第21話:継承の杖、虚空を耕す拳
聖都の復興に目処がついた朝。アルトとセラフィナは、旅立ちの準備を整えて城門の前に立っていた。 見送りに現れたのは、王冠を外し、旅装に近い軽装に身を包んだオーガスト王だった。
「……セラフィナ。これを持っていけ」
王が差し出したのは、無骨ながらも深い銀色の光沢を放つ、古びた杖だった。 セラフィナが驚きに目を見開く。それは、教国の国宝として祭られていた聖杖などではなく、かつて父が王位を継ぐ前、一人の修行僧として世界を放浪していた頃に愛用していたという伝説の杖だった。
「お父様、これは……」
「今の私には重すぎる代物だ。だが、今の貴公……。聖女としてではなく、一人の女性としてアルト殿を
支えようとするお前なら、その杖の真の力を引き出せるだろう」
セラフィナはその杖をぎゅっと抱きしめた。父の若き日の冒険、その汗と記憶が宿る杖。それは彼女にとって、何よりも心強い「家族」の絆となった。
「……そしてアルト殿。貴公には、これを持って行ってほしい」 王が重厚な石造りの台座から恭しく捧げ持ってきたのは、星の輝きを閉じ込めたような不思議な光を放つ、掌サイズの球体だった。 「……これは? 石のようだけど、生きているみたいに拍動してる……」 「伝説の遺物、『ステラ・コンポスト(星の堆肥)』だ。我が教国の始祖が、かつて世界樹から分かたれた欠片と共に授かったと伝えられている」
「だが、このステラ・コンポスト単体では、その真価は発揮されぬ。世界各地に眠る他のオーパーツと共鳴し、一つに束ねた時……それは枯れゆく世界樹を救い、大地を永遠の豊穣へと導く『万象の苗床』となるのだ」 王の表情が険しくなる。
「現在、他のオーパーツは大陸各地の主要国家や、人跡未踏の聖域に厳重に保管されている。帝国もまた、その強大な力を魔導兵器の動力源として狙っているだろう」
アルトは、その「星の堆肥」を両手で包み込んだ。
「……これを全部集めれば、僕の村のイグドラシル様も、この大陸の土も、みんな元気にできるんですね」
「そうだ。だが、それは同時に、帝国の野心と真っ向からぶつかる過酷な旅となる。アルト殿、君のその拳は、この世界樹の欠片たちを守り抜くための盾となれるか?」
アルトは迷うことなく、力強く拳を握りしめた。
「約束します。僕がこの手ですべてのオーパーツを見つけ出し、必ず故郷のイグドラシル様を守ってみせます」
「……それで、アルト殿。貴殿の得物はどうしたのだ? あの戦いで、自慢の農具は……」
王の視線の先、アルトの腰には、ボロボロに砕け散ったクワの残骸がぶら下がっていた。エルダー・イーターとの死闘で、四属性の負荷に耐えきれず、愛用の道具は役目を終えていたのだ。
「ああ、これ……。もう、形としての道具はいらないみたいなんです」
アルトがそっと右手をかざすと、手のひらの上に火・水・土・風の粒子が渦巻き、一瞬で消えた。 かつてはクワを通してしか行使できなかった精霊の理。だが、一度「神域」を経験したアルトの肉体は、それ自体が世界を耕すための「器」へと変質していた。
「道具がないなら、僕の手がその代わりになります。……土を捏ねるのも、雑草を抜くのも、この拳一つで十分ですから」
アルトはそう言って、優しく、しかし岩をも砕く力を秘めた拳を握りしめた。 それは魔法使いでも剣士でもない。世界の理を拳に宿し、肉体一つで調和をもたらす**「万象の拳士」**としての目覚めだった。
「……ふっ、ハハハ! 武器を持たぬ農夫が世界を救うか。愉快な旅になりそうだな」
の豪快な笑い声に見送られ、二人は歩き出した。
セラフィナは父から受け継いだ杖を握りしめ、アルトはその素手で、まだ見ぬ大地を耕すために。
だが、その旅路を遠くから見つめる影があった。 帝国の最新鋭自動哨戒機だ。モノクルを光らせた男――帝国主席魔導技師・ゼクスが、モニターに映るアルトの姿を見て不快そうに唇を歪める。
「馬鹿げている。精霊との共鳴? 道具も使わずに素手で戦うだと? ……効率の悪い野蛮な力だ。私の作り上げた『魔導外骨格』が、その原始的な拳を粉砕して差し上げよう」
科学の力で神を超えようとする帝国。そして、素手で世界を愛そうとする農夫。 二つの相反する意志が、次なる地で激突しようとしていた。




