第22話:灰燼の平原、遺された傷跡
聖都ルミナリアの緑が途切れ、境界線を一歩踏み出した先。そこに広がっていたのは、視界のすべてを不気味な黒が覆い尽くす、死の世界だった。
かつては「黄金の麦の海」と呼ばれたその場所は、今や帝国の新兵器実験によって焼き払われ、『灰燼の平原』と化していた。
「……ひどい。土が、まるで息をすることさえ忘れてしまったみたいだ」
アルトがしゃがみ込み、黒い砂を手に取る。それは生命の温もりを一切失った無機質な灰。
その背後で、セラフィナが父から譲り受けた銀の杖を強く握りしめた。
「帝国の魔導パイプラインが、地脈を強引に吸い上げた跡です……。アルト様、これはもう、自然に回復するのを待てる状態ではありません」
その時、空間を切り裂くような金属音が響いた。
空から飛来したのは、ゼクスが放った無人の自動哨戒機『スカベンジャー』。その赤く光るモノアイが二人を捉え、容赦なく魔導熱線を放つ。
「アルト様、危ない!」
セラフィナが杖を構えるより速く、アルトが動いた。 彼は武器を持たない。ただ、最果ての村で毎日、夜明け前から日暮れまでクワを振り続けてきた、あの「踏み込み」を見せる。
――ドォンッ!
地響きのような足音と共に、アルトは放たれた熱線を最小限の動きで回避。そのまま哨戒機の懐へと飛び込んだ。
拳に宿るのは、世界樹の恩恵による淡い光。それは敵を消滅させるための力ではなく、アルト自身の迷いを払い、一撃に真実を乗せるための輝き。
「……君たちの攻撃は、土を耕す時の石ころよりも軽いよ」
アルトの右拳が、哨戒機の堅牢な装甲を真っ向から捉えた。 魔導合金をものともしない、圧倒的な筋肉のバネと精霊の加護が乗った一撃。
――バキィッ!!
『スカベンジャー』は「還元」されるまでもなく、物理的な衝撃に耐えきれず粉々に粉砕され、ただの鉄屑となって地面に叩きつけられた。
「……すごい。魔法を介さず、これほどまでの威力を。アルト様、あなたは本当の意味で、ご自身を磨き上げてこられたのですね」
セラフィナが驚嘆の声を上げる。だが、アルトの表情は晴れない。周囲には、まだ数えきれないほどの汚染の煤が大地を覆っている。
「セラフィナさん、手伝って。この広大な死の平原を、一気に目覚めさせたいんだ。……でも、今の僕のままだと、力が届かない」
アルトは深く、深く腰を落とした。肺が焼けるほど空気を吸い込み、体内のマナを順番に、丁寧に高めていく。ここからは、肉体を属性に適応させる「階梯」が必要だ。
「……まずは、凍りついた地表を温める。【炎華】!!」
ドォォォッ!
アルトの全身から、陽炎のような赤いオーラが噴き上がった。心臓が早鐘を打ち、肉体が熱を帯びる。一段階目。まだ血管は耐えられる。
アルトがその拳を地面に叩きつけると、赤い波動が波紋のように広がり、黒い煤に覆われていた大地から、白い湯気が立ち上り始めた。
「……あ、見て……! 芽が……!」
セラフィナの指差す先。焼土の中から、たった一輪、浄化されたマナを糧にした小さな芽が顔を出していた。
――その光景を、はるか上空の飛行艦からゼクスは冷笑と共に見ていた。
「フン、不器用な男だ。たかだか一輪の花を咲かせるために、自らの細胞を焼くようなフェーズ・シフトを使うとは。……非効率極まりない。だが、その『野蛮な熱量』……我が魔導外骨格の動力源として、実に興味深いサンプルだ」
アルトとセラフィナ。
一輪の希望を守り抜いた二人の前に、次なる舞台、精霊の怒りに満ちた「翠玉の森」がその深い口を開けていた。




