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第19話:聖女の涙、世界樹の記憶

「アルト様――っ!!」


セラフィナの悲鳴が、静寂を取り戻した教都に響き渡る。彼女は泥にまみれた地面を突き進み、動かなくなったアルトの体を抱きかかえた。その肌は驚くほど熱く、絶え間なく血が滲んでいる。


「……あ、ああ……そんな……」


呆然と立ち尽くす騎士たちに向け、セラフィナは見たこともないような厳しい表情で叫んだ。


「何をしていますか! 早く、アルト様を医務室へ! 最上階の聖療区画を解放しなさい! 急いで!!」


王女の気迫に押され、騎士たちは我に返り、慎重に、しかし迅速にアルトを担架へと運び上げた。オーガスト王もまた、自らの疲弊を押し殺し、無言で道を開けるよう指示を出した。


________________________________________


それから、三日が過ぎた。

 アルトは迎賓館の医務室で、深い眠りの中にいた。

 セラフィナは寝食を忘れ、彼の傍らに座り続けていた。その手からは絶え間なく、淡い黄金色の回復魔法が紡がれ、アルトの傷ついた肉体を包み込んでいる。

(私は……聖女なのに。あの方があんなに苦しんでいる時、何もできなかった……)

セラフィナの頬を涙が伝う。  四属性の精霊をその身に宿し、神域の拳を振るったアルト。その背中を見つめることしかできなかったもどかしさ。自分が彼をこの国へ導いたせいで、彼は死ぬ一歩手前まで追い込まれた。その事実が、鋭い刃となって彼女の胸を刺す。


「……ごめんなさい。支えたいのに、私は、祈ることしかできない……」


祈るようなセラフィナの指先が、アルトの手に触れたその時。  アルトの精神は、現実の静寂とは正反対の、眩い光の奔流の中にいた。


【回想:イグドラシルの記憶】

そこは、果てしなく広がる黄金の草原だった。

 中心には、天を衝くほどの巨木がそびえ立っている。――世界樹イグドラシル。

 アルトの意識は、木の根を通じて、数千年前の「世界の記憶」へとダイブしていた。

 かつて、この世界には『庭師』と呼ばれる者たちが大勢いた。

 彼らは魔法ではなく、土と語り合い、精霊と踊ることで世界を豊かにしていた。しかし、ある時を境に、人々は大地の恵みを「奪う」ことを覚えた。魔導機械が地脈を吸い尽くし、イグドラシルが枯死し始めたあの日。世界は一度、灰色に染まった。


『……後の世の庭師よ。世界は、もう一度耕されるのを待っている』


 記憶の中で、先代の『万象の庭師』が寂しげに呟いた。

 なぜ自分がクワを握り、なぜこれほどまでに土を愛しているのか。それは偶然ではない。途絶えていた「生命の循環」を取り戻すための、星の意志が自分を選んだのだと、アルトは悟る。


________________________________________


「……アルト、様……?」


 セラフィナが息を呑む。

 アルトの指先が微かに動き、その閉じられた瞼の裏から、一筋の清浄な光が漏れた。

 世界の記憶を受け継いだアルトの瞳が、ゆっくりと開かれる。


「……セラフィナ、さん」

「アルト様! ああ、よかった……!」


 泣きじゃくりながら抱きついてくる彼女の温もりを感じ、アルトは弱々しく、しかし確かな力でその背を撫でた。


「……ありがとう。君が、ずっと呼んでくれていたのは分かってたよ。……僕たちが、これから何をすべきかもね」


 窓の外では、復活した『マナの樹』が、イグドラシルの目覚めに呼応するように、七色の葉を揺らしていた。


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