第23話:翠玉の森、閉ざされた精霊族
灰燼の平原を抜け、アルトとセラフィナの前に現れたのは、空を覆い尽くすほど巨大な樹木が連なる「翠玉の森」だった。
しかし、その美しさに反して、森全体が拒絶の意志を孕んだ重苦しい空気に包まれている。
「……待って、セラフィナさん。これ以上進むと、森が怒る」
アルトが足を止めた瞬間、足元の地面から無数の蔦が槍のように突き出した。
「汚らわしい人間が……。帝国の鉄の匂いをさせて、よくもこの聖域に足を踏み入れたわね!」
巨樹の枝から舞い降りたのは、透き通るような緑の髪と、鋭い瞳を持つ精霊族の少女リィンだった。彼女が腕を振るうたび、周囲の植物たちが獲物を狙う蛇のように鎌首をもたげる。
「違うんだ、僕たちは戦いに来たんじゃなくて――」
「黙れ! どいつもこいつも、そう言って森のマナを盗んでいく! 喰らいなさい、森の裁きを!」
リィンの叫びと共に、瘴気を帯びた巨大な毒蔦が二人を襲う。アルトは素手でその蔦を掴み取ろうとするが、植物のトゲが皮膚をかすめ、黒い毒が肌を焼き始める。
「アルト様! お父様の杖よ、癒やしの光を……!」
セラフィナが杖を掲げようとしたが、アルトはそれを制した。
「……大丈夫。リィンさん、君が怒っているのは、君自身の心じゃない。……この森の『根』が、苦しくて震えているからだ」
アルトは静かに、しかし力強く大地に両膝をついた。 ドクン、と心臓が波打つ。今度は自分のために戦うのではない。リィンの「怒りの源」である、干上がった森の根に命を届けるため。
「【炎華】」
アルトの肉体が赤く発光し、凍りついたように硬い森の土を内部から解きほぐす。
「熱で森を焼く気!? やっぱり破壊者じゃない!」
「いいや、違う。……熱の次は、循環だ。【水鏡】!!」
蒸発し始めた熱気を捉え、アルトの周囲に巨大な「水の輪」が形成された。本来は攻撃を反射する盾となるその力だが、アルトはそれを空中で細かく霧散させ、森全体へと降り注ぐ**『清浄な雨』**に変えた。
「……あ……っ」
リィンの言葉が止まる。
アルトから放たれる水鏡の雨は、帝国のパイプラインにマナを吸い取られ、枯れ果てようとしていた深部の根まで染み込んでいく。毒蔦から黒い瘴気が抜け、鮮やかな緑が戻っていくのを、守護者である彼女が誰よりも強く感じていた。
「……君がどれだけ僕を攻撃しても、この森が笑ってくれるなら、僕は構わないよ」
アルトは激痛に耐え、穏やかに微笑んだ。水鏡の維持は、非戦闘用としてコントロールしている分、肉体への負担は想像を絶するものだった。
その時。
轟音と共に、森の巨木がなぎ倒された。
現れたのは、蒸気を吹き上げ、巨大なドリルを装着した帝国の重機――そして、その影から歩み寄るゼクスの操る『魔導外骨格』だった。
「非効率な。精霊と対話するために己の命を削るとは……。アルト殿、貴公のその『庭師の拳』、科学の結晶で粉砕して差し上げましょう」
冷徹なゼクスの声が響く。
傷ついたアルト、驚愕するリィン、そして父の杖を握りしめるセラフィナ。
森の命運を懸けた、庭師と科学者の戦いの幕が上がった。




