フェーズを上げた時みたいに熱いんだ。でも、嫌な熱じゃない。……これが、君がずっと僕にくれていた気持ちなんだね」
アルトは、リンゴを握りしめたまま、初めてセラフィナの細い肩にそっと手を置いた。 庭師として、一人の男として。
二人の旅は、ここから「世界を救う旅」であると同時に、「二人の愛を育む旅」へと昇華された。




